第三章 四天王の思惑

第三十六話 犬猿の仲

 特殊部隊が発足し、柚月達は、これまで討伐隊では手に負えない妖達を討伐してきた。

 それもそのはず、鳳城家の柚月、千城家の綾姫、万城家の夏乃、蓮城家の景時、天城家の透馬の五家が勢ぞろいし、それに加えて妖の九十九もいる。

 警護隊と比べても力は歴然としているだろう。

 今回の任務は聖印京の外、森に住み着いている大群の妖を討伐せよとのことだ。

 何とも無謀な任務であろうか。だが、柚月達は断ることはせず、受け入れる。柚月は、綾姫達となら大群の妖に引けを取ることはないと推測したからだ。

 柚月達は、森の中へ入るのだが、さっそく数十匹の妖と遭遇することとなった。

 距離は近くはないが、遠くはない。すぐに柚月達のところまで到達してしまうだろう。

 だが、数十匹の妖を前にしても、柚月達はおびえることなく、平然と構えた。

 柚月達と妖の距離は徐々に近づき始めた。


「おいおい、かなり数多そうだぜ!」


「なんで、嬉しそうなんだ?」


 これだけの数を目の当たりにしても余裕で笑みを浮かべる透馬に対して、柚月はあきれたように問う。

 だが、そんな柚月も笑みを浮かべている。

 柚月達は、たった六人で妖を相手をしなければならない。それも朧を守りながら。

 だが、そんな状況にも関わらず、柚月達は、余裕の笑みを浮かべている。

 負ける気がしないようだ。


「で、どうするの?柚月君」


「ここは、一気に数を減らす。けど、まずは守りを固める必要がある」


 柚月は、すっと振り向き、綾姫に視線を送った。


「綾姫、結界を張ってくれるか?」


「ええ、任せて」


 綾姫はさっそく、結界・水錬の舞を発動する。

 美しい水札が、透き通った結界を張り、妖の行く手を阻んだ。


「夏乃、景時、透馬は、なるべく多く妖を倒すんだ」


「承知しました」


「は~い。ほら、天次てんじ君出番だよ」


 夏乃は、素早く構えるが、反対に景時は、のんびりとある道具を取り出す。それは、石のようだ。その石を放り投げると石の中から天狗が現れる。妖だ。

 だが、その天狗は柚月達を襲うことはない。驚くほどにおとなしい。

 それもそのはず、彼は景時が契約している妖であった。

 天次と呼ばれた彼は、景時になでられても、襲うことはせず、ただ合図を待った。


「で、俺は何をすればいいんだ?奴らをぶっ殺す準備はできてるぜ」


 九十九は、いつになく好戦的の様子だ。

 これだけの妖を目の前にして、血が騒いでいるのであろう。

 彼は本当に血の気が盛んのようだ。

 だが、そんな九十九に対して、柚月は真逆の命令を下した。


「俺達は待機だ。魔物が少なくなったところで攻める」


「はぁ?それまで待ってろって言うのかよ!」


 納得がいかない九十九は柚月に反論する。

 まさか、待機させられるとは思ってもみなかったのだろう。

 九十九の反論に柚月は深いため息をついた。


「お前なぁ。突っ込んで勝てる数だと思ってるのか?それに、今突っ込んだら、夏乃達の技に巻き込まれるだけだぞ」


 柚月の意見はもっともだ。単身で突っ込んだところで、無事に倒せる保証はない。

 それに、数を少しでも多く減らさなければならない。夏乃、景時、透馬の技は広範囲に効果がある。そこへ九十九が突っ込めば、巻き込まれる可能性は高い。

 だが、強さに自身がある九十九の耳には柚月の忠告は全く入ってこなかったようだ。


「そんなへまするかよ。見てろよ!」


「あ、九十九!」


 九十九、単身一人で妖の群れに突っ込む。朧が呼び止めても、振り向くことも立ち止まることもしない。

 襲い掛かる妖を九十九は明枇を抜いて、次々に切り裂いた。

 もはや、彼を止めることは不可能のようだ。


「あいつ……」


 命令を聞かない九十九に対して、柚月は苛立ちを隠せない。

 柚月をなだめるように景時は柚月の肩に手を置いて、優しく微笑んだ。


「まぁまぁ、柚月君。僕らならうまく彼に当たらないようにやるからさ」


「そうそう。まぁ、焦んなって、柚月に花を持たせてやるからさ」


「そういう問題じゃない」


 透馬が場の雰囲気を変えようとわざと明るく間の抜けたような発言をするが、柚月は突っ込みを入れる。

 だが、冷静かつ怒りをあらわにしているようだ。

 さすがの透馬も、何も言うことができず黙ってしまった。

 不安に駆られた朧を安心させるために、夏乃は、慌てて前に出た。


「と、とにかく、私たちにお任せください。柚月様は、綾姫様と朧様を頼みます」


「……わかった。頼んだぞ」


「はい」


 夏乃が、走りだすと、続けて、景時、透馬も後を追うように走りだす。

 柚月は、銀月を振りおろし、構える。朧と綾姫を守るように。

 朧は単身一人で突っ込んだ九十九を心配するように綾姫に声をかけた。


「九十九、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫よ。戦闘には自信ありげだったし。まぁ、怪我したところで彼の自己責任にしてしまえばいいのよ」


「な、なるほど……」


 やはり、綾姫は相変わらずだ。大胆な発言を柚月の前でする。

 柚月は聞かないふりをしているのだろうか。全く反応を示さない。

 朧はうなずいてはいたが、あまり納得できる答えではなかった。

 そんなことは綾姫の前で言えるはずもなく、九十九の様子をうかがうしかなかった。



「天次君~。思いっきりやっちゃってね~」


 景時がのんびりとした口調で命令すると、天次は、嵐を発動する。

 その技の名は、天狗嵐てんぐあらし。天狗を使役して嵐を発動することができる。

 吹き荒れる嵐は、妖達を一気に蹴散らしたのであった。

 

