昼間の月

木谷さくら

昼間の月

 教室のベランダで月を見ていた。昼間の月だ。授業は職員会議の為午前で終わり、ここは閑散としている。

 雲もなく、ただ青いだけの空に溶け込むように昼間の月はかろうじて輝いていた。僕はそれを心底きれいだと思った。

「岸くん?」

振り向くと同じクラスの女子がドアのところできょとんと僕を見ていた。

「おう、お疲れ」

「お疲れ」

彼女は近づいてきて、日直が置き去りにしていった黒板の中の数式を消していった。

「何してたの部活にも行かないで」

「聞き捨てならねーな今日は部活ないんだよ。月が出てたんだ月が」

「そう、、、私、昼間の月ってあんまり好きじゃないんだよね」

 彼女とはあまり喋ったことがなかった。学年委員長を務める彼女とはタイプが違い過ぎたし、たまに喋っても言うことが難しすぎるのだ。

「なんで?」

「んーー」

彼女は黒板消しを機械にかけた。粉を吸う音が耳障りに響く。それは音に消されそうなか細い声で、僕は精一杯、耳を澄ました。

「月は、月のままでいいじゃない」

「、、、え?」

聞こえなかったわけじゃない。やっぱり委員長の言うことはよく分からないのだ。

「本当は夜にしか出てこれない筈なのに、そんなに消えかかりそうになりながら見栄を張ってでてこなくてもいいんだよ。夜に輝けばいいじゃない」

やっぱり意味はわからなかったけど、彼女の口調は誰かに言い聞かせているように聞こえた。

「俺は好きだよ」

彼女は綺麗になった黒板消しを持ったまま動きを止めた。

「月だって頑張ってる気がするから。いつか昼間でも輝けるように。」

「そっか。」

「ま、それが辛いなら、ちょっと休んでもいいんじゃないのって思うけど。俺1日とかならやってもいいし」

「月の話じゃないの?」

彼女は少し笑った。そういえば随分笑う顔を見ていなかった気がする。

「月の話だよ。1回やってみたいじゃん。“昼間の月”」

「分かってるくせに強引だね」

なんにもわかってねーしと言おうとして振り向くと、彼女は泣いていた。音もたてず静かに。僕はその涙を悪いものじゃないと思った。自分で泣かせたくせにと苦笑する。

「じゃ、俺、帰るわ。」

「さよなら」

「ああ、またな」

今は中途半端な形の昼間の月も、もう少したてば満月になる。そうすれば、昼でももう少し、輝けるかもしれない。


 

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昼間の月 木谷さくら @yorunikagayaku

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