第三十四話 美しい雫
密偵隊の人間は、成徳を逃がさないよう取り囲み、成徳に捕らえると告げた。
まさか、自分がとらえるはずがないと高をくくっていた成徳は信じられないと言ったような顔つきで密偵隊の人間を見る。
柚月達も何が起こっているのか状況を把握できない。
成徳は、動揺を隠しきれず、密偵隊に問いただした。
「何を馬鹿なことを……。とらえるのは僕じゃないだろう!僕は、殺されかけたんだぞ!」
「戯言だな。もう、貴様の言うことなど信じるに値しない」
「なんだと……」
あれほど、忠実に従ってきた密偵隊が、掌を返したかのように成徳に告げる。成徳にとっては暴言を吐かれたと思っているのだろう。
憎悪を抱かせ、密偵隊をにらみつける。
成徳は、明硝子で斬りかかろうとするが、密偵隊は攻撃を防ぎ、一斉に成徳をとらえた。
捕らえられた成徳は暴れるようにもがく。だが、密偵隊は、決して成徳を放すことはしなかった。
「や、やめろ!ぼ、僕は千城家の皇子だ!こ、こんなことをしていいと思っているのか!」
「妖を手引きし、琴姫様を殺害しようとした者が何を言う」
「しかも、隠蔽の為に、朧様を処刑にするよう我々に命じ、綾姫様や柚月様までも殺害しようとしたではないか。これこそ重罪であろう」
密偵隊が知るはずもないことを口々に話し、成徳は驚愕したような顔つきになる。
この事を語ったのは柚月と綾姫のみだ。公になっていないはず。
もはや、何がどうなっているかもわからず、成徳は密偵隊を問い詰めた。
「き、貴様ら正気か!?どこで聞いたそんなこと!僕がそんなことをしたという証拠がどこにあるというんだ!」
「それは、ここにあるわよ。成徳」
ここまで追い詰められても、自分は何もしていないと言うかのように、抵抗する成徳。
この往生際の悪さに、柚月達はあきれ返った。
そんな成徳に対して、綾姫は余裕の笑みを浮かべて、あるものを見せた。
それは、何の変哲もない石のようだ。
だが、その石は翡翠色の輝きを放っていた。
その石を見たこともない成徳は、これが証拠だと綾姫に言われ、訳がわからなかったようで、戸惑った。
「な、なんだ、それは……。そんな石ころがなんだと……」
『石ころではない。我が妻・月読が作った道具だ』
「!」
「ち、父上!?」
「父さんの声がする!」
成徳が石を馬鹿にしたように尋ねると、突然、勝吏の声が屋敷に響き渡る。これには柚月達も驚きを隠せない。
勝吏の声は、石から聞こえているようだ。
「あ、綾姫様、これは一体……」
夏乃の問いに対し、綾姫は微笑み、成徳にも分るように順を追って説明し始めた。
「これはね、遠くにいる相手と会話をする時に使うものらしいの。これを月読様からお借りしていたのよ」
月読は天城家の人間。天城家の聖印能力は武器を生み出すことではあるが、月読は道具を生み出すことも得意であった。これまでに、様々な道具を生み出し、使用している。
だが、彼女が生み出す道具は、数が少なく希少なものとされている。
綾姫が持っている石もその一つであった。
遠くにいる人間と会話ができるということは、今、もう一つの石を持っているのは勝吏なのだと、柚月達は気付く。
綾姫の説明を聞いて、夏乃は何かピンときたようで、綾姫に問いかけた。
「もしかして、月読様から文をいただいたときにですか?確かに、小箱も一緒に届けるようにと言われていましたが……」
夏乃は思いだす。綾姫に命じられて、綾姫の代行として月読と謁見した時のことだった。
月読は文以外に、小箱を綾姫に渡すよう命じていたのだ。
何が入っていたのかは定かではないが、月読様から直々にいただける品は特別なものなのだろうと感じ、中身を見ずに綾姫に渡した。
その中身こそが、綾姫が持っている石なのであった。
「その通りよ」
「ま、待て。それだけで、なぜ、そのようなものが送られてくる……。僕には理解できないな」
「そうね、あなたは気付いていないもの。私に疑われていたなんて」
「……」
「あなたが、お母様のことに関与している可能性があることは月読様に告げたわ。報告書を送ってね」
「な、なんだと!?」
成徳は驚愕する。なぜなら、今朝、綾姫が脅しの為に、報告書を成徳に見せていたからだ。
その報告書が月読の手にあるはずがない。そうならないよう、一度は面会を許可し、自分の非道な行いが知られないうちに、抹殺してしまおうと考えたからだ。
何を信じたらいいのかわからなくなった成徳は恐る恐る綾姫に尋ねた。
「あ、あの報告書は、君の手元に……」
「ああ、あれね。偽物よ」
綾姫は報告書をめくると白紙であった。文字など何一つ書かれていない真っ白な白紙。
綾姫は、成徳を疑っている理由を月読にわかってもらうために、夏乃に報告書を託していたのだ。
さすがの柚月達も、あっけにとられた様子であった。行動力のある綾姫がここまでしていたとは、用意周到すぎると思うくらいに……。
「報告書をお読みになった月読様は、貴方を疑ったわ。だから、私にこの道具をお貸ししてくださったのよ。いずれ、あなたは本性を出すでしょうから」
月読からの文を綾姫は読んでみせた。
