第5話脅威

「お…てま……か?…こ…い……か…で、で…すよ。グ…イ……」

俺の体を誰かがゆすっている。だが声がまた前回の物とは別の人の物だった。この声は…誰の声だっけ。最近はずっといろいろな声を聞いているような気がする。…まだ俺は、人のぬくもりを感じることができているんだなぁ。だが、まだ眠い。どうか、まだ起こさないでくれ。


あれからというもの、俺の領域の中はかなり騒がしくなった。アンナが来るようになってから、ただ殺し合いをしていたこの場所が今では……

「ここの問題、誰かわかりますか?」

『はいっ!!』

「………」

気が付けば、くそ餓鬼どもの勉学を励む場所になっていた。どうしてだ。どうしてこうなった。俺はこいつがただ来て、気のすむまで帰る気はないとかいうから、それまで一緒にいるだけなのに……どうしてこうなった。俺はそんなことを思いながら、少し離れたところからアンナたちを見ていた。なぜ離れているのかって?…俺には、今あの場所が輝きすぎていて目を開けていられなくなるからだ。……子供っていうものは不思議なもんだ。騙されやすくてここではただのいいカモなのに、こう笑っているのを見ると、こちらまで笑ってしまいそうになる。人にはそれぞれ役割があるという。俺はこのことをはじめは兵士とか下僕だとかそう言う意味合いでとっていた。だけど、今こう言うところを見ると子供の役割っていうのは…他人を笑顔にするってことなのかもしれないな。………何を考えているんだ、俺は。そうしてため息をつき、頭をかいた。ここ最近ずっとあんな感じで俺が入っていけそうな感じがしない。というか、俺が入るとおそらく餓鬼どもはおびえるかもしれない。…こっからでもいいから、あれに参加するか。そう思い、かなり前に渡されていた、分厚い紙でできた本というものを取りに行こうとした時だった。あたりの空気がピリッと変わった。感じたことのない気配。人数は多数…か。まだアンナたちは気が付いていないのか、餓鬼どもと一緒に本を開いては楽しそうに話していた。俺は取りに来るはずだったものを本から、自分の獲物に変えそれを手に持った。

それを見たアンナが少しびっくりしたような顔でこちらを見た。

「きゅ、急にそんなもの持ってどうしたんですか?」

…まぁ驚くのも無理はない、か。

「…別に。ただ、そろそろこいつを振っとかないと、腕がなまりそうなんでな。見に来たりはするなよ。間違って切るかもしれないから」

「また物騒なことを言いますね…。昼はうちのパンを持ってきているので、それまでには帰ってきてくださいね?グライさん」

「まぁできる限り善処するよ…」

無事に…帰ってくることができればだけど。

俺はそう言ってアンナたちに背を向けて歩き出し、アンナたちの視界からおそらく俺が外れたであろうと思う場所から全力で走りだした。

これほどの気配の者…特にこの闇の世界で光の気配を放つ者がいる時。

それはおそらく、俺たちを狩る聖騎士たちがここにきているということ。この時だけは、ここにいる奴らは一致団結して、この無法地帯から聖騎士を追い出そうとする。しかし、あれほどの気配を感じたのに、ここにいる野郎どもの声が全く聞こえない。まだ人数が集まっていないから、戦いを始めていないのか?そんなことを思いながらも、俺は気配を感じ取った場所まで来た。その時だった。

「お兄さん!危ないよ!」

背後からそう言われて、手を取られた。だが俺はとっさに、そいつと手を振り払おうと、自分の獲物をそいつに向かって振りかぶった。こうすれば大概の奴は手を放す。しかし、この声をかけて来た女性。手を放そうとしなかった。俺の獲物がそのままその女性の頭めがけて落ちていく。もう誰にも止められなかった。その時だった。その女性の目の前に、壁のようなものが現れ俺の獲物をはじき返した。俺はこの時何が起こったのか理解できなかった。

「………長い時を生きてきたが、助けた人間から切り殺されそうになったのは初めてだよ…まぁ、その程度の攻撃で、死ぬとは到底思わないけれど」

「あんた……何もんだ。それにさっきのはなんだ」

俺がそう言うと、その女性は不思議そうな顔をして俺を見た。

「何だお兄さん。魔法を知らないのかい?確かにここは魔法にはほとんど無知な国であると聞かされてはいたが、まさかここまでとは…」

「質問に答えろ!」

「お兄さんにその資格はないよ。…まぁ周りを軽く見てみなさいな」

女性が俺にそう言ったので、相手から目を離さないように辺りを見回した。そして、先程の女性の言葉の意味を理解した。

いつの間にか俺の周りには鎖のようなものがたくさん張り巡らされていた。それも隙間なく。しかもよく見ると、その鎖に何か光る文字のようなもので何かが書いてあった。

「ごめんねー。本業が私殺し屋だから、攻撃されるとついねーやっちゃうのよね。…お兄さんが私に対する警戒を解いてくれれば何もしないよ?私は…私たちは正義の殺し屋だからね。それに、今はそんなこと言ってる場合でもないし…」

その女性がそこまで言ったときだった。俺が曲がろうとしたところから複数人騎士のような恰好をしたものが現れた。

「見つけたぞ!」

「我々の生活を脅かす、社会のゴミどもめ!」

そう言いながら、騎士たちの何人かが俺たちの方に剣を振り上げながら突っ込んできた。

「……あんたらの方が、ここにいる人たちよりはよっぽどクズよ!」

その女性はそう言うと、両手に鎖のようなものが付いた武器を装備するとそのまま突っ込んでくる聖騎士たちに突っ込んでいった。それと同時に俺を拘束していた、張り巡らされた鎖のようなものが一瞬にして消え去った。

その女性の動きはそれはもうすごいものだった。騎士に突っ込んでいったかと思えば、なぜか騎士の背後に立っていて、そこからあの鎖のようなものでかたそうな装甲をいとも簡単に破り、心臓、頭を貫いた。先ほどまでたっていた騎士が一瞬にして肉塊になった。

「……あんた、本当に何者だよ…」

その女性に俺はもう一度そう尋ねた。

「そうね、戦場で互いの名前を知らないのはなかなかに不利だものね。いいわ、教えてあげる。私はナタリー・ゼリシア。またの名をユーリュというわ。好きな方で読んで頂戴。貴方は?」

「グライだ」

「グライ…ね。グライ、貴方は誰かと共闘したことがあるかしら?と言っても、無理やりにでもやってもらうのだけれど…まぁまずは、あれをやっつけちゃいましょうか!」

そう言って、ナタリーというその女性は俺のそばまで来てから、その手に持った武器を構えなおした。

「さぁ…第二波。来るわよ!」

その言葉と同時に、角から予想を超える量の騎士が流れ込んできた。

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闇の中で出会った天使 花海 @ginmokusei6800

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