第六章(2)

   二


「十数年前のある日、ここ鬼ヶ島での話じゃ。あまりに美しい、人間とおぼしき赤子が、砂浜にそっと置かれていた。ガムガラがとりあげて、わしのところに運んできた。親は分からぬ。誰も名乗り出なんだ。子鬼が預かってきた子との報告も受けてはおらなんだ。島で生まれた子か、どこかから運び込まれて置き去りにされた子か分からぬゆえ、この子をわれらに迎え入れるべきか、わしは、海ガメの甲羅の骨を焼いて神託を乞うた。ずっと昔、素性の知れぬ赤子を受け入れて育てようとしたら、その子から流行りやまいが出て、われらの村がたいそうな被害を受けたとの、ご先祖からの口伝があったからじゃ。わしは、甲羅を焼いて、ヒビが縦に入るか、横に入るかを占った。そうしたら、ヒビが縦横じゅうおうに入りおった。禍福いずれも訪れるという神託に、われらは首をひねった。流行り病かは分からぬが、これは何かの禍いをもたらす子である、と主張する者たちは、この場で殺せと騒いだ。いや、将来、部族の危機に福音をもたらす救世主になるやもしれぬ、と言う者たちは、わしの手による最良の教育を施すべきだと騒いだ。禍いであると主張している連中が、わしの虚をついて、赤子を手に掛けようとした。すると、赤子の頭からツノが生えた。その瞬間、赤子を殺そうと気負い立っていた鬼が、即座に腑抜けのようにへなへなと崩れ落ちてしもうた。それを見て赤子はきゃっきゃと笑ったのだ。これは、殺してはならぬという神託に違いないという者たちと、恐ろしい魔力を持っておるゆえ、殺さぬまでも、追放すべきだと主張する者たちに分かれた。結局、わしらは、神力宿る桃に命運を託して、赤子を遠くの山に置いてくることにしたのじゃ。もし禍いの子なら、桃の中で死に、鳥に喰われてしまえ。もし普通の子なら、人間に拾われ、人間として一生を全うせよ。もし福なる子なら、わが部族の危機を救うために、いずれ戻ってまいれ、と。神前で赤子を封印した桃をカラス天狗どもに運ばせ、海を越えて、妙見のお山の、平岩の上に置いてこさせた」


「妙見山、か」


「うむ。知っておろう、妙見山は、田原村を流れる川の源である」


「嘘を……でまかせを申すでない……」


 俺は、肩で息をしながら言った。冷や汗がまた噴き出した。少し毛が生えてきた、自分のざらざらした月代さかやきをやたら撫で回した。

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