第六話 焼き尽くす白銀の炎
任務を終えた柚月は、月読に報告するため、南堂を訪れた。
虎徹のせいで、任務が長引いたため、戌の刻を過ぎていた。
「そうか、妖を討伐したか」
「はい。ですが、調査をしても不明な点が残ったままとなりました。申し訳ありません」
「よい、まずは妖を仕留めることが重要だ」
柚月から妖を討伐したことを聞いた月読は相変わらず冷静だ。だが、顔には出さなかったが、その口調はいつになく穏やかだ。自分の息子が、警護隊ですから適わなかった妖を討伐したことにうれしさと誇りを持っているのだろう。
だが、突然、大きな音を立てて戸が開き、何事かと言わんばかりに、柚月と月読が戸の方を見た。
「ちょいと、失礼するぞ」
漆黒の整った髪に黄金の瞳を持ち、豪華な色合いと模様の
「ち、父上!?」
「
男の名は
突然、勝吏の乱入に対して、柚月は驚愕した様子だ。あの冷酷な月読でさえも目を丸くして驚いている。
それもそのはず、聖印一族では月に一度、一族の各当主やその家族が本堂で出席する会合がある。
妖、聖印寮、屋敷内の情報交換の場として設けられているのだが、実際は単なる宴会みたいなものだ。
その会合中であるにも関わらず、勝吏はなぜか、柚月達の目の前にいるのであった。
「それか?抜けてきた」
「はぁ!?」
「なんということを……。あなたはそれでも、鳳城家の当主ですか!?」
当主が一堂に集まる会合は重要性を持っている。一族の代表として恥じぬよう、その当主の妻や子供達、女房、奉公人は、豪華な衣冠を用意し、身だしなみを整えさせて、会合に送りだしているだのだ。
その重要な会合であることを勝吏は知っているはずだが、その返答は何とも突拍子もないことであろう。柚月も月読もあっけにとられた。
このいい加減さは、虎徹にそっくりだ。この二人は従妹と言うよりも兄弟ではないかと思くらいよく似ている。おそらく、このようないい加減な父親を見て育ってきたため、虎徹に対しても柚月は冷たくあしらってしまうのだろう。最も、虎徹は柚月の態度に関して気にしていないようだが。
勝吏も同様であり、二人がどんな態度に出ようとも気にせず、自由気ままに笑っていた。
「大丈夫だ。
「あー、はいはい、ありがとうございます」
勝吏は嬉しそうに柚月の肩をばんばんたたくが、心がこもっていない返事を柚月は吐きだす。本来なら褒められてうれしいはずなのだが、今の現状で喜べるはずがなかった。そんなことよりさっさと本堂に戻れと言いたいくらいだろう。
ちなみに、
同じ兄弟であるはずなのになぜこうも違うのかと常日頃疑問に持ち、勝吏には見習ってほしいものだと思っている。むしろ真谷も自分や月読と同様に苦労しているに違いないと柚月はあきれた。
「勝吏様、ここでそのような話をしている場合ではありません!即刻本堂にお戻りください!鳳城家の当主あろうものが、会合を抜け出すなど前代未聞です!」
この自由奔放な勝吏に対し、月読はとうとう怒りをあらわにした。
月読が怒りをあらわにする気持ちは柚月もよくわかる。今回は月読の味方となって、勝吏に本堂に戻るよう促したいくらいだ。
だが、いくら自分たちが言ったところで戻る勝吏ではない。言って戻っているのならとっくに戻っているだろう。
月読にこれだけ怒られてもまったくもって気にしない勝吏は、堂々と柚月の隣に座った。
「まぁ、そう怒るな月読。抜けてきた理由はちゃんとある。他の当主たちにも承諾は得ているんだ」
「その抜けた理由とは何です?ちゃんと説明してください」
「そう急かすな。今から話すから」
勝吏は先ほどとは打って変わって深刻な表情になる。彼の表情を見た柚月と月読は、何かあったのではないかと不安に駆られた。
勝吏は、静かに語り始めた。
「女房から聞いてたんだが、朧が倒れたらしい」
「朧が!?」
朧が倒れたと聞き、柚月は驚きのあまり立ち上がる。反対に月読は冷静さを保ったままだ。
