第八章(3)
三
軍議から一刻ののち、全軍はひそかに鬼ヶ城を出発した。
鬼ヶ城の守備は鬼婆が務め、近隣諸村の女子供を城内にかくまって、万が一の備えをすることになった。
大手軍は、夜叉、天狗、鬼熊、牛鬼、赤足など、二百の兵を、方相氏が指揮し、村々からかき集めた三十隻の小船に分乗して、島の反対側、悪鬼の砦へ向かった。
一方、
俺たち一行とハヤトは、途中までこのガムガラ軍と行動を共にし、襲撃前にガムガラ軍と別れてイットゥたちの居場所を探すことにした。
山の稜線に沿って、けもの道がくねくねと続いているのだが、猩々どもは道など歩かず、武器を背中に背負ったまま、脇の木々をザワザワと飛び歩いた。ガムガラも、木々を渡り歩いたり、音を立てず器用に横歩きしたりして、滞りなく進んで行った。
このけもの道にあって、猿ノ助は得意気に犬吉を案内し、犬吉の背中には雉右衛門が乗っていた。そしてその十五、六間ほど後ろを、俺は、ハヤトと二人連なって歩いていた。
予想では悪鬼たちは今日、裸城同然のわが鬼ヶ城を落としにくるつもりだと思われる。夜が明ければ悪鬼の砦前にそのための軍兵が集まって来るだろう。
だが、敵は、まさかこちらが奇襲を企てるとは思ってはいまいから、総大将のイットゥたちもいずれ無警戒に砦から出てくるだろう、その機会を狙って……とハヤトと俺は考えていた。
人ひとりが藪をかき分けて進むようなけもの道。この道が初めてではないハヤトについて歩きながら、俺は奴の背中に話しかけた。
「ハヤト、勝てると思うか」
振り返ることなくハヤトが答える。
「大将たる者が口にする問いではない」
「負けるとどうなる」
「お方さまがお前に言った通り、当軍は皆殺し、次に鬼ヶ城は陥落。女、子どもは運が良くて捕虜、悪くて皆殺しだろうな。しかし、そうなればいずれ都から征討軍が来ようほどに、悪鬼たちは先手を打って都に上ろうとするであろう」
「もし俺たちが勝っても都から軍が来るのか」
「いや、軍師どのによれば、イットゥら悪鬼の討伐を命じられただけであるゆえ、われらが上洛しようとしたり、近隣に狼藉を働かぬ限り、その必要なしと進言するとのことだ」
「では、俺たちが勝ちさえすれば、ユラは助かるのか」
ハヤトは一瞬歩調を緩めた。
俺は奴の背中にぶつかりそうになって驚いた。
「……抱いたか?」
ハヤトはこちらを振り返らずに俺に問うた。
俺は答えた。
「もし子を孕んでおっても、
「……そうか」
「だが、俺には闘う気がないと最初から読めていたなら、俺などではなく、ハヤト、お前の子を宿して死にたかった、と恨み言を言われた」
ハヤトは、わずかにこちらを振り返り、鼻先でフンと笑ったように見えた。
「それは、お前は傷ついたであろう。気の毒なことであった。あ奴は一本気なのだ。まだ若いゆえ、許してやってくれ」
俺は立ち止まって、近くに味方の誰もいないのを確かめてから、はっきりとした声で言った。
「ハヤト、申し訳なかった」
ハヤトは初めて歩みをやめ、こちらを振り返った。
俺は続けた。
「ユラは、腹の子を、お前の子として育てるつもりだと言っていた。ハヤト、この戦に負けることがあっても、お前だけは生きて帰れ。それでユラと腹の子を含め、三つの命が助かる。俺がお前を守る。お前はユラを守れ」
ハヤトはしばらく黙って俺を見ていたが、やがて、しょうがないなという風に苦笑いして、俺に言った。
「俺の子だろうが、お前の子だろうが、ユラは、産まれてくる子がまるで自分の所有物のように考えておる。その生殺与脱まで、自分の意のままになると思いあがっておるから、腹の子ともども身を投げるなどという身勝手な言葉が口を衝いて出るのだ。子は、天から授かるのだ。父親や母親は命を天から託されておるに過ぎぬ」
ハヤトはそこまで言うと両手で俺の両肩をガシリと抱いた。
「桃太郎、俺は俺の役割を果たす。お前にはお前の役割があるはずゆえ、それを果たせ」
「俺の役割……」
「お前は誰だ。何で、桃から生まれた。俺を守ることがお前の役割なのかどうか、もう一度よく考えろ」
ハヤトは目で俺に念押ししてから前を向いたが、歩き出そうとしてそうしなかった。そして、再び俺を振り返った。
「桃太郎、もし俺が死んで、お前が生き残ったら、ユラに伝えてくれ。天から命を託されたのだ、生きよ。草の根にかじりついてでも子と共に生き延びよ。それが
先行していた犬吉が引き返してきた。
「桃どん、この先、分かれ道でござる。いかがされる」
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