第三十五話 一つ屋根の下
成徳は、本堂に連行され、軍師の命により、成徳の処罰が正式に下された。
勝吏が告げた通り、追放の刑。宝刀、聖印を奪われた成徳は、縛られたまま聖印京の大通りを歩かされた。
白い装束、縄に縛られた成徳の姿は人々の目に留まり、どよめきが起こる。その姿は彼が重罪人である証。彼の姿を見た人々は、嫌悪感を現し、冷ややかな目で成徳を見る。
追放の刑が下されたからか、あるいは、人々の冷ややかな目に耐えられなかったのか、成徳から生気を感じられないほどの顔をしていた。
聖印京を出された成徳は、どことも知れぬ山まで連れていかれ、縄を解かれてそのまま放置されたという。
成徳は、抵抗することも、追いかけることもしなかったため、あの後、彼がどうなったのかは、知る者は誰一人いない。
そう、誰一人……。
事件が解決した次の日、緊急会議が行われた。大将の勝吏、警護隊の武官の真谷、討伐隊の武官の月読、密偵隊の武官、陰陽隊の武官のみで行われる幹部会議であった。
勝吏と月読は、千城家の事件と成徳の処罰について報告。
その後、琴姫の状態も合わせて真谷達に告げた。
会議が終わり、勝吏は部屋から静かに出た。
その時であった。
「兄者」
鳳城勝吏の弟・真谷が勝吏を追いかけるように呼び止める。
漆黒の髪に銀色の瞳、黒の束帯に身を包んだ真谷は、まさに武官の鏡と言うべき姿であろう。
それに対して勝吏はと言うと、束帯に身を包んではいるが、どこか間の抜けた雰囲気を感じる。真谷とは正反対と言っても過言ではないだろう。
彼の姿を見た真谷は、その間の抜けた雰囲気を見ただけでも苛立ちを隠せない様子であった。
「おおっ!真谷、どうした?」
何とも、のんきとも言える言い方に真谷はさらに苛立ちを隠せずにいる。
先ほどまで、緊張感が張りつめていたというのに、部屋を出ればこの有様だ。会議が終われば、自分の任務も終わったと言いたいのだろうか。
「兄者に言いたいことがあります」
「ん?何がだ?」
真谷は反論するかのように告げる。だが、勝吏は、反論されるような思い当たる節がないのだろう。
なんの変わりなくのんきに尋ねる。
勝吏の言動にあきれ果てた真谷は、深いため息をつく。勝吏にわかるように。
「今回の事件の件。なぜ、勝手に密偵隊を動かされたのですか?武官の許可なしに動くことは許されないはず」
真谷は、密偵隊を勝手に動かし、成徳をとらえたことについて疑問を抱いているようだ。
実際、報告した時も密偵隊の武官の顔は、反論しそうな顔つきだった。だが、勝吏の前では、反論することはなかった。
そのためなのか、真谷が代わりに、勝吏に反論したということであろう。
だが、勝吏はそんなことは気付いていない。それどころか、真谷の反論に何度もうなずいていた。
「うん、真谷の言うことも一理ある」
「ならば……」
「しかし、事態は一刻を争っていた。緊急事態であれば致し方のないことであろう」
先ほどとは打って変わって深刻な顔突きに変わる勝吏。
本来ならば、勝吏の命だけでは密偵隊は、動かせない。武官の許可を取り、密偵隊を動かすことができる。手続きが必要なはず。
だが、今回の件は、緊急事態。手続きを踏んでいる場合ではないと真谷に説明したのであった。
「それに、この判断をなされたのは軍師様だ。軍師様の判断に従うのは当然であろう」
「ですが、そのことでさえも我々に通告せず、直接軍師様をお呼びし、判断させた!異例中の異例ですよ!」
真谷はさらに反論する。
このような事態であれば、自分たちに知らせるのが道理であろうと言いたいのであろう。
それが、どういうわけか、自分たちを通り越して軍師に報告し、直接軍師に判断させた。そんな事案は歴史において一度もない。これこそ、重大な過失だと真谷は言いたいのであろう。
だが、勝吏は冷静に真谷を諭すように告げた。
