第二十八話 静かなる箱庭

 密偵隊の男が朧に告げた。朧を処刑すると。

 朧は目を見開き信じられないと言った顔つきで男を見上げた。


「しょ、処刑!?」


「そ、そうだ……。成徳皇子がそうおっしゃった」


 密偵隊の男は申し訳なさそうに朧に告げる。

 男は朧を処刑するなどしたくないのだろう。反論もしたかったようだ。

 だが、相手は千城家の皇子、千城成徳。

 彼に逆らえば、どうなるかわからない。男は従うしかなかった。

 それが、納得のいかない事であっても……。


「ま、待ってください!話を……」


「もう、無理だ。さあ、来なさい!」


 男は、牢に入り、朧に迫ってくる。

 腹をくくってしまったようだ。朧は、処刑される気など全くない。奥まで下がるが、男の手が朧に迫ろうとしていた。


――朧、少しだけ、借りるぜ!


 九十九が心の中でそう告げると、九十九の体が光り始め、その光は一瞬にして朧の中にと入っていった。

 男は朧の手をがしっとつかむのだが、次の瞬間、朧は男を投げ飛ばした。


「ぎゃっ!」


 投げ飛ばされた男は、しりもちをつく。

 何が起こったのか、男には見当もつかなかった。

 今男の瞳に映っている朧はまるで別人のようであり、男は背筋に悪寒が走った。

 朧は男を見下ろした。


「て、抵抗するな!」


 男は、震え上がった声で、朧の胸倉をつかんだ。


「さわんじゃねぇよ!」


 朧は再び、男を投げ飛ばす。

 姿は朧だが、その言動はまさしく九十九そのものだ。

 九十九は、朧の体に憑依したようだ。

 投げ飛ばされた男は、壁に頭を打ち付け、気絶した様だった。

 朧は、ため息をつき、男を見下ろした。


「わりぃな。処刑なんてまっぴらごめんだ」


 朧は、すぐに牢から脱出した。

 朧の姿を見た密偵隊の人間は、目をぎょっとさせ、朧の前に立ちはだかった。


「なっ、何して……!」


「止まれ、さもないと……」


 密偵隊の人間は、朧に武器を向ける。

 だが、朧はひるみもせず、立ち止まることもしない。

 朧は、そのまま男たちを殴り飛ばし、気絶させ、逃亡を続けた。


――すごいよ、九十九。こういうこともできるんだ!


 心の中で朧の声が聞こえる。九十九は、朧の体をのっとったように見えるが、操っているわけではなく、入れ替わっただけと言ってもいいだろう。

 こんな状況だというのに朧は九十九に対して感心している。

 本来ならあきれるところなのだが、朧に褒められた九十九は上機嫌だった。


――まぁな。けど、少しの間だけだ。とりあえず、外に出たら、あとは頼むぜ!


――うん!ありがとう!



 朧と九十九は牢屋から脱出し、外へ出る。

 見つからないように、隠れた二人がたどり着いた先は、ひと気のない場所であった。

 そこは庭園のようだ。木々に囲まれ、外から見えることはない。隠れるにはうってつけの場所であった。


――ここまで来れば、誰もきやしねぇだろ。


――うん、でも、千城家の敷地内にこんな静かな場所があったなんて……。よくわかったね。


――野生の勘だ。


 九十九は誇らしげに語る。

 だが、次の瞬間、朧の周辺に多数の妖が出現した。


――妖!


――ちっ。こいつらも手引きした奴の差し金か。


――どうするの?


――仕方がねぇ。戻るとするか!


 突然、朧の体が光り始める。

 その光は外へと放出され、妖狐の姿へと変化した。

 九十九も、ひと気のない場所なら妖狐になれると感づいていたのであろう。妖が出現しても朧を守れるように。

 それゆえに、この場所に選んだというわけであった。


「朧、下がってろよ!」


 九十九は首にかけてある石から妖刀・明枇を取り出す。その石は、月読から妖刀を取り出せるようにと懇願した時にもらったものであった。

 九十九は人暴れするかのように明枇を左上から右下へ振りおろした。


「さあ、来やがれ!雑魚共!」


 九十九が妖気を放って挑発する。

 九十九の妖気に当てられた妖たちは、九十九に向かって襲い掛かってきた。



 柚月達は、朧に会うため、牢屋までたどり着く。

 だが、牢屋の中は、気を失っている密偵隊ばかりで朧の姿はどこにもなかった。


「これは一体、どういうことなのでしょうか?」


「まさか、九十九が何かしたのか?」


 柚月は、胸騒ぎが起こる。

 朧が人を気絶させるほどの力はないはずだ。ということは、九十九がしたことは間違いないだろう。だが、妖狐になれば、騒ぎになるはずだ。どうやってやったというのだろうか……。