そのことに対して柚月は疑問に思っていたが、今はそんな場合ではない。朧の状態を一刻も早く知りたいと願い、勝吏に問いかけた。
「それで、容態は?朧は、大丈夫なのですか!?」
「倒れた原因は熱が上がったそうだ。今はゆっくり安静にしている。そのことを伝えにここへ来たんだ」
「そう、だったんですか、よかった……。って、そうならそうと早く言ってください!」
柚月は、安堵したものの、冷静さを取り戻した直後、深刻なことをなぜ早く言わなかったのかと勝吏を責めた。いくら朧が無事とはいえ、先に言うべきことであり、もっと慌てた様子で来てほしいものだと柚月は、半ばあきれていた。
勝吏は、こういうところが抜けている。
だが、今回は柚月の怒りを目の当たりにし、勝吏も反省した様であった。
「悪かったって。で、これから私は朧の様子を見に行こうと思っているのだが、月読、お前はどうする?」
柚月と勝吏は、月読を見る。一度もお見舞いに行かなかったとはいえ、今回はさすがに行くであろうと、柚月は期待していた。
だが、その期待は見事に裏切られてしまう。
「……仕事がありますので、朧のことは勝吏様にお任せします」
「母上!」
「承知した。何かあったら、知らせよう」
「わかりました」
「では、行ってくる」
勝吏は立ち上がり、南堂を後にした。柚月も慌てて立ち上がるが、月読をにらみつけるように見つめた後、勝吏の後を追った。
振り向くこともしなかった柚月は、月読がどのような顔をして、どのような気持ちで南堂に残されたのか知らなかった。いや、知りたくもなかったのだろう。勝吏でさえも、会合を抜け出してわざわざ知らせに来てくれたというのに、月読は、仕事があると言って見に行く様子がない。
勝吏もなぜか見に行かないのかと問いただすことも反論もせずに承知し、立ち去ったことに柚月は疑問を抱いた。
柚月は、両親がいったい何を考えているのかわからなかった。
「父上!」
「どうした?柚月?」
「あの、なぜ母上を朧のところに行かせないのですか?朧が倒れたということは深刻なことなのでしょう?だから、父上も会合を抜けたのではないのですか?」
柚月は勝吏に問いかける。と言うよりも、怒りを勝吏にぶつけたといったほうが正しいのだろう。勝吏に怒りをぶつけることではないことは柚月も心のどこかでわかっている。しかし、そうせずにはいられないほどであった。
勝吏も柚月の気持ちを汲んで、柚月を諭すように月読の気持ちを伝えた。
「その通りだ。朧を心配してな。だが、だからといって月読は朧のことを心配していないということではない。あ奴も母親だ。だが、今の都のことも大事だ。結界が破られているのだからな」
「そんなこと言ってる場合では……」
「柚月、人には語れぬこともあるんだ。たとえそれが家族であってもな」
「……わかりました」
語れぬこととはいったい何なのか、柚月は疑問や怒りを無理やり押し込めて、うなずく。これ以上は何も聞けないと柚月は判断した。
しかし、どうしても朧のことが心配でたまらない。朧にもしものことがあったらと思うと居ても立っても居られなかった。
「父上、私も行きます!」
「行ってはならぬ」
「なぜです!」
「どうしてもだ」
「……これも、語れぬことだと言いたいのですか?」
柚月は歯がゆい思いをしている。母上に朧の元へ来るよう説得することもできず、朧がつらい思いをしているときに、自分は行くこともできないからだ。
勝吏も理由あって話せないようで、複雑そうな顔をして、柚月の問いに答えた。
「そうだ。すまないな。何かあれば連絡する。そう心配そうな顔をするな。朧なら大丈夫だ。私を信じろ」
わかっている。頭の中では理解しているが、気持ちがついていってない。
それどころか、家族なのに自分には何も知らされていない。柚月は、蚊帳の外に放り出されたように思えてきた。
「……はい。朧のこと、お願いします」
「うむ、承知した。さあ、お前も体を休めなさい」
「はい……」
