第八話 一つにつながった瞬間

 朧と別れた柚月は千城家の屋敷を訪れ、調査を始めていた。

 千城家の当主に調査の許可をもらい、妖を討伐した場所を訪れたが、何事もなかったかのように跡形もなかった。


――何もないのは、当然か。……そういえば、妖はいつから出始めたんだ?それすらも情報をもらえなかったんだったな


 昨日、月読から調査の依頼を受けた時、妖の出現場所しか教えてもらえなかった。

 屋敷の人間から情報収集をしたのだが、いつ現れたのかもあやふやな状態であり、調査が難航していたのを思いだした。


――妖は倒したが、謎だらけのままだ。何が起こってるというんだ?


 柚月は調査を続けようとするが、梅花の香りが柚月の元へと送られてくる。

 綾姫が近くにいることに気付いた柚月はあたりを見回すと、綾姫が、簀子を渡り、階段を駆け下りて柚月の元へと駆け寄るのが見えた。


「柚月、やっぱりいたのね」


「綾姫、なぜ、ここに?」


「あなた、ここを調査したいってお父様に頼んだんでしょ?さっき聞いてきたのよ」


「そうか。夏乃は?」


「……成徳を探してるわ。で、何かわかったの?」


 柚月が夏乃のことを尋ねた時、綾姫が少し間を空けて答える。

 柚月は、違和感を覚えたが、すぐに綾姫から問いかけられてしまったので、聞くことができず、問いに対して返事をした。


「いや、まだなんだ。何もつかめてなくてな。まずはなぜ結界を破って侵入したのか、それさえわかればいいんだが……」


 柚月は、苦笑した顔を綾姫に見せる。さすがに簡単にはわからないだろうが、今調べておかなければ何もわからずじまいであろうと判断し、調査をしに来たが、結果は何もつかめず、仕方ないといった様子で笑っていた。

 だが、結界という言葉を聞いた途端、綾姫はいつになく暗い顔でうつむき、重い口を開けた。


「……そのことで話があるの」


「どうした?」


「……お母様が倒れたそうよ」


「え!?」


 柚月は、驚きを隠せなかった。

 今、三人の千城家の者が結界を張って、聖印京を守っている状態だ。綾姫の母親はそのうちの一人だ。彼女たちが結界を張ってくれているおかげで、聖印京に妖が侵入することはなく、人々は安全に暮らせていた。

 だが、母親が倒れたということは結界に綻びが生じ、妖が侵入しやすくなったということを示唆していた。


「それでは妖が都に入り込んだのは……」


「ええ、結界が弱まっていたの……。私も昨日知ったのよ」


 綾姫が言うには、昨日、柚月達と別れてから綾姫と夏乃は、母親の元を訪れた。だが、部屋には誰もいなかった。どこを探しても母親の姿はどこにもなく、途方に暮れた時、母親の女房に偶然会ったという。

 女房も実際に倒れたところを見たわけではなく、聞かされたようで、どこにいるかは不明であった。


「なぜ、倒れたかわかるか?」


「いいえ、それも聞かされていないみたいなの。正直、屋敷の中は混乱したわ。だからこの事は伏せておこうと成徳に言われてたんだけど……」


「いいのか?俺に話しても」


「ええ、最悪の事態も想定しないといけないわ。となれば、柚月には伝えるべきだと思ったの。まぁ、こんなこと成徳が知ったらなんて言うかわからないけど」


「……つまり、綾姫の独断ということか」


 柚月はあきれていた。綾姫は時折、独断が多かった。上から命ぜられても、綾姫は独断行動を起こし、柚月や夏乃をひやひやさせたものだ。

 だが、綾姫の行動が良い結果につながったことは多く。助かったこともある。だが、悪い結果がないとも言いきれず、綾姫は父親に厳重注意を受けたことがあったが、それでも、ひるむことはない。こういう時の綾姫はおしとやかなお姫様と言うよりもお転婆なお姫様に近いのであろう。


「これも致し方ないことよ。何かあった後では遅いもの」


「確かにな。で、何度も妖が侵入した時はどうだったんだ?」


「その頃はまだ元気でいらっしゃったのよ。他の二人もね。だから、原因は不明だったわ。けど、今思えば、無理をしていたのかもしれないわね……」


 綾姫は、妖が侵入したたびに母親の身に何かあったのではないかと心配し、母親に会いに行った。

 だが、母親は元気な姿を見せ、女房達に結界を張っている他の二人の状況も確認していた。

 だからこそ、原因がつかめず、綾姫と夏乃も調査をしたのだが、母親の異変を見抜くことができず、綾姫は悔しい思いを顔ににじませた。

 だが、ここでくじけて立ち止まる綾姫ではない。母親の状態を知った時、綾姫は即座に行動に出ていた。


「私はこれからお父様と成徳に交渉しようと思っているの。けど、成徳が見つからないから夏乃に探してもらってるわ。」


「交渉ってなんだ?」


 柚月はある不安がよぎった。交渉という言葉を使うくらいだから、反対されるようなことをするのだろうと。

 だが、綾姫は、堂々と柚月の問いに答えた。


「私がお母様の代わりに結界を張るってこと。お父様達は反対するでしょうけど」


「……そうだろうな。俺も反対だ。綾姫は他に重要な任務を抱えている。結界まで張れば、綾姫まで倒れてしまうぞ」


 結界を張るということはそれほどの労力を費やすということ。だが、三人が結界を張れば、負担も軽減される。だが、綾姫の場合は、別の重要な任務を抱えており、他の二人よりも負担がかかってしまう。母親のように倒れてしまうかもしれない。

