第五話 のんびり気ままな師匠登場
綾姫と夏乃が深刻な話をしていた間、春風と真純にこれまでのいきさつを柚月は説明する。妖を討伐したと聞いた途端、春風は目を輝かせ、嬉しそうに喜んだ。まるで自分のことのように。
「さすがです、柚月様!僕も見てみたかったです!柚月様が妖を仕留めるところを!」
「春風、今は任務中よ」
いつまでも、はしゃぐように話す春風を真純が冷静に諭す。春風が、喜ぶ気持ちも真純はわかっている。だが、自分たちは任務中であり、千城家の人間がいる手前、自分が春風を止める必要があると真純は判断した様だった。
「あ、そ、そうだった。申し訳ありません、柚月様」
春風は申し訳なさそうに頭を下げる。春風にとって柚月は憧れの存在であり、兄のように慕っている。そのため、警護隊でさえ討伐できなかった妖を柚月が討伐したため、うれしくて仕方がなかったのだ。
柚月は春風の気持ちを十分に理解している。春風が憧れてくれていることは何よりも柚月にとってうれしいことだ。
柚月は兄のように春風の頭を優しくなでた。
春風は驚いたように柚月を見上げた。
「気にしなくていい。春風が喜んでくれて、俺はうれしいぞ」
「柚月様!ありがとうございます!」
春風は、再び頭を下げる。
真純は二人のやり取りをやれやれといった様子で見た。
「柚月様、これからどういたしましょう?」
「調査が必要となるだろうな。あの妖は結界を破り、侵入したとみられる。それに、また妖が出現する可能性がある。警護の任務もかねて調査しよう。」
「では、譲鴛達に呼んでまいります」
「頼んだぞ」
「はっ、春風、行くわよ!」
「う、うん!」
真純と春風は、譲鴛達の元へと駆けだす。
すれ違いざまに綾姫と夏乃は、柚月の元へ歩み寄った。
綾姫と夏乃は、先ほど深刻な表情をしていたが、その不安を押し殺して、柚月に微笑みかけた。
「お話は終わったの?」
「ああ、これから調査と警護を行う予定だ。まだ、安心はできないからな」
「ええ、まだ任務を続けるの!?何もそこまでしなくても……。無理をしたら体を壊してしまうわ」
まだ任務を続けるという柚月に対して、綾姫は心配そうな顔を浮かべた。柚月も正義感の強い男だ。妖を討伐したからと言って、任務が終了したと安心している場合ではない。
妖が結界を破って侵入したことは異例だ。再び結界を破って侵入する妖がいるかもしれない。最悪の場合に備えて、柚月は、任務を続けるつもりでいるのだが、綾姫は心配でならなかった。
柚月はたとえ体力が限界を超えていようと体に鞭を打って、任務を続ける時があり、それが原因で倒れたこともある。
これ以上無理をしないでほしいと綾姫は願うばかりなのであるが、夏乃が、優しい笑みを浮かべて綾姫の肩に優しく触れた。
「綾姫様、ここは柚月様にお任せしましょう。柚月様は、先ほどの妖を倒してしまうほどの実力者です。それに柚月様には心強いお仲間がいます。彼らが必ずや、柚月様を支えてくださるでしょう」
夏乃も柚月のことを心配しているのだが、今回は問題ないと判断したのであろう。
柚月には部下がいる。もし、柚月を無理をしようものなら同期の譲鴛が止めてくれるだろうと夏乃は、そう判断したうえで、綾姫に自分の意見を述べた。
綾姫も夏乃がそこまで言うならと、気持ちを察し、柚月達に任せることにした。
「わかったわ。柚月に任せることにするわ。でも、絶対無理しないでね、約束よ?」
「わかった、約束は必ず守ろう」
柚月と綾姫は、うなずき合い、笑みを交わす。傍から見ればそれはまるで恋人のようなやり取りに回りは見えてしまうだろう。だが、本人たちは気にも留めない。
何せ、幼いころから続くやり取りであったからだ。
それは、夏乃も同じであり、それどころか、二人の仲の良さをまじまじと見て、涙ぐんでいるのであった。
「兄さん!」
朧の声がして、柚月達は振り向くと、南の方角から朧がぱたぱたと元気よく柚月の元へ走る姿が見えた。
「朧!」
走る朧の姿を見て、柚月は慌てふためいて朧の元へ駆け付ける。朧は息を切らせ、柚月を見上げた。
