第九話 異能・光刀

 鬼が鳳城家の屋敷に出現し、屋敷の中は大混乱に陥った。

 鬼を恐れ、奉公人や女房は逃げ惑う。

 柚月は逃げ惑う人々をかき分けて、駆け抜ける。

 柚月が目指す場所は朧の部屋だ。鬼は朧を狙っていると推測した柚月は朧の元へと急いだ。


「朧!」


 柚月は、朧の部屋へとたどり着いたが、朧と九十九の姿はない。部屋は荒らされた様子はなく、血もついていないことから、逃げることに成功したと考えられるが、問題は、どこに行ったかであった。


「くそっ!」


 柚月は、朧の部屋を後にし、屋敷の中を駆け巡る。焦りと不安が入りまじった感情を抑えることができず、ただ、ひたすらに、走っていた。朧の身を案じて……。



 鬼と呼ばれた男は人々の叫び声を聞きながら、不気味な笑みを浮かべて屋敷内を歩いていく。彼らの叫び声は鬼の男にとって、愉快に思えるのだろう。 

 鬼の男の手には血が流れていた。だが、その血は自分のではなかった。


 その血は、鬼の男がこの屋敷に侵入した時。鬼の男の側にいた奉公人を伸びた鋭利な爪で貫いた時についた血だ。奉公人が殺害されたその瞬間、女房が荒れ狂ったように叫び、他の奉公人が鬼だと!恐怖にひきつった顔で叫んだ。

 鬼の男の周りから人々が消えるように逃げ去り、鬼の男は彼らを殺さず、ただ、前へと進んだ。

 手刀で貫いた奉公人の血がポタポタと御簾に滴り落ちた。


 鬼の男はただひたすらに歩いていると、一人の男性が鬼の男の前に立った。鳳城家の人間だ。聖印一族の名に懸けて、死んでも通さないつもりなのだろう。

 男性の様子を見た鬼の男は、不敵な笑みを浮かべた。


「ほう、聖印の者か」


 男は尋ねるが返事はない。男性は震えながらも鞘から宝刀を抜いた。


「このっ、化け物が!」


 鳳城家の男性が刀を握りしめ、果敢に立ち向かうが、鬼の男はゆっくりと進み、手刀で無残にも鳳城家の男性の首をはねた。


「貴様のような弱い人間ごときが私に刃向うなど、笑止」


 また一人の血が鬼の男の手に流れる。鬼の男はその血に構うことなく歩き始める。


「さあ、逃げ惑え。私に殺されたくなければな」



 朧は九十九を連れてある場所へと向かっていた。体力はすでに限界を超えていたが、それでも朧にはやらなければならないことがある。そのために、体に鞭を打って走り続けた。

 朧は、かつて勝吏からあることを託されていた。


 

 朧の病状がよくなっていき、立ち上がり、走れるようになった時のことだった。


「調子がよくなったみたいだな、朧」


「うん、みんなのおかげだよ」


 朧は嬉しそうな笑顔を勝吏に見せる。朧の笑顔に癒された勝吏は朧の頭を優しくなでた。


「そうか、それはよかった。父さんもうれしいぞ」


 勝吏も、うれしそうな笑顔を朧に見せる。そして、勝吏は、朧の頭から手を放した。


「ここまで回復したのなら、あのことを託してもよさそうだな」


「え?」


 勝吏は小声でつぶやく。朧は言葉が聞き取れず、きょとんとした表情を浮かべた。

 勝吏は、急に真剣な顔になり、朧の肩をつかんだ。 


「ど、どうしたの?」


 見たこともない勝吏の表情を見て、朧は戸惑いを隠せなかった。


「……お前に頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと?」


「そうだ。……離れの側に清めの社が建っているを知ってるな?」


「知ってるよ。姉さんによく連れてってもらったから」


 まだ、朧が小さいころであり、病にかかってない頃であった。月読の厳しい指導に耐えられず、泣いていた柚月と一緒に姉に連れていってもらった場所がある。

 そこが清めの社だ。その社は北西にある。誰が何のために建てたのかは未だにわかっていない。

 だが、重要であるのは確かだった。


「そうか。……もし、屋敷に妖が現れたら、清めの社へ行ってほしい。そこにはある物が封印されている。九十九の大事な物だ」


「九十九の?」


 九十九の物が封印されていると聞き、朧は驚く。九十九も、勝吏の話を聞くかのように、朧のそばへやってきた。


「うむ。九十九の大事な物が、九十九を、お前を守ってくれるだろう。本当は父さんや母さん、それに柚月が側にいてやれたらよいのだが、妖はいつ現れるかわからん。だから、お前が取りに行くんだ。いいな?」