内容は、成徳が関与しているという根拠がわかったこと。この報告書を隠し持っていたのは、重大な過失であること。以上により、成徳の本性を突き止めるために、会話ができる道具を綾姫に貸すこと。成徳の様子をうかがうよう命じたこと。柚月と朧に調査させること。そして、大将・勝吏にも報告したことが記されてあったようだ。
もちろん、九十九のことに関しては綾姫は読まなかった。
成徳はおびえたように体を震わせた。
「い、いつから……いつから勝吏様はお聞きに……」
「私と柚月がこの屋敷に入った時からよ」
「な、ならば、よ、妖狐のことは……」
「何のことかしら?」
成徳は九十九のことに関して問いただそうとするが、綾姫は、知らないふりをする。
綾姫は明らかに平然としらばっくれている。その様子を見た柚月達は、ほっとはしたものの、恐ろしさを感じていた。
そんな綾姫の態度に対して、成徳は凄まじい怒りにとらわれたかのような形相の顔に変化した。
「し、しらばっくれるな!この小狐は……」
『見苦しいぞ、成徳』
成徳が九十九のことで声を荒げるが、勝吏が強引に制止させる。
九十九のことを密偵隊に知られないように。勝吏が九十九のことについて知っているとは気付いていない成徳は、今度は目を見開く。
なぜ、止められたのか。もはや、考える余地など彼にはなかった。
「か、勝吏様……」
『まだ、綾姫達を陥れようとしているのか?往生際が悪い』
「ち、違います!僕は本当に……」
『諸君に告げる。千城成徳を本堂に連れてきなさい。成徳を追放の刑に処す』
今度は、本当に懇願するかのように勝吏に説明しようとした成徳であったが、ここでも勝吏は、強引に遮り、成徳に処罰を命ずる。
追放の刑は、聖印一族にとって重い罰の一つである。
なぜなら、追放の刑を受けた一族は、聖印京に入ることは二度と許されない。さらに、宝刀や宝器、そして、聖印一族の誇りとも言える聖印を軍師によって奪われてしまうのだ。
それは、もう聖印一族ではないということ。戦うすべを失うということ。死の宣告を告げられたも同然であろう。
成徳の顔は青ざめる。全てに絶望したかのように。
「そ、そんな……。そんなことを決められるのは……」
『もちろん、軍師様だ。軍師様もこれをお聞きになられていた。お前が、綾姫達を殺そうとした時に、密偵隊に捕らえるよう告げたのだ』
処罰を決めるのは全て軍師のみ。勝吏でさえ、その権限はない。
軍師も、成徳の計画を聞いていたのだ。勝吏から成徳のことを聞かされて……。
だからこそ、今まで下僕のように従っていた密偵隊が、これまでの恨みを晴らすかのように、成徳に対して、冷酷に扱ったのであった。
軍師の命令は、覆ることはない。逆らうこともできない。
今度こそ、終わりだ。完全なる敗北。
成徳は力が抜けたように膝をついた。
だが、密偵隊は容赦なく成徳の腕をつかんだ。
「さあ、立て!」
力なき成徳を無理やり立ち上がらせ、強引に歩かせる。
成徳は、涙を流し、暴れるかのようにもがくが抵抗むなしく、引きずられるように歩かされた。
「い、いやだ……。追放されたくない!この聖印も宝刀も僕のものだ!地位も!一族も!僕のものになるはずなんだ!放せぇえええええ!」
成徳の絶望感に打ちひしがれ、最後の抵抗とも言える絶叫が屋敷に響き渡り、密偵隊と共に屋敷を去った。
これにより、成徳の野望は打ち砕かれたのであった。
「無事に解決したわね」
「そうだな。まさか、母上から道具を借りていたとは……」
『こうでもしなければ、成徳をとらえることはできなかっただろうからな』
「うん。そうだね」
柚月達は、安堵したような表情を見せる。
だが、柚月は一つの疑問が浮かんでいた。
それは、九十九のことだ。勝吏達が、自分たちの会話を聞いていたということは、九十九がここに現れた時も聞いたのではないかと。
勝吏は、無理やり遮ってしまったが、軍師に通用するわけがない。
本当に、知られていないのか不安に駆られた。
「ですが、父上。九十九のことは本当に軍師様に知られていないのですか?」
『うむ、大丈夫だ。お前たちが成徳と戦い始めた直後に、術を解いたからな。成徳の処罰を告げた後、ご自分の部屋に戻られたしな』
どうやら、本当に軍師に知られていないようだ。
ほっとし、息を吐く柚月。
九十九は余裕の笑みを浮かべた。
「ま、あいつは追放されるわけだし、俺のことは隠蔽できたってことだな」
「九十九、お前は……」
『ははは!そういうことだな!』
「納得しないでください!」
九十九の失言と勝吏の天然発言に、柚月は振り回される。
ぎゃあぎゃあわめく柚月、めんどくさそうな顔を見せる九十九、二人のやり取りと楽しそうに笑いながら見つめる朧と夏乃。
そんな彼らの楽しそうなやり取りを綾姫は遠くから見つめていた。
「本当よかった……」
琴姫が救われたからだろうか、柚月達が成徳に殺されずに済んだからなのだろうか。それとも、成徳の野望を止めることができたからなのだろうか。
綾姫は、安堵した様子で、柚月達に気付かれないように一筋の美しい雫を瞳から流していた。
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