「走るのは駄目だって言ってるだろ?何かあったらどうするんだ?」
「ごめん、兄さん。兄さんがいたからつい……」
朧は、謝罪しながらも柚月に笑顔を見せる。
もちろん、本人も反省しているのだが、任務で出かけていると思っていた柚月が千城家にいたため、うれしくて思わず柚月の元へ駆け寄ってしまったようだ。
そう言われると、仕方がないと思ってしまう柚月であったが、綾姫たちの前でそんな兄馬鹿発言を出すわけにはいかず、一応兄らしい対応を見せた。
「ま、まあ、いいさ。お前がここにいるということは……今日は祈祷の日か……」
「うん、先生から許可をもらえたんだ」
病にかかっている朧は、週に一度祈祷のため、千城家を訪れる。
朧が病にかかっているのは妖のせいではないかという噂が流れたため、祈祷をすることで病が少しでも治るようにと父親の願いにより、朧は週に一度千城家を訪れ、祈祷を受けることを承諾した。
二人がやり取りをしていると綾姫と夏乃は、二人のもとへと歩み寄った。
「こんにちは、朧君」
「こんにちは、朧様」
「綾姫様、夏乃様、こんにちは」
「体の調子はどう?」
「はい、少し熱が出るときがありますが、今のところは順調です」
「そう、よかったわ」
「きっと、祈祷を受けたから、よくなっているのかもしれませんね」
「はい、ありがとうございます!」
確かに、最近朧の調子はいい。病がかかった時は、青白い顔をしており、立ち上がることもままならず、命の危機が迫っているほどであった。
だが、今の朧は、立ち上がることも、少しだけだが走ることもできるほど調子がいい。
柚月は、朧の病がもうすぐ直るのではないかと内心期待していた。
「ところで兄さん。さっき、聞いたんだけど、妖が出たって本当なの?」
「ああ、だが、妖は討伐した。もう心配ないぞ」
「……怪我、してないよね?」
朧は、恐る恐る柚月に尋ねる。朧が見る限り柚月が怪我を負っている様子はない。だが、柚月は、朧に心配させまいとして、怪我を隠す傾向がある。
朧は、また怪我を負っているのではないかと不安に襲われた。
「大丈夫だ。兄ちゃんは強いからな」
「本当に?」
朧の眼は柚月を疑っているようだ。確かに、何度も怪我のことを隠したことがあったため、疑われるのは仕方がない。柚月もどういえば信じてもらえるかと頭を悩ませた。
そんな柚月に助け舟を渡したのは綾姫と夏乃であった。
「大丈夫よ、朧君。柚月はどこも怪我してないわ、ねぇ?夏乃」
「はい、ですから、ご安心ください。朧様」
「そ、そうなんですか?」
朧は心配そうな目で綾姫と夏乃を見つめ、訊ねる。二人は姉のように優しくうなずくが、柚月は必死で何度も高速でうなずいていた。
「本当に怪我してないみたいですね。ありがとうございます。綾姫様、夏乃様」
安心したせいか、朧から満面の笑みがこぼれる。
柚月は再び癒されるのであるが、癒されたのは柚月だけではない。綾姫も夏乃も朧の笑顔に癒されたのだ。それほど、朧の笑顔には破壊力……ではなく、癒しの力があるのだろう。
ほのぼのとしていた柚月達であったが、ある違和感を覚えていた。
それは、朧が一人でいることだ。いつもなら、護衛を連れてくるのだが……。
「朧、今日は一人で来たのか?」
「ううん、虎徹様と一緒だよ。走った時にはいなかったけど。もうそろそろ、来るんじゃないかな」
護衛なのになぜ、朧を一人で行かせたんだと、柚月は怒りを通り越してあきれてしまった。
そんなことを思っていると、南の方角からゆったりとした足音が聞こえてくる。何てのんびりとした足音だろうかと柚月はあきれてその足音のする方角を向くと、漆黒のぼさぼさの髪に黄金の瞳を放つ男がゆっくりとこちらに向かっていた。
「いやいや、すまんすまん。遅れてしまったようだ」
男は何とものんきな口調で話しかける。男は謝罪はしているようだが反省してるそぶりは全く見えない。彼の名は、
「虎徹様?なぜ、朧を一人にしたのですか?護衛なら朧を追いかけてください。むしろ、朧が走るのを止めてください」