「さすがだね~。さて、僕もそろそろ……」


 景時は、弓を手にし、背中に背負ってある矢を手にすると弓を引いて構えた。

 彼の弓矢は宝器だ。その名は、風切かぜきり。風を生み出す宝器であり、使役している天次と相性がいい。

 景時は、矢を放つ。矢はまっすぐに飛び、吹き荒れる嵐さえも突き破って、妖を射止めた。

 矢を続けて放つ景時。その矢は全て妖を射たのであった。


「お~、やるねぇ、景時の奴。んじゃ、俺も」


 景時の活躍をこの目でしっかりと焼きつけた透馬は、自分の宝器・脇差を抜く。  

 彼が持つ宝器の名は、岩玄いわくろと呼ばれており、その名の通り岩を生み出すことができる。

 だが、この時透馬が生み出したのは岩ではない。

 彼は、聖印能力を発動する。

 彼の頭上には数多くの岩玄が生み出された。その岩玄は、雨のように降り注ぎ、妖達を切り裂いた。

 技の名は、聖生・岩玄雨せいせい・いわくろあめと呼ばれていた。


「無駄です!」


 襲い掛かる妖に対して、夏乃は冷静に時限・時留めを発動する。

 範囲は最小限にとどめたが、それでも、時を止められた妖の数は十匹以上だ。時を止められた妖達は、身動きが全く取れない。

 夏乃は、続いて雪化粧を発動し、一瞬にして妖達を氷漬けにした。

 時が動き始めたころには妖達は、凍ったまま砕かれ、消滅したのであった。


 夏乃、景時、透馬の活躍により、あれだけ数多くいた妖達も十匹前後と言ったほどまで、減ったのであった。


「だいぶ、減らしたみたいね」


「ああ」


 彼らを見守っていた綾姫は、冷静に語りかける。

 柚月もうなずいて答えたのであった。

 朧は、九十九の様子を見ていたのだが、九十九はどうやら無事のようだ。

 広範囲な技の中にいたというのに、怪我一つしていない。

 それも、楽しそうに次々と妖を切り裂いているのであった。


「九十九も無事みたい」


「……みたいだな」


 朧は、安堵したように語りかけるが、柚月はどこかいらだっているようだ。

 だが、その苛立ちを拭い去るように深く息を吐いた。


「夏乃、景時、透馬、さがれ!」


 柚月に命じられ、夏乃、景時、透馬が下がる。

 その後、柚月が前に出て、妖達と戦い始めたのであった。


「おせぇんだよ!一人で大変だったんだぞ!」


「お前が、勝手に突っ込んだからだろ!」


 互いに憎まれ口をたたきながらも、背中合わせで戦っている。

 しかも、柚月が窮地に追い込まれそうなときは九十九が妖を討ちとり、九十九が追詰められそうなときは柚月が妖を討ちとると言った息があった戦いを繰り広げていたのであった。


「あら」


「息ぴったりですね」


 あそこまで息の合った戦い方をするとは思ってもみなかったようで、朧達は感心した様子で柚月達を見守る。



 そんな状態であったから、妖達はすぐに全滅し、柚月と九十九は刀を鞘に納めたのであった。


