第八章(2)

   二


「夜叉衆は、己が致命傷を負わぬように用心しながら、三人一組で一頭の悪鬼と『軽く』闘え。目的は、悪鬼の気をこちらに引き付けるためである。


 カラス天狗どもは、剣術に長けると聞くゆえ、夜叉衆が悪鬼と闘っている間に襲ってくる、もろもろの雑兵どもを、剣をもって追い払え。


 飛翔力が弱く、重い剣を持てぬほかの天狗どもは、悪鬼の周りをやみくもに飛び回るだけでは役に立たぬゆえ、今、城にあるだけの剃刀を急いで羽根扇子の羽根にとりつけさせ、それを武器として持たせろ。悪鬼が夜叉衆に気をとられている隙間を縫って、悪鬼の顔面、特に目を狙って、翔びながら扇子をサッと煽げ。


 鬼熊は、力があるのだから、バラバラに戦うのではなく、三頭気勢を合わせて、目をやられて注意が散漫になった悪鬼の片足を持ち上げて、ひっくり返せ。


 ひっくりかえった悪鬼の上へ牛鬼が覆いかぶさって毒を吐き、食いちぎれ。


 その間に夜叉衆は次の悪鬼と『軽く』闘う。


 赤足どもは少し後ろに控え、味方の手薄なところへ加勢に入れ。つまり、それぞれの役割を持った『班』を作っておいて、連携しながら、機能的に闘うのだ」


 このように、一度は鬼婆の依頼を断った俺ではあったが、二の門での稚拙な攻防戦を見て俺が考えついた、より勝ち目のある悪鬼たちとの戦い方を、俺は鬼婆と二人の時に、できる限り言い残しておいたのだった。


 直接協力を得られずとも、俺が救世主であると信じて疑わなかった鬼婆は、俺の助言をすべて採用し、手筈を整えていた。そして、俺が戻ってきた今、それらの助言は皆、実は俺が言ったものであると、方相氏に明かしたのであった。


 方相氏は俺を見て唸った。


「お方さまはなんと素晴らしき作戦を考えたものだと感心しておったが、なるほど桃太郎、おぬしが考えたものであったか」


 鬼婆が照れ笑いしながら方相氏に言った。


「助言はするが、自らは闘わぬとなれば、参謀どのも、そのような者の意見は採用しにくかろうと思うて、わしの意見としておったのじゃ」


 俺は方相氏に答えた。


「鬼婆から聞くところでは、悪鬼族のうち、凶暴極まりないのは、紫鬼イットゥを首領とする、あわせて三十頭ほどの赤鬼、青鬼、黒鬼たちにすぎず、軍勢の大部分は強制徴用された緑鬼の平民だという。しからば、暴れ者悪鬼たちを排除できれば、従う者どもは、ひとりでに戦闘意欲を失うであろう。ゆえに、鬼ヶ城軍は、効率的に闘うべきである。参謀どの、おぬしはたたこうては強いそうじゃな。相手と力が互角なら、一対一の闘いが習わしだろうが、こちらが弱い場合は、このような闘い方が有効と、俺は思うが、いかがであろうか」


「うむ。たしかに都武士の闘い方ではない。が、有効であろう。おぬし、いかにしてこのような案を」


 俺は自嘲的な笑いを浮かべて答えた。


「臆病さゆえだ。俺はここへ来るまでは臆病だった。だから、弱い者が強い者に勝つためにはどうすれば良いか、常に考えておったのだ」


 方相氏にそう答えると、俺は鬼婆と方相氏を交互に見ながら言った。


「奇襲をかける陣立てと陣容、経路については、今聞かせてもろうた参謀どのの案で異存ござらぬ。ただ、願いがござる。俺は、もともとの家来、犬、猿、雉を引き連れて、別働隊として意のままに闘わせてほしい」


 鬼婆が言った。


「ぬしは、全軍を預かる総大将だが」


「いかにも。だが、戦場での折々の判断は、参謀殿にお任せしたい。一度は島を出ようとした俺が、今さら総大将というでは、ここにいる各々方は受け入れてくれても、軍の一兵卒にあってはとても認められまい。ゆえに全軍の束ねがつかぬ。俺が最も危険な任務に就くというのでなければ、鬼ヶ城軍の士気が保てぬであろう」


 今度は方相氏が訊く。


「ふうむ。して、別働隊として、いかがするつもりか」


「直接、敵将のイットゥを討つ」


「なに、腹案はあるのか」


「いや、その時々で判断する」


 黙っていたハヤトがはじめて口を開いた。


「俺も桃太郎と一緒に行く」


「なんだと?」


 俺はハヤトの意外な申し出に驚いた。


 ハヤトは俺に言った。


「桃太郎、常にイットゥのそばを離れぬ側近に、アカギ、アオジという、赤鬼、青鬼がいる。お前の村を襲った悪鬼たちだ。イットゥの次に強い。お前や家来だけでは、三頭に勝てぬ」


 次にハヤトは方相氏に向き合った。 


「参謀どの。桃太郎の言う通り、敵軍の本質は一部の悪鬼どものみだと思う。都から来られた貴殿はご存知ないかも知らぬが、敵軍でも、戦場に駆り出されている緑鬼どもは、以前はわれらと暮らしを共にしていた同族なのだ。わが軍の兵士どもも、敵兵に顔見知り少なからず。そして、やみくもな殺し合いは、残された者の怨恨を生み、次の戦へと繋がっていくであろう。それが……」


 ハヤトは、鬼婆に視線を移した。


「それが、お方さまが決戦を最後まで躊躇しておられた理由であると存じております、お方さま」


 鬼婆はハヤトを見たまま、かすかに目で頷いた。


 ハヤトが続ける。


「ゆえに、真っ先に敵将イットゥとその側近を討つことで、お互いの被害を最小限にできると心得ます。それに……」


「それに?」


 訊き直す鬼婆に答えてハヤトは言った。


「桃太郎一行だけに勝手な行動を許して、万が一、こやつが逃げたり、相手方に寝返ったら、わが軍は壊滅する」


 俺は色をなしてハヤトに食ってかかった。


「たわけが! 俺がそのような卑怯者に見えるか」


 ハヤトは予想していたように俺に答えた。


「念のためじゃ。お前がまこと自分と向き合えたか、瓜だけでは完全には信用できぬ。もし怪しい行動があれば、俺自らの手でお前を叩っ斬る」


そう言うハヤトは、笑みすら浮かべていた。


――こやつ、そんなことなどあり得ぬと重々承知の上で言っている……。


 俺は面白くなかったが、ハヤトが言っていることは理にかなっているとは思った。


 悔し紛れに俺は言った。


「ふ、さすがだな」

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