第五章(2)

   二


「お前、鎧兜は持っておらんのか」


 急ぎ足で洞窟を出、楼閣の入り口へ向けて歩きながら、鎧姿のハヤトは俺の陣羽織姿をちらりと見て言った。


「胴巻きしか持っておらん。だいたい俺は武士ではない。農家で育ったのだ。それに、お前が呼び出しに来たとき、戦であると言わなかったではないか」


「俺が胴巻き具足姿だったのだから、あの折、気づいたはずだ。なんてお前は鈍いんだ」


 背の高いハヤトは、俺より歩幅が大きく、俺は奴についていくのがやっとの調子で、ちょこまか足を動かしながら、


「ユラが、『これを』と言って差し出したのがこれだったんだ。文句があるならユラに言え」


と、不満を込めて言い返した。


 ハヤトは、歩きながら急に話題を変えた。


「父御、母御は、息災か」


 桃太郎はなぜ今そんなことを訊くといぶかしみながらも、答えた。


「育ての親か、歳はいったが、息災では、ある」


 楼閣の展望舞台に出た。


 欄干の前でハヤトは一瞬立ち止まって言った。


「そうか……それは何より」


 望閣の舞台からは、昨日と同じく、はるか本土まで海原が望めた。あのときは朝だったが、今は太陽は後ろの山に隠れて、こちら側は黄昏気味の陰になっていた。ほどなく日が落ちるのだった。


 遠く、俺のふるさとの本土の方をわずかな間眺めていたハヤトは、急に俺を振り返った。


「ときにお前、俺にやられた傷は治ったのか」


「ああ、ほとんど、な」


「ふ、さすがだな」


 俺は、ハヤトの「ふ、さすがだな」が、どうも上から目線に感じて気に食わなかったので、同様に言い返してやった。


「そういうお前はどうなのだ。俺にやられた足の傷は治ったのか」


「見ての通りだ」


 なるほど、景光が傷つけた腱はみごとに回復しているらしい。わずかにも足を引きずってはいなかった。


俺は一応、口に出しておいた。


「ふ、さすがだな」


 俺もそうだが、ガムガラにしても、ハヤトにしても、傷の治りが素晴らしく早い。これは、この島では自然の現象なのだろうか。


――となると、ユラは、今朝になっても俺が胸を痛がるのを、嘘と見抜いておったのかな……。


 俺は少々、気恥ずかしく思った。


 そのとき、下の方から、ワアッという声と、バサバサバサっと幾つもの羽ばたき音が聞こえた。


 俺たちは欄干に手を置いて、音のする方を見やった。


「む、二の門がついに破られたか?」


 ハヤトがつぶやいた。


「誰が襲ってきているのか知らんが、俺の仲間ではないぞ」


 念のため、俺はそう言っておいた。


 ハヤトは、「わかっている」と言い、それから俺の方を振り向いて、噛みしめるように言った。


「攻めてきているのは、アッキどもだ。悪い鬼、悪鬼だ。そして、悪鬼どもが、お前のまことの敵である」


 俺は驚いた。


「なぜ、鬼が鬼を攻める? 戯れ言を言うな」


 ハヤトは、無理もないという表情をして言った。


「今に分かる。だが、今は二の門へ行かねばならない。良いか、天狗どもと鬼熊どもは味方だ。俺たちはこれから二の門の敵を追い払い、一の門に倒れているであろうガムガラをここまで運んでくる」


 俺はじれて答えた。


「だからあ! なぜ、俺も行くことになっているのだ?」


「お前は、あいつら、悪鬼どもを征伐するために、この島へ来たのだ。敵の姿をその目にしっかり焼き付けておけ。行くぞ、来いッ」

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