「片付いたな。どうだ、柚月。俺が先に突撃したかいがあっただろ?すぐ片付いたぜ」


「……」


 九十九は、勝ち誇ったように柚月に話しかけるが、柚月は無反応のままだ。それどころか、何も言わず、九十九をにらんでいる。

 九十九はそれが気に食わなかったようで機嫌が悪そうな顔を見せ始めた。


「なんだよ、いいたことがあるなら言えよ」


「なぜ、お前を待機させようとしたかわかるか?」


「さあ?」


「……朧と綾姫を守る必要があったからだ。そのために、待機させるつもりだったんだ」


 朧と綾姫は後ろで待機している。妖が彼らに襲い掛かる可能性だってあった。たとえ、結界が破られなかったとしても、夏乃達がいたとしても、背後から襲われる可能性だってある。

 柚月はそれを懸念して、九十九に待機するように伝えたのだが、理由を聞かされても、九十九は納得していないようだ。


「お前一人でも十分だっただろ。実際誰も怪我してねぇし」


「怪我をしなかったからいいというわけではない。お前は独断行動が多すぎる。一歩間違えれば、命取りになるかもしれないんだぞ」


 確かに、誰も怪我はしていない。九十九は結果良ければすべてよしと言いたのであろう。

 だが、柚月は、九十九の独断行動に関して指摘する。連携を取らなければ、命にかかわると考えているのであろう。

 指摘をされたところで、九十九の考えが変わるわけではない。

 九十九は反省するどころか反論した。


「なんとかなったんだからいいだろ?考えすぎなんだよ」


「お前は……」


「待って、兄さん。落ち着いて」


「そうよ、柚月。まぁ、確かに九十九の行動には、少々問題もあるわ。でも、今は勝てたことを喜びましょう」


「……」


 九十九に反論されて、柚月も堪忍袋の緒が切れそうだ。

 柚月の心情を察した朧と綾姫は、即座に柚月をなだめた。

 柚月は納得がいかないようで、黙って振り向いた。


「おい、柚月?」


「撤退だ。都に戻るぞ」


 透馬の問いかけに対して、柚月は、冷たい声で命じ、歩き始める。

 綾姫達もどこか重苦しい雰囲気に包まれているような気がした。せっかく、妖を討伐で来たというのに。

 景時や透馬は、どこか困ったような顔つきで歩き始め、夏乃は綾姫を気遣って歩き始めた。

 取り残されてしまった朧と九十九はただ立っていた。

 九十九はまだ機嫌の悪いままだ。朧も九十九を心配し、声をかけた。


「九十九……」


「まぁ、反省はしておくよ。一応な」


「……」


 九十九は、朧を安堵させるように気遣って答え、歩き始める。

 朧も後を追うように歩き始めるのだが、いつまでたっても、険悪な柚月と九十九の事を考えると気が気でないのであった。

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