第二十九話 さっそうと駆け巡る女忍び
九十九を見るなり、柚月は憎悪を燃やす。
柚月は、九十九に迫り、感情に任せて九十九の胸倉をつかんで、問い詰めた。
「貴様、何をした!なぜ、朧が処刑されなければならない!」
「……」
柚月の激しい問いに対して、九十九は何も語ろうとしない。
彼の顔はまるで懺悔をしているようで痛々しい。
だが、相手は妖、柚月は容赦なくさらに問い詰めた。
「答えろ!」
「やめなさい、柚月」
「綾……姫……」
激しい怒りに任せて九十九を責める柚月に対して、綾姫は冷静に制止した。
柚月も我に返ったようで、ゆっくり九十九から手を放した。
それでも、九十九は何も語らない。
綾姫は九十九の方を向き、冷静に問いただした。
「何があったのか答えなさい。そうでなければ、朧君は救えないわよ」
「……わかった」
綾姫に諭され、九十九はついに閉ざしていた重い口を開け、順を追ってゆっくり、語り始めた。琴姫の様子や、成徳の事、そして、影付きと呼ばれる妖が朧をさらったことまで……。
全てを語り終えた九十九は、自分の身勝手な行いが、朧を巻き込んでしまったことを激しく後悔していた。
彼の様子をうかがっていた柚月は、何も言えなかった。
「そういうことだったんですね。成徳様が……」
「ああ。あいつ、お前を陥れたかったんだろうな。だから、朧を利用したんだ」
柚月は、黙っていた。
朧がこのようなひどい目にあったのは、九十九が原因だが、成徳が朧を利用しようとしていたことに、怒りを感じていたのだ。
身勝手なのは、九十九ではなく成徳の方だと思うくらいに……。
「九十九、影付きというのは、どういう妖なのですか?聞いたことありませんが……」
「そのまんまだ。影に付きまとう妖だ。人間共の影に隠れたり、操ったりすることができる」
「じゃあ、お母様から妖気が出ていたというのは……」
「琴の影に潜んで操ってたんだろう。夜になった時、琴の様子は普通だったしな。逃げたんだろうな、手引きをした奴のところに」
これで、琴姫の謎が解けた。
影付きを倒すことで、琴姫が助かるとわかり、綾姫はほっとしたいところであったが、誰が手引きをしたのかはまだわかっていない。
それに、朧もどこにいるのか不明の状態だ。
全てを解決するには、まだ道のりは遠いようだ。
だが、まずは朧を救わなけばならない。そのためには、朧の居場所を特定しなければならなかった。
「九十九、その影付きは、朧をどこに連れていったかわかるか?」
「妖気をたどれば、わかるはずだ。俺は、あいつが助ける。影付きも俺が殺す」
「……」
九十九は自分が朧を救出すると宣言するが、柚月は黙ったままだ。
どうするべきなのかを考えているのであろう。
柚月の気持ちを察してか、綾姫が話を続けた。
「私は、成徳のところへ行くわ。朧君の処刑を止めなきゃ」
「綾姫様、私も……」
「夏乃、あなたは、九十九についていって」
「え?」
綾姫から意外な言葉が出たため、夏乃は驚き、戸惑う。
なぜ、九十九についていくよう命じたのであろうかと。
だが、これも考えがあるようで夏乃の疑問に答えるかのように九十九に話しかけた。
「九十九、今、あなたが表に出れば、それこそ朧君は処刑されるわ。かといって、時間はない。だから、狐に化けて、夏乃の肩に乗って移動なさい。夏乃は、優秀な忍びよ。すぐにでも、朧君の元へたどり着いてくれるわ」
夏乃は、忍びの一族の中でも優秀だ。彼女の素早さは、随一と言われている。
綾姫は、夏乃ならすぐに朧の元へと駆け付けることができるであろうと信用し、九十九と共に行動することを命じたのであろう。
夏乃は、自分の能力を信頼してくれる綾姫に対して、感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。
「承知いたしました」
「ええ、九十九もいいわね?」
「……わかった」
九十九も、綾姫に感謝し、静かにうなずいた。
「……なら、俺は、綾姫と共に行く」
「え?柚月?」
柚月の決意に対して、綾姫は戸惑っていた。
柚月も、朧の元へ行くだろうと予想していたからであった。
だが、柚月は自分と共に行動すると宣言している。
それは、単に九十九と共に行動したくないのか、それとも、別の理由があるのか、綾姫は、予想がつかなかった。
柚月は静かに、己の意見を述べ始めた。
「……正直、今の成徳は信用できない。成徳は何か仕掛けてくる可能性がある。お前一人ではいかせられない」
今の柚月には、九十九よりも成徳の行動が信用できないようだ。
だが、それでは朧を九十九と夏乃に託すことになる。柚月だって、助けに行きたいはずだ。
綾姫は、柚月の気持ちを察し、再度、決意を確かめた。
「……あなたは、それでいいのね?」
「……ああ。朧の方は九十九と夏乃が行ってくれるからな」
綾姫は柚月の瞳を見つめる。その真剣なまなざしは、うそ偽りない。
今は、本当に九十九と夏乃を信頼しているようだ。
しかも、自分の身を案じてくれる。これほど、心強い味方はいないだろう。
綾姫もまた、改めて柚月と共に成徳を止める決意を固めた。
「……わかったわ」
綾姫も静かにうなずく。
柚月は、九十九と夏乃に視線を送った。
「朧を頼んだぞ」
「はい」
「……おう」
柚月に朧のことを託され、夏乃は静かにうなずく。
