イケメンと美少年……?

 今朝、榊さんも言っていたが、よく「華の高校生活」という言葉を聞く。いや、もしかしたら僕の思い違いかもしれないが……。

 だが、何にせよ僕はこの言葉にどうしても違和感を拭いきれない。だって、皆が皆高校生活が華やかかといえばそうではないだろう。僕だってそうだ。まだ入学して二日目のガキが何を偉そうにと思われるかもしれないが、どうしたってこれからの学園生活がキラキラしたものになるとは到底思えないのだ。

 もちろん存分にこの3年間を楽しむ者もいるだろう。それはそれで構わないし、むしろそちらの方がよっぽどいい。毎日が楽しくなるというのは人間の本来の望むところだ、満喫した方がいいに決まっている。

 周りを見回せば、これからの生活に期待で胸を膨らませ眩しいほどに輝いている人たちでいっぱいである。たまに僕はここにいてはいけないのではないかと思うほどにこの教室はカラフルに彩られている。


 それにしても、昨日顔を合わせたばかりだというのによくもまああんなに親しげになれるものだ。いつの間にか人類はそのような超能力を手にしたのだろうか。実に不思議だ。

 そんな中で僕は真ん中の列の一番後ろの席で他の人が発するキラキラを邪魔しないように静かに座っていた。つまり、ぼっちだ。

 これでいい。僕は、白でいい。ほら、絵の中にも白の部分は必要じゃないか。だから、この教室というキャンバスに描かれる極彩色の絵の、白色の部分なのだ。


 それに、ここでそっと目を瞑っていれば、この教室の音楽を聴くことができる。世界はいつだって音で溢れているのだ。自然のオーケストラをいつでも楽しむことができるなんて、なんという贅沢だろう。

 それにしても。この協奏曲はさすがに派手すぎる。それもうるさいという類の派手だ。

 まだ結成されたばかりの楽団がまとまりのないバラバラの演奏をしているよう。これでは協奏ではなくただの独奏ソロの集まりだ。まだ団員それぞれがお互いのことを知ろうと探り合っていて自分の音を出し切れていない。それなのに自分の音楽をジャカジャカと鳴らしている。だからこうも聞いていて暑苦しいような曲になってしまうのだ。

 この曲はあまり聞きたくない。僕はそっと目を開けた。


「おっすシノ、なんか元気ないぞー」

「……えっと、ホリカワくん……だっけ?」


 僕に話しかけてきた彼は悪気はないのはわかっている。普通に声をかけてくれただけなのだ。だが、僕には彼がいきなり目の前に現れたように見えたので、不覚にもビクッとしてしまった。もちろん、体と顔に出さないように必死に耐えたけれど。


「ハハッ、誰だよそれ。俺昨日名前言わなかったっけ? 渋谷だ。渋谷しぶやがく


 ……あれ? ホリなんとかくんだと思ったんだけど……僕の思い違いか?

 まあいいや。名前を間違えてしまったのは些か相手に失礼なことなので謝罪しておこう。


「すまん、名前覚えるの苦手なんだ」

「別に構わねぇよ、誰にだって苦手はあるさ」


 おお、なんかかっこいい。それにこの人が言うと更にかっこよく聞こえる。

 というのもこの渋谷くん、超イケメンなのだ。美少年というより爽やか系でカッコイイという感じのイケメン。それはそれは女子に人気出るだろうなと昨日思っていたら、案の定今朝もずっと声をかけられっぱなしだった。

 で、僕が何を言いたいかというと、なんか女子の目線が痛いからそんな爽やかな笑顔で僕に語りかけるのやめて!!


「それに、岳でいいよ。なんか男子から君付けはくすぐったいんだ」

「そう……だったら僕のことも……って、昨日からなんかあだ名ついてたね」

「ダメだったか? シノって呼び方俺的に結構キテるんだけど」

「……別にいいさ、そう呼ばれたことは今まで一度もないけど」

「そうか、ならよかった。ところでさシノ。今日放課後カラオケ行かね?」


 ……は?


 危うく本当にそう口にしてしまうところだった。


「い、いや、なんでカラオケ……?」

「なんでって……俺がお前と行きたいから」


 ええ……。そんなざっくりと言われても。それに自慢じゃないけど僕は人生で一度もカラオケに行ったことがない。いくらなんでもこれはハードルが高すぎる。


「悪い……今日は帰ったら用事があるんだ。だから、今日はちょっと無理、かな」

「そか。用事なら仕方ねぇな。いやーでも残念だなー、クール美少年と二人きりになるっていう俺の計画は保留ってわけだ」

「……は?」


 今度は声になってしまった。いや、それにしても、なんて?


「クール……今なんて言った?」

「いや、お前女子の間で噂されてんだぜ。無口のクールな美少年だって。俺も最初見たときびっくりしたぜ。どうやったらそんなに肌の色白くなれんの」

「いや、そんなの僕も知らないよ……」


 脳が今の岳の言葉をうまく処理してくれない。僕の頭の中は今指揮者を失ったオーケストラがただガチャガチャと纏まりのない音を鳴らしているようだ。

 先ほどの教室から聞こえてた音楽よりもよっぽどひどい。


 もういいや、この話はここで終わりにしよう。

「とにかく、今日は行けない。よかったらまた誘ってくれ」

「おう、もちろん。お、先生来た」


 岳が前を向いたのにつられて僕もドアの方を見る。我らの担任のご登場だ。

 さてこの担任、女性なのだが何処かで見たような気がするのだ。まぁそれはいずれ探るとしよう。今日はもう朝だけで疲れてしまった。


 高校生活二日目の開始がようやく今チャイムによって告げられた。


 ……早く帰りたい。




〜・〜・〜・〜・〜・〜

4月12日(火)


またあの夢を見たため5時過ぎに目が覚めてしまった。

台所で榊さんと雑談。

そこで出来た目標は、「誰かといつの間にか友達になること」


昨日話しかけてきたイケメンの名前は渋谷岳だった。

ホリなんとかはどうやら僕の思い違いだったようだ。

カラオケに誘われたけど行けるはずもない。

今朝から疲れたので今日がまだ授業開始ではなく諸連絡やらで済んで助かった。


夕飯は施設長のおごりでみんなとファミレスに。

小学生組がはしゃいでるのを見て少しほっとした。

やっぱり僕らはみんな、家族だ。

〜・〜・〜・〜・〜・〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る