「言ったであろう?事態は一刻を争っていた。あのままにしておけば、琴姫は命を落としていた。琴姫だけではない。綾姫も命も狙われていたんだ。そうなれば、千城家だけでなく、万城家も、成徳に乗っ取られたかもしれんのだぞ」
「し、しかし……」
「ならば、そなたが成徳を警護隊に勝手に推薦したことは、どう説明する?不正を見抜くことはできなかったのか?慎重に推薦することは?なぜ、私や軍師様に報告しなかった?」
あの成徳が、警護隊に入れたのは、真谷の推薦だった。それも、勝吏や軍師の許可を得ていない。真谷も勝手な判断で成徳を警護隊に引き入れたのだ。おそらく成徳の皇族の血を利用したかったのであろう。不正に気付いていたとしても真谷は強引に成徳を警護隊に入れていたに違いない。
勝吏は、真谷の方こそ重大な過失だと責めたのだ。
これではさすがの真谷も言い返すことは不可能であった。
「そ、それは……」
「このようなことが起こったのも、そなたの責任でもあるのだぞ」
「……失礼します」
追い詰められた真谷は、勝吏から逃げるように歩き始める。
彼の顔は決して勝吏から見えなかったが、憎悪と悔しさの顔を滲ませていた。
真谷がいなくなった途端、やれやれと言った顔つきにある勝吏。
そんな彼の様子をうかがうかのように虎徹が足音を立てて勝吏の元を訪れた。
「大変だねぇ。兄弟で争うってのは」
「虎徹……」
二人のやり取りを見ていた虎徹は、大きなため息をつく。
兄弟の醜い争いを見てきた虎徹は、嫌気がさしていた。だからこそ、師範と言う職に就いたのだ。
醜い争いから目を背けたくて……。
「骨肉の争いには嫌気がさすよ」
「真谷には任せられん。あのような状況ではな」
「ま、それも一理ある」
「正直、そなたが大将か警護隊の武官になってくれれば、このようなことは起こらんのだが」
「お前さん、本気で言ってる?俺、分家だから無理なんだけど?」
虎徹が武官の職に就かなかったのは、醜い争いから逃げたかったからだけではない。分家出身だからということもある。最も、それが一番の理由だ。いくら虎徹が名乗りを上げても、武官の職に就くことは困難だ。
だが、勝吏は、本当に忘れてしまったらしく、虎徹に大将か武官についてほしいと頼む。これは勝吏の本音なのだが、もう少し自覚してほしいものだと、虎徹は内心あきれているのであった。
そんな虎徹の心情を勝吏は知る由もなかった。
「……どうして、こうなった?」
事件が無事に解決してから、一週間が立った日の事、柚月にとってあり得ない状況が起こっていたのだ。もはや、柚月にとっては、事件が起こったと言ってもいいのであろう。
それもそのはず、離れには、朧、九十九だけではなく、綾姫、夏乃、景時、透馬もいる。しかも、遊びに来たわけではない。今日から共に住むと言いだしたのだ。
話がついていけない柚月をよそに、綾姫は、お菓子を九十九達に配り、夏乃は皆にお茶を出していた。
彼らはすっかり住人のように馴染んでいた。
「このお菓子おいしいな!」
「そうだね~。ほらほら、柚月君、そんなところに突っ立ってないでこっちにおいでよ」
「そうそう、せっかく綾姫様と夏乃が、お菓子持ってきてくれたんだぞ!」
「普通に馴染むな。てか、俺の心情を察しろ」
柚月は突っ込みを入れるが、まったくもって効果がない。景時と透馬は、普通に和んでいた。
そんな様子を朧と九十九は、見守るかのように楽しんでいる。
ちなみに九十九は平然と妖狐の姿になっている。
柚月は、九十九のことには全く気付いていない。その余裕がないのであろう。
「なんだか、賑やかになったね」
「ま、俺は別に構わねぇけどな。柚月と違って物分かりはいいし」
「もう一回言ってみろ。斬るぞ」
九十九に挑発された柚月はゆっくりと立ち上がり、銀月を引き抜く。朧は必死になだめ、景時と透馬は、のほほんとなだめている。
柚月は、ため息をついて、銀月を収め、座り込んだ。