 だが、綾姫も覚悟を決めた様子だ。綾姫の揺るぎない瞳が、柚月の瞳を見つめている。

 それでも、柚月は綾姫のことを思うと賛成はできなかった。


「……わかっているわ。でも、今は一刻を争う事態なの。私がやらなきゃ」


 母親の代わりに聖印一族の中で結界を張れるのは綾姫だけ。柚月もそれはわかっている。今回は、柚月がいくら反対した所で綾姫の決意を覆すのは難しいだろう。

 それに、今の柚月では、ほかに方法が思いつかなかった。

 悔しいが、結界のことは綾姫に任せるしかないのであろう。


「……わかった。結界のことは頼んだぞ」


「ありがとう。あと、妖のことなんだけど、これ、渡しておくわね」


 綾姫は柚月にあるものを渡した。それは書物であった。


「これは……記録書か?」


「ええ、妖が出た場所と時間が正確に記録されてるわ。これで妖のことがわかるかもしれない。といっても、そんなに情報はなかったけど、柚月なら目的が何なのかわかってしまうかもね」


「だといいんだが。しかし、どこでこれを?」


「それ?成徳が持ってたみたいなの」


 綾姫の答えに一瞬硬直してしまった。この淡々した様子で語る時は必ず綾姫が、何かよからぬことをしたことを物語っているからだ。嫌な予感が柚月の頭を駆け巡る。この予感が当たらなければいいと願い、綾姫に恐る恐る尋ねてみた。


「……綾姫、まさかだと思うが。勝手に持ってきたというわけじゃないよな?」


「違うわ、書き写したのよ」


「そうか、って書き写したのか!?」


 柚月は驚いて、大声を出してしまった。綾姫はとっさに、柚月に静かにするよう小声で指摘し、柚月も手で口を押さえてうなずいた。

 まさか、書き写したとは思いもよらなかったようだ。

 綾姫の行動力にただただ驚かされる柚月のなのであった。

 しかも、書き写したということは、成徳から許可を得ているわけではなさそうだ。

 またしても嫌な予感が柚月の頭を駆け巡った。


「ええ、だってあなたに貸すと知ったら成徳が承諾すると思う?成徳も警護隊の一人。あなたに手柄を横取りされたくないと思ったはずよ。あなた、昨日屋敷の人間に話を聞いたみたいだけど、あやふやな情報しか聞けなかったんでしょう?」


「そ、その通りだが、なぜ?」


「女房が教えてくれたの。成徳に言われてたみたいよ。柚月達に尋ねられてもいつ見たのかは言わないようにって。でも、柚月に本当のこと言えばよかったって、後悔してたわ。だから、成徳の部屋の中を探してみたのよ。一見、わかりにくいところに隠してあったわ」


 ああ、ああ、やはりかと、柚月は嘆いた。確かに、成徳も警護隊に所属している。柚月のことを快く思っていないことも承知だ。

 今にして思えば、情報を聞きだそうとした時、女房や奉公人たちは困ったような表情をしていたのなと気付いたが、そういうことだったのかと柚月は納得する。成徳に妨害されていたのだと。 

 だからといって、勝手に書き写すのもどうなのかと柚月はあきれ返り、さらに、この事が成徳に知られた時のことを考えてしまい、柚月は恐怖におびえた。


「もしこの事が知られてしまったら……」


「大丈夫よ。その前に処分してしまえば。それに、私は今から成徳を説得しに行くのよ?時間は稼ぐわ。それに、知られたとしても、じゃあ、どうしてこれを隠していたのって聞き返せばいいのよ。こんな大事なことを隠していたんだもの。勝手に拝借して書き写すよりも大問題になると思うわよ?」


 今日の綾姫はいつになく大胆不敵だ。しかも、開き直っている。敵に回したくないほどの。

 ここまで来たら自分も共犯のうちに入るのだろうと柚月は腹をくくり、綾姫から記録書を受け取った。


「……わかった。読み終わったら知られないようにこちらで処分しておく。ありがとう」


「ええ、何かわかったら教えて。じゃあ、行ってくるわね」


 綾姫はすぐに立ち去り、走りだす。 

 遠くから「綾姫様、走ってはいけません!」と叱咤する女房達の声が響き渡るが、綾姫はお構いなしに走り回っているのだろうと思うと、やはり柚月は敵に回したくないなと柚月は手に取った記録書をまじまじと見ながら、ため息をついた。