九十九も、まさか、信頼してくれているとは思わなかったようで、どう答えていいかわからず、ぶっきらぼうにうなずいた。
九十九は狐に変化して、夏乃と共に移動をし始めた。
夏乃は、屋根を素早く縦横無尽に駆け巡った。
「確かに、はえぇな」
「忍びですからね、私は。で、次はどちらです?」
「右だ」
「承知しました」
夏乃は、軽々と右側の屋根に飛び移る。
九十九は、吹き飛ばされそうになるが、必死で夏乃にしがみついた。
「しかし、お前と行動を共にするとはな」
「綾姫様のご命令ですからね。朧様を救出するには、この方がいいとお考えになられたのでしょう。あなたの力は私も信用していますから」
夏乃は、堂々と九十九を信頼していると告げる。
だが、九十九が、疑問に思ったのは、そこではなく別にあるようで、じっと夏乃を見ていた。
九十九の視線に気付いた夏乃は、九十九に尋ねた。
「……なんですか?」
「いや、お前って綾の事、信用してんだなぁと思ってさ」
「当たり前です。綾姫様は、私にとって憧れの人なんですから」
「憧れの人ねぇ」
「そうです。強くて、美しくて、凛としていて、女性なら誰もが……って、なに言わせてるんですか!」
「いやいや、勝手に言ったのそっちだし!」
夫婦漫才のような掛け合いを繰り広げる二人。
夏乃は、気持ちを切り替えるため、咳ばらいをして、心を落ち着かせた。
「……ところで、九十九」
「なんだよ」
「綾姫様のことを、綾と呼び捨てるにするのはやめていただけますか?あの方は高貴な姫君です。妖のあなたに呼び捨てにされる筋合いなどないのです」
夏乃は、九十九に命じる。
九十九のことは、信用しているが、綾姫のことを呼び捨てにするのは、耐えがたいのであろう。それほど、綾姫を慕っているようだ。
先ほど、琴姫のことも呼び捨てにしたのだが、琴姫のことはいいのかと、突っ込みを入れたくなった九十九であったが、本当に突っ込みを入れるとややこしくなりそうだと感づいたため、気付かなかったことにし、ふと笑みを浮かべた。
「ま、無事に朧を助けられたら考えてやるよ」
「絶対ですよ」
夏乃は、九十九と約束を交わし、急いで朧の元へと向かった。
夏乃と九十九がたどり着いた場所は、処刑台だ。
夏乃は、屋根から木に飛び移って、九十九と共に妖を探した。
だが、妖の姿は、どこにもいなかった。
「本当に、この場所なのですか?」
「ああ、間違いねぇ。妖気が漂ってるからな。どこかに、隠れてるはずだ」
九十九は目を閉じて、影付きの妖気を探る。
夏乃も、妖を探っていたのだが、ある人物を目にした途端、目を見開いた。
「あれは!」
夏乃の声に気付き、九十九も夏乃と同じようにある人物を目にする。
そこにいたのは、両手を縄で縛りつけられ、密偵隊に無理やり歩かされている朧であった。
「朧!」
九十九は、思わず叫んでしまうが、朧も密偵隊も、気付いていない。
朧は、どこかあきらめたような顔つきで、処刑台へと進んでいた。
「……とらえらてしまったようですね」
「あいつら、確か……」
「密偵隊です。おそらく、朧様を処刑させようとしているのでしょう。罪をなすりつけるために」
「どういう意味だ?」
「朧様を処刑したと聖印寮に知れ渡れば、成徳様にも尋問がかけられるはずです。ですが、朧様は無実。処刑したとなれば、重大な問題です。警護隊にやらせては信用を失ってしまう。全て知られてしまっても、密偵隊に全てをなすりつけることで、自分にまで被害が及ぶことを避けたかったのでしょう」
「ちっ。きたねぇ野郎だぜ」
九十九は成徳に対して、激しい怒りと嫌悪感を現した。
成徳は自分が所属している警護隊の信用を保つために、あえて密偵隊にやらせたのだ。
夏乃も、成徳に対して、怒りを燃やしたのは、初めてだろう。
今までの行為は目をつぶっていたが、今回は耐えられないほどだ。
九十九は、朧を助けようと身を乗り出すが、そこである気配を感じた。
「影付きの妖気を感じたぞ!」
「どこですか!?」
「わからねぇ。けどここにいるってことは、あの影付き、朧を殺すつもりなのか!」
「わかりませんが、今は、朧様をお助けします。しっかり捕まってください!」
「え?ぎゃあああっ!」
夏乃は、いきなり木から飛び降りる。
捕まる準備ができなかった九十九は振り落とされそうになりながらも、必死で夏乃にしがみついた。
夏乃が、華麗に着地した途端、密偵隊は、ぎょっとしたような顔で夏乃を見つけた。
必死にしがみついていた九十九は、振り落とされてしまい、地面に転げ落ちた。
運よく、草むらに隠れることができ、その上夏乃が突然現れたため、密偵隊は、九十九に気付いていないようだった。
「な、なんだ!?」
「貴様、夏乃か!」
「何しにここへ来た!」
密偵隊は、夏乃に武器を向ける。
だが、夏乃は、動じることはせず、立ったままの状態であった。
「夏乃様……九十九……」
朧だけは、九十九が来てくれたことに気付いたようで、希望を取り戻したような表情を見せる。
夏乃は、腰に着けていた短刀を引き抜き、構えた。
「我が名は、万城夏乃!綾姫様の命により、参上いたしました!朧様は、返してもらいます!」
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