第十一章(1)


 大きさや見かけが違うても、味の変わらぬ瓜もあるが、大きさや見かけが同じでも、味の違う瓜もある。人間は、大きさや見かけがわずかばかり違うことをもって、わしらの先祖を鬼と呼び、差別し、社会から追い出した。しかし、性分の違いという、別の尺度をもって分けることはしなかった。ゆえに、人間社会でも、われら鬼社会でも、和と共存を好む者、争いと征服を好む者の両者がおる。目に見えるものは比較しやすい。だが桃太郎、ぬしは目に見えぬ尺度をもって、もうひとつの本質を見出す力を持っておるはずじゃ。


――鬼婆、どうして俺にそんな力があると思う? 俺が、人間と鬼の間におるからか。


 俺は、わが田原村の佐吉どんの家を滅茶苦茶に破壊する最中であった青鬼、アオジの目を見据えた。奴の棍棒の一撃が、不覚を取った俺の左手小指の先を吹き飛ばしていた。奴はこれに味を占めたようで、荒く息をしている俺を目がけて、唸り声を上げつつ、再び横一線に棍棒を振り回してきた。俺はアオジの目を見たまま、屈んで棍棒をやり過ごした。今度は棍棒は完全に空を切った。


――こ奴など、見た目も鬼、心根も鬼にしか見えぬが。


 身の丈八尺の青鬼に、俺は景光の切っ先を向けて突っ込んで行った。鍔元つばもとまで突き刺して、そして、えぐる。


「うおぉぉ。痛いではないかーッ!」


 接近し過ぎているので棍棒は使えまい。ゆえに奴は手で俺を払いのけようとするだろう……と、俺は読んでいた。俺は小指から血を滴らせたままの左手で、ユラからはなむけにともらった匕首あいくちを持ち、口でさやを咥えて抜き取り、素早く横向きに構えた。そこへ予想通りアオジの大きな平手が飛んできた。


 ブスリッ。


 アオジ自身の腕力で、匕首がアオジの掌を貫いた。だが勢いを殺すことまではできず、俺は、俺の顔の倍もあろう、その平手に打たれ、吹き飛んだ。したたかに地面に頭を打った俺の後ろで、アオジが絶叫する声が聞こえた。立ち上がった俺の視界を黒いものがどろりと覆いかけた。籠手で拭ってみると、自分の血だった。そういえば頭がガンガン痛かった。指先と頭の痛みに耐えつつ、俺はそこに落ちていたアオジの棍棒を抱えた。そして、腹と掌の激痛に身をよじって苦しがっているアオジの脛めがけて、力任せに棍棒を横殴りに振りきった。


 ボキッ。


 手応えがあった。間違いなく、折れた。


「があっ……」


 そう言って転がったきり、アオジはしばらく動かなくなった。


――こ奴にも、闘志以外に、何か心があるというのか。


 俺は落ちていた血まみれの景光を拾い上げた。


 そのとき、向こうで野太い大声が聞こえた。


「お前が、キヨか」


 続いて、あきらかにキヨの叫び声が聞こえた。


「きゃああぁッ」


――しまったッ!


 俺は村に降り立ってすぐに目に入った、アオジの破壊行為に意識がいくあまり、もう一頭の悪鬼、アカギがいることをうっかり失念していた。うずくまったままのアオジに背を向け、俺はキヨの方にすわと駆け出していた。

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