「にしても、綾姫君はすごいね~。特殊部隊を発足させるだけじゃなくて、僕らをここに住まわせてくれるよう手配してくれるなんて~」
「私も驚きましたよ。ですが、この方が隊としては、動きやすいからでしょうね」
一つ屋根の下で暮らそうと提案したのは綾姫だ。しかし、それだけではない。
綾姫は、月読に朧と九十九のことを知っている者のみで隊を編成するべきではと提案したのであった。だが、なぜかみんな一つ屋根の下で暮らすはめになったのか、柚月は、気付くことはない。
夏乃が、説明しても受け入れることは不可能であった。
「にしても、あの冷徹な母上をどうやって説得したんだ?というかどんな手を使った?」
「あら、人聞きの悪いこと言うのね。話せば月読様もわかってくださるのよ?」
「そ、そうか?」
「ええ、実はね……」
綾姫は、こうなったいきさつを柚月に説明し始めた。それも、楽しそうに。
成徳が追放されてから、次の日の事。
綾姫は、お礼を伝えに月読の元を訪れていたのであった。
影付きが倒されたため、操られた琴姫も元に戻っている。彼女は、再び結界を張り、綾姫は自由に動けるようになった。もともと結界を張っていても自由でいられたはずが、成徳に屋敷にいるよう命じられたため、軟禁されたも同然であったが、今ではこうして、南堂も行けるようになったということだ。
「久しいな。何事もなかったようだが」
「はい。柚月様達のおかげでございます。今回の件、無事に解決したこと、改めてお礼を申し上げたくて、参上いたしました。本当にありがとうございました」
綾姫は頭を下げる。
月読を前にしても恐れを抱かず、凛としたふるまいは、大胆不敵な姫君だからこそできることであろう。
綾姫の堂々とした様子を見た月読は、ふと笑みをこぼした。
「そうか。だが、それだけで来たのではないのだろう?」
「……なんでもお見通しなのですね。お話したいことがあります。九十九の件です」
九十九という言葉を耳にした月読はぴくりと顔が引きつる。
それでも、綾姫が動じることはない。
恐れを知らぬ綾姫に対して、眉をひそめる月読であった。
「申せ」
「はい。柚月様と九十九の戦いを目の当たりにしましたが、本当にお強いですね。あの二人なら天鬼をも倒してしまうかもしれません。ですが、柚月様だけに任せてしまうのはいかがなものかと」
「それは、柚月だけでは力不足と言いたいのか?」
「いいえ、柚月様だけではご負担がかかり過ぎると言いたいのです」
冷たい言葉を発する月読に対して、綾姫は堂々と反論する。
これには氷の女帝・月読も驚いたようだ。
誰も言えないようなことを言ってのける綾姫。彼女は本当に大胆不敵だ。
怖気づくことない綾姫はさらに話を続けた。
「ですから、知っている者のみで部隊編成を行ってはいかがでしょうか?味方が多ければ、気付かれにくくなる可能性も高くなります。もちろん、隊長は柚月様にお任せしたいと思っております」
「ほう、いい案だな」
最初は、気に食わない様子の月読であったが、綾姫の提案を素直に受け入れる。
確かに、味方が多ければ多いほど、九十九のことを知られる可能性は低くなる。しかも、その隊の隊長に柚月を推薦したいと申し出た。
この提案は、月読に効果的といったところであろう。彼女の表情は上機嫌だ。
受け入れられたことにより、綾姫はさらなる提案を続けた。
「はい。あと、私たちを離れに住まわせてほしいのです。その方が動きやすいのではないかと」
「……そこまで、考えていたか」
「いかがでしょうか?もしもの時に備えるには十分すぎるほどではないかと。それに、この提案は月読様と勝吏様の提案だとお話していただければ、皆様は納得されると思うのです」
なんと、綾姫は自分の提案を勝吏と月読の提案として発表するよう自ら促したのだ。
綾姫の交渉術と言ってもいいだろう。交渉の相手は月読だ。一筋縄ではいかないと綾姫も承知している。そのため、勝吏や月読の利益になるよう提案した。
