風鈴は朝を告げる
今日の朝は目覚めが悪かった。体調が悪いとか昨日夜更かししたとか、別に特別な理由があったわけではない。ただ単に起きるのが億劫だったのだ。
目は覚めたものの意識は眠りの世界と現実の世界を彷徨っていた。ぼーっとしながら重い左手を布団の外側に持って行き、手探りで目覚まし時計を見つける。そこには 7:13 とデジタルで表示されていた。確か同じような行動をつい数日前にもしたような気がするが……。まあいいや。
30分から朝食だから、あと15分と少ししかない。つまり榊さんの朝食作りの手伝いができなかったということになる。これは申し訳ないことをした。
ならば夢の世界で作ればいいではないかという非常に魅惑的な誘いによって、不覚にももう一度寝るか寝るまいか逡巡してしまったのは、ここだけの話。
と、ノックもなく突然僕の部屋のドアが開け放たれた。
「奏太……まだ寝てるの?」
非常にゆったりとした、僕を再び眠りへと誘い込むかのような口調でそう問いかけたのは、これまた眠そうな顔をしている女の子。
背丈は僕の肩ぐらいである。140cmといったところだろうか。年齢の割には少しだけ低いようにも思える。
茶色がかった髪は肩につくかつかないかのあたりまで伸びているが、寝起きなのかあちこち跳ね上がっていて普段の体積の1.5倍はありそうだった。
ちなみに眠そうな顔というのは彼女のデフォルトなので、今本当に眠いのかどうかはわからない。
「いや……今起きたところだ。みんなもう揃ってるのか?」
「うにゃ……今日はみんな早い……あとは私と奏太だけ……」
これではっきりした。間違いなくこの子は今もなお睡魔と戦っている。無事に勝利を収めることを期待するとしよう。
「ほら、さっさ顔洗ってこい。ぼーっとして水飛び散らかすなよ」
「ふぁーい……」
返事ともあくびともつかないなんとも気の抜けた声を出して僕の部屋を去っていった。
さて、僕も着替えてから顔を洗うとしよう。
児童養護施設「ふうりん」。ここには事情ゆえに家庭で生活することが難しく、その他親戚にも引き取り手がない子供たちを預かっているところである。
僕は小5の時に事故で両親を亡くして以来、ここでお世話になっている。あれは確か夏の終わり頃の出来事だっただろうか。病院で目を覚ました時に窓の外でセミが鳴いていたのを微かに記憶している。
だから今年の夏でかれこれ5年が経過することになる。時の流れというのは実に早いものだ。
ふうりんには僕を含めて6人が生活している。小学5年生の3人組と中学2年と3年んが一人ずつ。だから僕が一番年上になるのだけれど、みんな女の子なのでどうもやりにくい。5人とも僕のことを兄のように慕ってくれていて、一人だけ男が混じっていることに関しても全く気にしていないようだが、やはり僕としては少しだけ気まずいものがある。
だから施設長の鈴風さんだけが男同士の会話ができる唯一の人物である。この5年間男同士の会話なんてしたことないけれど。
実はあともう一人、家事や庭の手入れなどの手伝いをしてくれる榊さんという人もいる。この施設は二階に八つの個室が揃っているので、そのうちの一つを使って榊さんは生活している。だから実質この施設には7人が暮らしているということになる。
一階には台所やキッチン、リビングや洗面所、お風呂などがある。7人の共用スペースというわけだ。リビングには一つだけテレビが置いてあるけれど、基本的に日中は家事をしている榊さんが占領している。僕らが帰ってくるとだいたい小学生3人組がいつも仲良く肩を並べてお気に入りの録画したアニメを見ている。
だからあのテレビで僕が見た番組といえば夜の九時から始まるニュースぐらいのものだろう。別に僕はそれでいいのだけれど、中学生の二人はどうなのだろうか。もしかしたら僕の知らないところできちんと楽しめているのかもしれない。
さて、案の定床が盛大に濡れていた洗面所の掃除をして顔を洗った後台所へと行くと、すでに他の6人は出来立ての朝食を前にテーブルを囲んでいた。ちらりと壁にかかった時計を見ると、長針は6の文字を少し超えていた。
「遅れてごめんなさい。あと、作るの手伝えなくて……」
「別にいいのよ。たまにはゆっくりした朝も悪くないわ」
榊さんはそう笑って許してくれた。みんなも笑って頷いている。僕は心の中でお礼を言いつつ、この温かい空気にひどく安心した。ここからは軽やかな音楽が流れていて、
僕らは、家族だ。誰が何と言おうと、僕はこのみんなの笑顔を失いたくない。僕の、みんなの居場所は間違い無く、そしてどうしようもなくここなのだ。
だから、ありったけの感謝と、甘さと、切なさを込めて。
「いただきます」
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