勝吏は、屋敷へと歩きだす。柚月は、やるせない気持ちで立ち止まった。
休めと言われたが、朧のことを思うと休んでなどいられない。しかし、勝吏に止められた以上、朧の元へ行くこともできない。できることはただ一つ、朧の無事を願うことだけであった。それだけしかできない自分が情けなく感じた。
「朧……」
勝吏は、朧の部屋へと到着する。部屋の中には女房と汗をかいてうなされている朧だけであった。
勝吏は、普段とは違って冷静な表情で座った。
「勝吏様……」
「朧の状態は?」
「先生からお薬をいただきました。時間はかかりますが、よくなるでしょうと。」
「そうか……」
女房はそう勝吏に伝えたが、実際の朧の様子を見るとそうは思えない。そのため、朧のことを勝吏に聞く決意をした。何も答えてくれない可能性もある。だが、どうしても、朧が心配だ。怒られる覚悟で女房は尋ねた。
「あの……」
「少し、席をはずしてくれぬか?何かあったら、呼ぶ」
「……かしこまりました」
女房は答えを聞きだそうにも勝吏にそう言われては部屋を離れるしかない。相手は聖印一族・鳳城家の当主。逆らうことなど許されない。
女房は静かにうなずき、部屋から離れ、
勝吏は、朧の手を握る。朧の手は汗だくであり、今、病と必死に戦っているのが勝吏にも十分に伝わっていた。
「朧、もう少しだ。もう少しだからな」
勝吏は、励ますことしかできなかった。それでも、朧に伝わってくれればいいと。病と戦う力になればいいと。
「……頼んだぞ、朧を助けてくれ」
見渡す景色は真っ黒な闇。どこを見ても闇で埋め尽くされていた。
その闇の中に、何者かが歩き始める。
銀色の長い髪をなびかせ、目は血に染まっているかのように赤い。頭部に生えている髪と同じ銀色の獣の耳がぴくぴくと動いている。何かを探しているようだ。
彼は、髪と同じ色の尻尾を風のようにゆらゆらと動かして歩いていたが、急に立ち止まった。
彼の目の前に現れたのは数十匹の妖だ。妖たちは彼を憎しみがこもったような眼差しでにらみつける。だが、彼は、多くの妖を目の前にしても、平然とし、不敵な笑みを浮かべた。
「来い、雑魚共。俺が一匹残らず燃やしてやる!」
彼は挑発したように吼えて、構える。妖たちは一斉に彼に襲い掛かった。
だが、彼は突っ込むようにして跳躍し、妖は彼に食いついた。
「らあっ!」
彼が吼えるように叫ぶと、白銀の炎が彼に食いついていた妖を燃やし、遠くにいた妖達までも巻き込んで燃やし尽くした。
その場にいた妖全てを焼き尽くした彼は着地したが、呼吸が乱れている。だが、彼の前には巨大な目玉を持つ妖が迎え撃つように現れた。妖は目をぎょろりとさせ、彼を見る。
呼吸を整えた彼は、再び不敵な笑みを浮かべた。
「お前が、最後か。ここの親玉ってところか?だが、あいつほどではない。殺せるなら殺してみろよ。その前に灰にしてやるがな」
彼が構えると妖は雄たけびを上げて妖気を放つ。まるで怒り狂っているようだ。そんな妖を見ても彼は平然としている。彼の眼は余裕すら感じさせるほどであった。
彼は妖の元へと跳躍する。妖は飛びかかってくる彼を丸呑みした。だが、次の瞬間、妖は目を見開き、白銀の炎に燃やされていた。妖は見る見るうちに灰となり、灰の中から彼が現れた。
彼は再び、着地するが、呼吸が前よりも乱れたようであった。彼は呼吸を整え、天を仰いだ。
「……これで、全ての妖は燃やしてやった。五年もかかっちまった。だが、もう大丈夫だぞ、朧」
朧に変化が出始めた。朧はうなされている様子はなく、ぐっすりと眠っている。朧の手を握っていた勝吏は何かに気付いたようだ。
――呪いは解けたようだな。月読に報告せねば。
勝吏は、朧の手を離し、立ち上がる。安堵したようで勝吏の眼は涙を浮かべていた。
勝吏はゆっくりと歩き始め、朧の部屋を後にした。
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