もちろん、自分の提案よりも二人の提案の方が一族に受け入れやすいと考えたのだろう。
「そなたは、それでいいのか?」
「わたくしは、この提案を受け入れてくだされば十分ですので」
もはや、月読の負けだ。ここまでされてしまっては反論の言葉もない。
月読の選択はただ一つ。この提案を受け入れることだ。不利益なことは何一つない。
さすがは綾姫と言ったところであろう。
月読は渋ることもせず、うなずいた。
「……いいだろう。そなたの提案を受け入れよう。我々の提案だとしてな」
「はい。ありがとうございます。では、失礼します」
綾姫は深く頭を下げ、立ち上がり、去っていった。
ことごとく綾姫にうまく乗せられた月読はため息をつく。
琴姫の件に関しても、綾姫は、成徳が隠し持っていた報告書を送り、事件の調査の解決を柚月に指名するなど、実に手の込んだことをした。
柚月を指名した理由は、実力を見込んでの事、成徳の弱点でもあるということ、隊長ではない彼なら自由に動くことが可能であることだと文に記されていたのである。
綾姫のご指名ならば、月読も柚月に命ずるしかない。千城家の姫君なのだから。
「生意気な姫君だ。だが、あの琴そっくりだな」
月読はそう呟いたが、どこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
こうして、今日、特殊部隊が発足され、綾姫達は離れで共に過ごすこととなった。
「そ、そんな交渉したのか……。あの母上を相手に」
綾姫と月読のやり取りを聞いた柚月は、ぞくっとした。
自分では絶対にできないことだからだ。何を言っても、月読に反論できたことは一度もない。
それなのに、綾姫は、いとも簡単に月読に提案を受け入れさせた。
これほど恐ろしいことはないだろう。
「月読様は、すぐに受け入れてくださったわ。話せばわかってくださる方よ」
「はは、そうだな……」
「なぁ、柚月~、お菓子ぜーんぶ、もらっていいか?お前の分」
「いいわけないだろう!」
透馬は、楽しそうに、いや意地悪そうに柚月に告げる。
柚月は、怒りを露わにし、透馬の行動を阻止させた。
一層賑やかになり、綾姫は嬉しそうに微笑んだ。
そんな綾姫を見て、心が和んだ夏乃は、お茶とお菓子を綾姫に渡した。
「綾姫様、どうぞ」
「ありがとう、夏乃」
綾姫は、お菓子を手に取ろうとするが、夏乃がじーっと綾姫を見つめる。
夏乃の視線が気になった綾姫は、首を傾げ、夏乃の瞳を見つめるのであった。
「どうかした?」
「い、いえ。お聞きしたいことがあって……」
「何かしら?」
「なぜ、皆さんと一緒に暮らそうと思ったのですか?本当に理由をお聞かせ願えませんか?」
夏乃は、綾姫と月読のやり取りを聞いてはいたが、どこか腑に落ちないようだ。
それだけの理由で綾姫が一緒に暮らそうなど言うはずがない。
そう確信しているからこそ、夏乃は単刀直入に尋ねたのであった。
綾姫は、困ったような表情を夏乃に見せた。
「……夏乃には何でも知られちゃうのね」
「綾姫様のことは何でもわかります」
夏乃は、優しく微笑む。彼女が綾姫のことを知りつくしているのは、共に過ごしてきたからだけではない。彼女に憧れを抱いてきたからなのであろう。
綾姫は、観念したかのように語りかけた。
「……思い出を作りたかったのよ。共に過ごした日々を残しておきたかったから」
「……」
「赤い月が出現する日は近いと思うの。その時には私はきっと……」
綾姫は愁いを帯びた顔をした。
何かをあきらめたように……。
「死んでしまうから」
綾姫の衝撃的な言葉を聞いた夏乃は、涙をこらえて、綾姫から目をそらした。
耳がいい九十九は彼女達の会話を聞いてしまっていた。
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