始まりの予感

@karaokeoff0305

始まりの予感

今まで恋をしたことがありますか?

そう聞かれたら日本人女性の大半が【YES】と答えるだろう。

かく言う私もその一人だ。



「今日はバレンタインデーだね、梨沙。何か家から持って来た?」


「友チョコだけ。好きな人なんていないからチョコは持って来てないよーん」


「えー本当?」



ニヤニヤと笑みを浮かべ、こちらを見詰めてくる親友。

彼女のこういった行動や仕草にはもうなれたが(恋愛事になると決まって茶化そうとしてくる)、ええいまたかいと思う時もある。



「本当だってば。疑うんだったらバックの中見せてあ・げ・る」


いつものように、おどけた口調で親友の席に歩み寄ったその時。

後ろから、華やかで楽しそうな女子の声が聞こえた。



「飛鳥あ~手作りで作ったチョコレートあげる。シフォン仕込みだよーん。

良かったら食べて」



顔を真っ赤にしてクッキーを渡す女子。あれ、貴女前『飛鳥の事は友達として好き』って言ってなかったっけ。



「手作りして作ったチョコらしいよ。志帆も見掛けずによらずやるわね」



志帆、というのはチョコレートを渡した女子の名前だ。性格はどちらかとうとい男らしく、恋愛に興味がある様子もない。それなのに、何故今顔を真っ赤にしてチョコレートを渡しているのだろうか、とクラス中で騒然となった。



「言うほどカッコ良いか?」



以前、この男子を『カッコ良い』と評している女子達が居た。

しかし、女子の言う『カッコ良い』『イケメン』という言葉ほど信用出来ないものは無いだろう。そう思い、わざと少し大きめの声で私はそう言った。



「え、何。梨沙ちゃんもチョコくれんの?」



くるりと此方に顔が向けられ、不意にその男子と目が合った。

改めてまじまじと顔を見詰めると、なかなか端正な顔立ちでクラス一イケメンと言われている男子よりも何処か謙虚で真面目そうなところがあって、それが女子達の瞳を引くのかもしれない。



(え、何かコレ恋してるみたいじゃない―!?)



やだぁ、と言って頬に手をやると、そこはとても真っ赤で、心なしか心臓の鼓動も速くなっている気がした。



「ちょ、ちょっとどうしたの梨沙。」


「ごめん、何でもない。次の授業でやるテストの事が気になって」



そう言って慌てて誤魔化したが、誤魔化し切れただろうか。

否、近くにいる友人にはこの動揺が伝わっているに違いない。



「ひょっとして梨沙ちゃんも・・・」


傍で読書をしていた女子が、椅子からスッと立ち上がり、私にそう話し掛けてきた。


「梨沙もって、朱音(あかね)アンタもなの?」


これには私も面喰ってしまった。どちらかというと朱音は地味で目立たない方で、あまり自分から意見を言う方では無かった。その朱音が椅子から立ち上がり、「貴女も彼の事が好きなのか。」と問うてみせたのである。私はただ驚き、淡々と彼女の話を聞いていた。



「カッコ良いもんね、飛鳥君。梨沙が好きになるの分かる気がするよ」



顔をぽーっと赤くしてそう呟く朱音の、なんて可愛い事。私の表情よりも数段顔が真っ赤だと思うのは気のせいであろうか。



「違う違う。篤子があまりに言うモンだから、どんなに良いもんかと思ってみてただけ」


「でも、結構ガッツリ見詰めてたよ」


「え、え…そうかな…」



朱音にそう言われ、思わずだじろく。

『私も、みんなと同じかな』と弱弱しい声で言っていたあの姿は、

何処へ行ったのだろう。少なくともこんな強気な彼女の姿を見たのは初めてだ。



「こりゃこりゃ、これはアンタ意外と苦戦するかもね」



傍で話を聞いていた別の女子(私の話を盗み聞きしてた人が、何人居たのやら・・・)がツカツカと私に歩み寄り、そう声を掛ける。



「結構可愛いわよ、朱音。ホラ地味なカッコしてるからあんま目立たないかもしれないけど―ああいうコは、化粧して着飾れば、見違えるように美人になるわヨ」



確かに、その通りかもしれない。バランスの整った顔立ちに、パッチリとした瞳。肌は白く唇にも透明感がある。彼女は所謂『化ける』タイプの女子ではないだろうか。彼女がもしライバルの一員となったら、これは予想以上に手強い相手になるかもしれない。



「―って、好きなんかじゃないんだってば!」


「何、急にどうしたの」


「い、いや何でもない。アハハ・・・」


「何かおかしいよ、今日の梨沙。変なものでも食べた?」



怪訝な顔付きをする彼女の顔から目を背け、盗み聞きするように彼の姿を見遣った。



「あっはは、ありがとう。チョコ貰えるとか思って無かったからマジ嬉しい」


こんな、何処にでもいる男子の何処がモテるのか。

まるで分からないな、と呟きながらも瞳だけはガッツリ彼を追っていた。



「―梨沙ちゃん、ひょっとして…」


椅子から立ち上がった、彼女の声が、姿が再度脳内で再生される。

『これはアンタ意外と苦戦するかもね』と言って私をからかった同級生の姿も。



(私はどうなる?これからどうなるんだろう・・・?)


大きな期待と不安とが入り混じる。

それは今までに経験したことがないもので、それを誰かに打ち明けるのは

とても恥ずかしかった。



「ふふ、へへへ・・・」



苦笑いが出たのは、気恥ずかしさのせいかはたまたそれを誤魔化すためか。

どちらにせよ、私はもう登ってしまった。『恋愛』に続く大きな一歩を、

もう既に踏み出してしまったのだ。



「恋なんて幻よ幻。あんなの一夜の夢限りだわーはぁ」



元彼の事を嘆いている友人の言葉などを思い出すが、上手くいかない。

これはひょっとして、予想以上に大きい恋なのかも、と思い始めていた。



(思ったところでどうすれば良いのよーぅ)



心の中でそう強く叫び、机に置いてあった教科書を少し乱暴に弄った。

不意に湧き出た熱い感情に、ただただ戸惑いを覚えながら。


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