第五章(1)

   一


 ユラに導かれて鬼婆の広間に着いた桃太郎が見たものは、壇上にしつらえられた椅子に腰かけた鬼婆、そして鬼婆の向かって左に立つハヤト、向かって右に立つもう一人の、二つ目が縦二段、あわせて目が四つある、見慣れぬ人型の怪人、そして、その三人に向けて片膝をついている、赤ら顔の、翼のある怪人の姿であった。


 広間には他にも無数の、俺に言わせれば、魑魅魍魎がひしめいていた。


 広間全体がざわついていた。


 ユラが桃太郎に耳打ちした。


「お方さまの右におわす四つ目のお方は、方相氏ほうそうしさまという、かつて都人みやこびとだったお方です。注進に来る、羽根の生えた方々は、二の門の守衛、カラス天狗さまたちです」


 まさに今、新たに飛んできたカラス天狗は、広間の天井に開いた縦穴から侵入し、今日は少しずれたところに置かれた、壇上の椅子の脇をかすめ、その椅子に座る鬼婆に片膝ついて、「ご注進!」と鋭く言葉を放つ。


「アッキの総数八。現在、二の門前での攻防。負傷したアッキ三頭は、敵将が待つ一の門の前浜まで退却するも、新手二頭が一の門を破って登り来たり、先行の二頭に加え、四頭が無傷で暴れ回っております。我が方の天狗守備隊は苦戦。二の門が破られるのはこのままでは時間の問題」


 方相氏と言われた、白顏四つ目の……やはり、怪物が静かな声で指示を出す。


「夜叉、これへ。新手の鬼熊おにくま十五頭を三の門より下らせて天狗どもを支援させよ。また、赤足あかあしを搦め手より浜へ回らせ、負傷したアッキ三頭をかく乱せよ」


「はっ」


「はっ」


と、脇からサッと出てきて壇の前に控えた「夜叉」と呼ばれた者たちが、命令を受けて散っていった。


 その一人は、俺のすぐ脇を疾風のように通り抜けていった。


 それを目で追っていたハヤトが俺を見つけた。


「あ、きたか桃太郎、これへ、御前へ」


 ハヤトが壇上から降りて俺を手招きした。


「ユラはひとまずこれにて」


 ユラはそう言うと桃太郎を送り出して、ハヤトの顔を見ぬようにして引き下がった。


 俺は鬼婆の前へ進み出た。


 そこへ、わさわさと次のカラス天狗が舞い降りた。今注進を終えたカラス天狗は入れ違いに穴から飛び立っていく。


「ご注進! 一の門の攻防で深手を負った門番ガムガラが、残念ながら息絶えた模様。二の門より見る限り動きが止まりました。今は乱戦中にて、亡き骸をここまで運べる状況にありませぬ」


 それを聞いたハヤトは、愕然とうなだれた。


「無念だ。ガムガラは一の門で数頭のアッキを相手によく持ちこたえた」


 方相氏は静かな声で、新たな夜叉に命じた。


猩々しょうじょうどもにガムガラの亡骸をひとまず北の櫓まで運び上げさせよ。後ほど手厚く弔おうほどに」


「あいや、参謀どの、しばらく」


 ハヤトは方相氏を制した。


「私が自らガムガラの亡骸を引き受けにまいりたい。これなる桃太郎と共に。お許し願えまいか、参謀どの、お方さま」


 俺は、え、なんで? という顔をハヤトに向けた。


 それを察したハヤトは、傍らの桃太郎に小声で言った。


「桃太郎、お前のまことの敵を、その目で見るが良い」


 注進の天狗をねぎらって返した後、鬼婆が言った。


「よし、ハヤト、桃太郎を連れて下り、自らの目で見てまいれ。桃太郎への話はその後じゃ」


「はッ」


 方相氏がハヤトに声をかけた。


「くれぐれも、乱戦に巻き込まれて今日負傷せぬよう。われらが本当の戦いは、明日になろうよって」


「分かり申した。では、ごめん。桃太郎よ、参ろう」


 ハヤトはそう言うと二人に礼をして俺に先立って歩き出した。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくれ、おい」


 俺は檀上とハヤトの背中を代わる代わる見ながら、結局、ハヤトについていった。

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