 柚月は記録書に目を通す。記録書には今まで知らされていない情報が細かく知るされてあった。

 よほど、目の敵にされているようだと柚月は再びため息をついた。


――妖が現れたのは一週間前からなのか……


 最初の日は一週間前、二回目は五日前、三回目が一昨日、そして、昨日。現れた時刻もバラバラであった。


――狙いは、もしかしたら綾姫の母君か?だが、目撃情報はなかった


 柚月は紙をめくる。妖が現れた時の様子がびっしりと書かれてあった。

 どうやら、妖は人を襲うことはせず、何かを探している様子だったようだ。

 警護達が傷を負わされたのは、武器を抜いたからなのであろう。記録書には武器を抜いた途端襲われたと記されていた。


――おそらく、俺が襲われたのは宝刀を持っていたからなのだろうな。警護隊の連中と間違われた可能性もある。最悪だ


 柚月は妖に警護隊と間違われたと思うと不快で仕方がなかった。

 だが、そんなことを思っている場合ではない。

 この情報は確かに重要だ。この記録書を見せていれば、屋敷の人間が恐怖におびえることもなかっただろう。

 自分の利益のために、なんともくだらないことを成徳はしたのだろうと柚月はあきれていた


――だが、あの場に、朧もいたが何事もなくて本当によかった。……ん、そういえば、朧は一週間前から週に一回ではなく、何度も祈祷を受けることになったと言っていたな

 

 本来なら、朧は週に一度だけ、祈祷の為に千城家を訪れる。だが、最近では、回復の兆しを見せていた。そのため、少しでも早く病が治るよう勝吏から一日か二日置きぐらいに千城家へ赴き、祈祷してもらうように何度もせがまれていたことを思いだした。

 この時、柚月は嫌な予感がして胸騒ぎがした。

 柚月は思考を巡らせる。

 妖が現れた日に朧がいた場所、時刻、全てを照らし合わせるとバラバラにちりばめられた謎が一つへとつながった。

 その瞬間、柚月は、目を見開いた。


――まずい、朧が!


 柚月は血相を変えて走りだす。

 妖の狙いに気付いた。なんと、狙われていたのは千城家の人間ではなく朧だ。

 祈祷を受けている最中、朧は何度も騒ぎ声が聞こえたと柚月は聞いたことがあった。妖が現れた日は朧も祈祷を受けに千城家を訪れていた。出現した場所、時刻もほとんど同じだ。前回妖が現れた場所も朧が来た方角からであった。

 しかも、綾姫の母親が倒れたということはまだ結界は修復されていない。再び妖は朧を狙うだろう。

 今日、朧がやっと病に勝つことができたというのに。朧を失いたくないという強い想いが柚月を動かしていた。

 柚月は、ただ、ひたすらに朧の元へと急ぐのであった。



 そのころ、朧は、長い髪をひもで縛り、九十九と鍛錬していた。

 その様子は、普通の少年と変わりない。朧は、うそのように体が動かせることに喜びを感じていた。


「はー、疲れた!やっぱり、最初はあんまり動かせないね。鍛えるのって大変だなぁ」


 朧は畳の上に寝っ転がる。無理もないだろう。つい昨日まで朧はほとんど寝たきりの状態だった。最近は、立ち上がり走れるようにはなったが、鍛錬ができるほど回復はしていない。むしろ、柚月に体を動かすことを止められていた。

 汗をかき、息を整えた朧は、起き上がり、動いても平然としている九十九の頭を撫でた。


「九十九は平気そうでいいなぁ。あ、そういえば、昨日、僕が祈祷を受けてる間、屋敷からいなくなったんだって?みんな、騒いでたらしいよ」


 ふと、昨日のことを思いだした朧は手を止め、意地悪そうに九十九を見やる。

 九十九は罰が悪そうにそっぽ向き、反応をしなかった。

 朧は、本当は、どこに行ってたのか問い詰めたかったが、この様子だと何も反応しないようなので、朧は、断念した。


「まぁ、いっか。何か悪さをしたわけじゃないみたいだし」


 朧は、再び畳の上に寝っ転がって、目を閉じる。

 だが、この時の朧は何も気付いていなかった。

 九十九が、何を思い、考えていたのかを……。



 聖印京・北聖地区・鳳城家の上空にてあの鬼の男が見下ろしていた。


「……結界がほころびているようだ。今なら、あいつに会えるかもしれんな」


 男は不敵な笑みを浮かべ、鳳城家の屋敷へと体当たりするかのごとく降下した。

 


 柚月は、千城家の敷地を出て、鳳城家の敷地の前にたどり着いた。

 息を切らし、滝のように流れる汗をぬぐった柚月は、前を見据えるが、普段と変わりない。どうやら間にあったようだ。

 柚月は、安堵し、胸をなでおろした。

 その直後……。 


「きゃああああっ!」


「!」


 女性の悲鳴が響き渡り、柚月は驚愕する。さらに、信じられない言葉が、柚月に衝撃を与えた。


「鬼だ!鬼が現れたぞ!」


「鬼だと!?」

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