 柚月が、答えが出ないまま、牢屋を歩くと、一人の男が慌てて、柚月達の元へと駆け付けた。


「あ、綾姫様、大変です!」


「どうしたの?」


「ほ、鳳城朧が逃亡しました!」


「朧が逃亡!?」


「それは、なぜなの?」


「……」


 綾姫の問いに男は答えない。答えられないのだろう。

 だが、答えを待っている場合ではない。

 綾姫は、ずいっと男に近づき、問い詰めた。


「答えなさい」


 問い詰められた男は、観念したように語り始めた。


「な、成徳皇子に命ぜられたんです。鳳城朧を処刑しろと」


「処刑だと!?」


 柚月は、驚愕する。それと同時に成徳に先手をうたれたと悔やんだ。

 面会する前に、処刑してしまえば、綾姫の交渉も無効化になると考えたのだろう。

 どこまでも身勝手な成徳の行動に柚月は怒りを露わにし、こぶしを握り、体が震えた。


「……ですが、鳳城朧は、と、逃亡してしまい……」


 男は口ごもってしまうが、柚月は感情に任せて男の胸倉をつかみ、自分の元へと引き寄せた。


「朧はどこにいる!答えろ!」


「わ、私も、知らないんです!申し訳ございません!」


 男は申し訳なさそうに謝罪する。成徳に逆らえるものはこの屋敷では少ない。

 納得できなくても、命じられたままに行動するしかないのだ。

 柚月は、我に返り、男から手を放した。

 男は体を震わせ、呼吸を整えた。


「朧君は、もう牢屋内にはいないのね?」


「はい、探しましたが、どこにも……」


「困ったわね……」


「朧……」


 柚月は朧の身を案じた。

 成徳よりも先に朧を見つけなければならない。だが、朧がどこに行ったのかは見当もつかない。

 万事休すかと思われた矢先、夏乃が何か思いついたように綾姫に尋ねた。


「……綾姫様、朧様は確か九十九と言う妖狐と共に行動しているんですよね?」


「え、ええ。間違いないと思うわ」


「でしたら、ひと気のない広い場所を選ぶと思います」


「どうしてだ?」


「朧様が処刑されるとなってはあの妖狐にとっても非常事態でしょう。あの妖狐は行動に出ると思うのです」


 確かに朧が処刑だと聞かされたら、九十九も黙ってはいないだろう。

 実際に、この場の人間を気絶させたのは九十九に違いない。

 だが、なぜ、ひと気のない広い場所を九十九が選ぶのか、柚月には思いつかなかった。

 綾姫は、夏乃の代わりに、柚月の疑問に答えた。


「つまり、彼を守るために、妖狐に戻るってこと?」


「はい。正直、九十九を見てるとそんな気がするのです。朧様を守ろうとしている気が……」


 九十九が朧を守る?正直、信じられないと感じた柚月であったが、夏乃もくノ一だ。勘で言ったわけではなく、九十九の姿を見て、そう感じたのであろう。今は、夏乃の言葉を信じるしかなかった。


「ひと気のない場所となれば、成徳の屋敷と……離れ」


「この二つはないだろうな。あの二人がそこへ行くとは思えない」


「ええ」


 成徳の屋敷は、問題外だ。自分たちが泊まった離れなら来る可能性もあった。

 だが、朧のことだ。自分たちを巻き込まないようにと考えるのであれば、離れに来るとは到底思えなかった。

 だが、他に行くあてなどないだろう。

 考え込む二人に対して、夏乃は、一つの可能性を導きだした。


「もう一つございます」


「どこなの?」


「寺院の庭園でございます」


「寺院の庭園……箱庭ね!」


「箱庭?」


「ええ、寺院の庭園は、木々に囲まれていて、外からは見えないようになっているの。寺院からでも見えないのよ。まるで箱のように見えるから、箱庭と言われているわ」


「確かに、そこなら朧達もいそうだな」


「行ってみましょう!」


「ああ」


 柚月達は、寺院の庭園へと急いだ。



 九十九は、明枇で妖達を切り裂いたが、消滅しても、妖は再び現れた。


「ちっ。斬っても斬っても出てきやがる!きりがねぇな!」


 結界が張ってあるにも関わらず、妖達は出現する。やはり、誰かが手引きをしているようだ。

 朧は、九十九の身を案じていたが、突然、朧の影が動きだし、影は朧の背後から朧に迫ってきていた。


「わあっ!」


「朧!」


 朧の叫び声がして、九十九は振り返ると朧は影にとらわれていた。


「あいつ、影付きか!」


 影付きと呼ばれる妖は、朧をそのまま影の中へと引きずり込む、九十九は跳躍して、手を伸ばす。

 朧の手をつかみかけるが、わずかに触れられず、朧は影の中へと引きずり込まれてしまった。


「くそっ!影付きがいやがったとは……。てことは、琴を操ってたのは……」


 影付きを目の当たりにした九十九は、ある答えが浮かび上がる。

 だが、無防備になった九十九に対して妖達は、攻撃を仕掛ける。

 九十九は、妖気に気付き、後退するが、妖の攻撃を受け、傷を負った。


「てめぇらに構ってる暇ねぇんだよ!消え失せろ!」


 九十九は、怒りを燃え上がらせるように九尾の炎を発動する。

 妖達は一気に白銀の炎に包まれ、灰となった。

 九十九は、息が上がり、荒い呼吸を繰り返す。

 なんとか、落ち着かせ、周辺を見回すが、朧の姿はなかった。


「……くそっ!」


 九十九は怒りに任せて木を殴りつける。

 朧を守れなかったことを悔やんだ。

 しかし、他の足音が聞こえ、九十九は構えるが、その足音の正体は柚月達であった。


「てめぇら……」


「九十九……」


 柚月は、九十九に対して、激しい憎悪を見せていた。

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