 勝吏の問いかけに、朧は静かにうなずいた。

 まるで、何かを決意したかのように。


「うん。僕、やるよ。九十九の為に、がんばるから!」


「頼んだぞ」



 朧は、清めの社へと急ぐ。

 屋敷を出てた朧は、社を目指す。その場所は朧にとって果てしなく遠く感じただろう。

 だが、立ち止まるわけにはいかない。妖に追いつかれる前に、勝吏に託された役目を朧は果たさなければならない。自分のそばで支えてくれた友の為に……。

 朧は躓き、転ぶ。右ひざに痛みを感じる。擦りむいてしまったのだろう。

 九十九は心配そうに朧の顔を見上げるが、朧は痛みに耐え、立ち上がる。


「行こう!」


 朧は、再び走りだす。ただ、前へ。前へと。



 朧は、とうとう清めの社にたどり着いた。清めの社の戸に札が張られてある。勝吏の言う通り、九十九の大事な物が封印されているようだ。

 朧は清めの社へと駆けだす。

 だが、朧の背筋に悪寒を感じた。それは恐ろしく、凶器に満ちているようであった。

 妖気だ。妖気が、朧へと迫ってきている。近くに妖がいることを感じた朧は、一瞬だけ立ち止まってしまった。


「見つけたぞ」


 ぞっとするような狂気じみた男の声がして朧は振り向いてしまう。鬼の男が手を伸ばし、朧に襲い掛かろうとしているところであった。

 朧は、恐怖を感じ、身が硬直してしまう。

 朧を守ろうとして、九十九が朧の前に出た。


 しかし、朧の背後に迫る鬼の男の背中を刀が貫く。その刀は宝刀・銀月。

 鬼の男は、信じられないと言わん顔をして、ぎょろりと振り向く。柚月が間一髪のところで間に合い、鬼の男を貫いていた。

 

「朧に、近づくな!」


 殺意に満ちた声で叫ぶ柚月は、すぐさま銀月天浄を発動する。


「うぐっ!」


 鬼の男は、うめき声を上げ、柚月は銀月を引き抜く。鬼の男は、刺された所を手で抑え、うずくまる。

 その隙に柚月は朧の元へと駆け付け、朧の前に立ち、再び構えた。


「兄さん……」


「朧、安全な場所に隠れるんだ。いいな?」


「う、うん……」


 朧は柚月から離れ、いつでも清めの社へ行けるように身構えていた。柚月と九十九は鬼の男をにらみつけ、構えた。

 宝刀の力を発動したからと言って倒れるほど鬼は弱くない。何か仕掛けてくると柚月は察した。

 うずくまっていた鬼の男は立ち上がり、体を震わせた。


「ふ、ふはははは!ははははは!面白い面白いぞ!」


 鬼の男は狂気に満ちた顔で高笑いをする。鬼の男の傷はすでに癒えていた。


「傷が……まさか、お前は……」


 柚月は、鬼の男の正体に気付き、驚愕する。

 鬼の男は笑いを止め、不敵な笑みを柚月に突きつけるように見せた。


 「いいだろう。私に傷を負わせた褒美だ。私の名を教えてやろう。我が名は天鬼てんき。妖を統べる王だ」


「天鬼……お前が……」


 柚月は、体を震わせる。天鬼については柚月も何度も聞かされた。天鬼は再生能力を持ち、異様な妖気を放つ鬼。そして、鬼の一族の中でも最悪にして最強の鬼であり、妖を束ねる者であると。

 天鬼と出会ったものが、生きながらえた話など一切ない。

 その天鬼が今、自分の目の前にいる。

 この震えは恐怖から来ているものなのか、それとも、怒りから来ているものなのか、柚月はわからなかった。

 だが、その疑問に天鬼は気付いたようであった。


「いい顔をしている。怒りに満ちた顔だ。貴様は妖が憎いのか?」


「ああ、憎い。全てを奪うお前たちが!」


 柚月は、手に力が入り、刀を握りしめる。対して天鬼は不敵な笑みを浮かべ余裕と言わんばかりの様子だ。


「ならば、私を殺してみせろ!」


「言われなくても!」


 柚月は、地面をけり、天鬼に斬りかかる。だが、天鬼は、わずかに下がり、ギリギリのところをよける。柚月は、何度も刀を振るが、何度もギリギリのところでよけられてしまう。

 まるで天鬼が柚月をあざ笑っているかのように。

 柚月と天鬼が死闘を繰り広げている間、朧は社の封印を解こうとした。九十九も朧の元に駆け付けた。封印の解き方は、勝吏に教えられている。朧は術を発動させ、封印を解き始めた。

 柚月は、銀月天浄を発動し、突きを放つ。だが、天鬼は、それすらもかわし、素手で銀月をつかむ。

 銀月に斬られた天鬼の手から血が流れていた。


「二度も通用するかと思ったか?甘いな!」


「ぐっ!」


 天鬼は、気を放って、柚月を吹き飛ばす。柚月は何とか体制を整えるが、天鬼は狂ったように笑いあの鋭利な爪で柚月を貫かんとしていた。


「兄さん!」


 柚月に危険が迫っていると察知した朧は、術を中断し、柚月の元へ急ぐ。

 九十九も、朧の後を追った。

 天鬼は、柚月に向けて手を前につきだす。だが、柚月を貫くことはできなかった。

 柚月は体に光を纏わせ、その光で天鬼の爪を防いだからであった。


「なんだ?それは?貴様、何をした?」


 天鬼は、今までにない驚愕の顔を見せる。何が起こっているのか天鬼は見当もつかないようだ。

 柚月は、天鬼をにらみつけるように見上げ、構えた。


「これは、俺の力だ」


 柚月は、冷静に手で天鬼を振り払う。天鬼はかわし、後退するが、天鬼の腕が引き裂かれ、血が流れていた。

 自分の血を見た途端、天鬼は冷静になり、柚月を凝視した。


「そうか、それが貴様の聖印能力か」


 天鬼は、再び狂気じみた顔を見せる。

 柚月は、左手で袖をまくし立て、右腕を見せた。

 右腕には、鳳凰と月が描かれた紋が光を放っている。その紋こそが、鳳城家の聖印であった。


「そうだ」

 

 柚月は、冷静に天鬼の問いに答える。

 聖印一族は、一家に同じ聖印能力を授かっている。天城家は結界を張る力、万城家は、時を操る力を授かった。だが、鳳城家は、一人一人、それぞれ異なった能力を授かった。まさに異能だ。

 

「俺の能力は自分の身に光を宿し、俺自身が光の刃となる。その名は……異能・光刀こうとう

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