第八章(1)
一
「それで、どういうわけで心変わりされたのじゃ」
完全に武装して大股で広間へ向かう俺に、犬吉が苛立って訊いた。
「瓜じゃ」
「なんじゃと?」
「旨かった。馳走になったのだ」
脚の短い雉右衛門が、歩みだけではついて来れぬ速さゆえ、バサバサと飛び歩きしながら俺に訊く。
「桃どの、それとこれといったい――」
「この城にはもう兵糧がない。そんな中、客人に過ぎぬ俺に大切な糧を出してくれた。それも山盛りに」
犬がすかさず突っ込む。
「いや、桃どん、そんなことがなぜ、鬼たちの戦いにわれらが望んで巻き込まれる理由になるのだ」
「犬どの、そこもとたちも毎日、
「猿の世界には、ない」
猿ノ助は、不機嫌を隠さなかった。
「飯と命ではまったく釣り合わぬわ!」
猿は、鬼同士が闘って滅ぼし合うのなら、願ってもない幸運、どうやって漁夫の利を得ようかと、その打ち合わせを俺としたかったようだが、俺と合流するや、俺が聞く耳を持たずに、「共に戦う」とだけ言うと、鬼婆たちのところへ歩き始めたので、そうとう腹に据えかねているようだった。
「まったく。鬼退治と称してこの島へやってきて、二日と経たず、鬼
俺はにっこり笑って猿に答えた。
「そうよ、恥を知るがゆえに、日本一の男子のありようを示すのよ」
俺は広間へつかつかと入って行った。
「あっ、卑怯者の桃太郎じゃ」
「あ奴、尻尾を巻いて逃げ帰ったのじゃなかったのか」
「おおかた、お方さまに出立の挨拶に来たのだろうよ」
「ケッ、士気にかかわる。早う、いねばいいのに」
すでに武装を済ませて、広間のあちらこちらで車座になって下知を待つ、鬼熊や天狗、夜叉などが、俺たちに気づき、聞えよがしに陰口を聞いた。
壇上に置かれた作戦台に地図を広げ、しきりに協議していた鬼婆と方相氏、ハヤトたちも、俺に気づき、協議をやめて俺の方を見た。皆、顏にありありと怒気をたたえていた。
俺は段の前まで進み出て、鬼婆に向けて片膝ついた。犬、猿、雉もその横に並んだ。
眉を吊り上げながらも、鬼婆は静かに俺に言った。
「支度ができたか。では、戦にならぬうちに、早うこの島を出るが良い」
俺は腹に力を入れて、鬼婆に言った。
「先ほどは申し訳ござらぬ。気が変わり申した。ぜひ、俺を攻め手の一員に加えてくだされ」
方相氏が強い口調で言った。
「作戦はほぼ決めてしもうた。卑怯者の出る幕はござらん」
俺は方相氏の方にわずかに向き直って片膝ついたまま、頭を下げた。
「参謀どの、お怒りはごもっともじゃ。だが覚悟を決めてここへ出てまいった」
さらに何か言おうとした方相氏を鬼婆が手で制し、俺に訊いた。
「なぜ、気が変わった。わしらはぬしが本気であることを何をもって信じれば良いか」
俺は鬼婆をまっすぐ見て答えた。
「瓜じゃ。鬼婆、お前が俺に振る舞ってくれた」
「……と言うと」
「お前はあのとき、自分の瓜の方が色が良いからと、俺に、『こちらを喰うか』と訊いた。俺は、『味は変わらぬからその必要はない』と答えた。実際、俺が喰った瓜は充分旨かった。お前は、『旨いか』と俺に訊いて、俺は、『旨い』と答えた。そしたら、お前がニヤリと笑った」
鬼婆はとぼけた顏で、
「そうだったかの」
と応じた。
俺が答えた。
「そうだ、鬼婆。そうだったよ。図体がでかいだの小さいだのとか、肌の色がどうであるとか、ツノがあるだのないだのとか、見かけの違いに振り回されて、俺は本質に気づかずにいた。いや、わざと目を逸らしていたのやも知れぬ。ゆえに、お前たち鬼どもを、どこかで卑下、否定しておった。だが……いや、だからこそ、まことの俺の姿を突きつけられて、俺は滑稽なほどの自己矛盾に陥って混乱していたのだ。瓜を喰って分かった」
俺はそこで、鬼婆の隣りにいるハヤトに目を向けた。
「ハヤト、お前は俺に訊いたな。『俺はハヤトだ。お前は、誰だ?』と。今答えてやる」
そして、俺は鬼婆に視線を戻した。
「俺が救世主か。それは、俺もまだ分からぬ。だが、俺は――」
俺はそう言いながら膝を伸ばしてその場にすっくと立ち上がり、足を少し開いて胸を張った。
「桃から生まれた――」
俺は語尾を上げて、傍らの雉右衛門を見た。
雉は、突然振られたにもかかわらず、心得て大見得を切った。
「あ、桃太郎ぅ~」
三日前にここで、鬼婆に睨まれながらついに言い得なかった決めゼリフを言わせてもらえて、雉右衛門はようやく溜飲を下げた。
鬼婆がニヤリと笑った。
俺は鬼婆からハヤトに視線を移した。
「ほう……」
ハヤトは一言そう言うと、つかつかと段を降りてきて、突然、俺を一発、力いっぱい殴りつけた。俺はもんどりうって横へ倒れ、そこにいた犬吉が飛びのいて、ハヤトに「主人になにをしやがる!」と吠えた。
ハヤトが俺を見下ろして言った。
「全軍の大将が遅刻したらだめじゃないか」
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