一応敬語ではあるが、柚月はわなわなとした口調で虎徹に問い詰める。虎徹は、まったくもって気にしておらず、のんびりと話し始めた。
「大丈夫だろ。お前さんがいるんだから。あ、あと虎徹様じゃなくて師匠な。様って呼ばれるの慣れてないんだ」
そんなのどうでもいいだろ!と突っ込みを入れたくなる柚月であったが、その怒りをどうにかこうにか抑える。
柚月が虎徹に振り回されるのはいつものことであり、綾姫達は、楽しそうに二人のやり取りを観察していた。
「虎徹師匠」
「師匠だけでいい。めんどくさいから」
「……師匠。いくら俺が側にいるからと言っても、あなたは護衛の任務を父上から与えられているはずです。自覚というものを持ってください」
「いや、持ってるよ?持ってるからこそ、俺が追いかけなくても大丈夫だと判断したんだ。お前さんのこと信用してんだよ?」
柚月の指摘をさらりとかわし、おまけに屁理屈を言う始末だ。さすがの柚月も堪忍袋の緒が切れそうになった。
だが、運がいいのか、柚月が怒りを爆発しようとしたところで、譲鴛達が柚月の元へと駆け付けた。
「柚月、聞いたぞ?妖を討伐したんだってな!」
「あ、ああ。それで、これから調査と警護を始めたいと思うんだが……」
柚月が言い終えようとした時、柚月の肩にずっしりとした手が置かれた。
もちろん、犯人は虎徹だ。
「すまんね、柚月に話したいことがあってさ。あと、念のため朧の護衛も任せたいんだよ、このご時世だし。そちらさんだけで進めてもらっていいかな?」
何を勝手なことを!と憤り、叫びたい柚月であったが、鳳城家の人間に頼まれては、譲鴛達も承諾するしかなかった。
「わかりました。私たちだけで調査と護衛をいたします。柚月、あとで合流しよう」
「あ、ああ……」
譲鴛は部下たちを連れて、調査及び護衛を開始した。
この時、まだ柚月達は知らなかった。春風がちらりと複雑そうな顔をして朧のほうを見ていたことを……。
「じゃあ、私たちも屋敷に戻りましょうか?」
「そうですね、では」
綾姫達も頭を下げ、その場から立ち去った。
その場に残ったのは柚月、朧、虎徹の三人だけとなった。
綾姫達の姿が見えなくなったのを確認した柚月は思いっきりいらだった表情で虎徹をにらみつけた。
「で、話とは何ですか?師匠」
「その前に、朧の護衛だ。ほら、行くぞ」
「え!?ちょ!!」
柚月は動揺を隠しきれずにいたが、そんなことはお構いなしにと虎徹は無理やり柚月の背中を押し、三人仲良く寺院へと向かった。
寺院に到着した柚月と虎徹は、手を振って寺院に入るかわいい朧を見送った。
見送った直後、虎徹は、「はぁ、疲れた」と言って、石階段に座り込んだ。
彼の様子を見た柚月は、何につかれたんだと?疑問視したが、そんなことはどうでもよく、先ほどの質問を改めて虎徹にぶつけた。
「で?話とは何です?一応、忙しい身なんで、手短にお願いします」
「え?別に話すことないけど」
「はぁ!?」
柚月はあっけにとられ、思わず大声で叫んでしまう。すぐに我に返り、聞かれてはいないだろうかと恐る恐るあたりを見回し、ひと気がないことを確認して、動揺した様子で虎徹に尋ねた。
「じゃ、じゃあ、なんで……」
「単に柚月君が忙しそうだったから、気を使って休ませてあげようと……」
「いらんことするな!第一、あんたが気を使うところなんか見たことないわ!」
「まぁ、いいじゃないか。こう言うのも師匠の役目だ。ほら、お前さんも座れ」
また屁理屈言いやがって!とのどまで出かかった柚月だが、よくよく考えてみれば、これも師匠の優しさなのかもしれないと、半信半疑ではあるが一応心の中で感謝し、冷静さを取り戻して石階段に座り込んだ。
ふと、朧のことを思い返していた柚月は、あることに気が付く。いつも朧と共にいる九十九の姿を見ていなかった。
「そういえば、あの小生意気な小狐がいなかったように思えるんですが……」
「あれ?知らないの?柚月君。まぁ、君、九十九に嫌われてるもんね~、知らないのも当然か~」
――こいつ、殴りたい!今すぐ殴りたい!
いつも冷たくあしらわれているため、九十九のことに関して何も知らない柚月を虎徹はからかうが、今までのうっぷんを溜め込んだ柚月はこぶしを握り、わなわなと体を震わせた。
衝動を何とかして抑え込んだ柚月、すると、急に真面目な顔で虎徹は語り始めた。
「まぁ、ここは千城家の敷地内だ。飼ってるとはいえ、連れていけば千城家の人間に迷惑をかけてしまうかもしれんしな。朧がいないと、どこかに行ってしまうかもしれん。そうなったら、千城家の人間はびっくりするかもしれないからな」
「本当にそれだけですか?」
柚月は、虎徹の答えに違和感を持った。このいい加減な男を信用しろと言う方が難しいのだろう。それに、九十九は賢い小狐のようだ。勝手にどこかに行くとは到底思えない。
疑心暗鬼に陥っている柚月を虎徹はわざと寂しそうな顔をした。
「え~、信じてくれないの~、柚月君」
「ええ、うさんくさいんで」
虎徹に対してはっきりと物事を言う柚月。虎徹はまいりましたと言わんばかりの顔を柚月に見せた。
「ま、俺も聞かされただけだから真実は知らないんだ。勘弁してくれ」
「……わかりました。そういうことにしておきます」
柚月は、半ば強引に納得する。そんな柚月を今度はじーっと虎徹は見ている。
まるで観察されているかのようで不快感を感じた柚月は、虎徹にいやそうな顔で問いかけた。
「何か?」
「いや、さっき妖を柚月が倒したって聞いてたからな。あの泣き虫がここまで成長したのかと感心してたんだよ」
「ちょ、泣き虫って!師匠、過去の話を持ちださないでください!」
柚月は、過去の話を持ちだされるのが苦手だ。特に泣き虫だったころのことは……。
虎徹は、知ってはいるが、わざと過去の話を持ちだした。それも、楽しそうに。
「いいじゃないか、別に。なんで、過去の話を持ちだされるのが嫌なんだ?思い出の一つだろ?」
「思い出にはなりません!」
柚月は全力で否定する。柚月は、何度も虎徹に振り回され、怒りがふつふつとこみあげてきた。
そんな気持ちもお構いなしに、虎徹は止めの一言を柚月に浴びせた。
「そんな、怒るなよ~。冗談なのに。相変わらず真面目だな~」
――冗談でもいやだろ、普通。ああ、こいつ、斬りたい。妖だったらこの場で斬り伏せられるのに!
柚月の怒りは頂点に達したようだ。虎徹に対して殺意が湧いてしまった。
だが、虎徹はまったくもって気にしていない。
それどころか、一人楽しそうであった。
――朧、まだですか?でないと、兄ちゃん、殺人事件を起こしそうだよ……
柚月の顔は疲れ果てたようであった。
その後、戻ってきてくれた朧を見て、柚月は助かったと心の底から思ったのはいうまでもない。
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