第四章(3)

   三


 小袖の裾が乾いた。


 ユラはいまだ傍に囲おうとする俺の手を振りほどいて、寝台からするりと抜けると、俺に背を向けて半衿はんえりを正し、帯を締め直した。


 ちょうどそのとき、


「ごめん!」


と言って、ハヤトが部屋に入って来たので、俺は仰天した。


「ハヤトさま!」


 ユラは俺以上に驚愕していた。何が起きたのかと目を丸くしてハヤトを見つめたが、ハッと我に返ると、ハヤトに背を向けて乱れた髪を慌てて整える仕草をした。


 俺は照れ隠しに乱れた布団を跳ねのけ、跳ねのけたことで乱れたように見せかけると、犢鼻褌たふさぎを腰に引き上げて素早く小袖を羽織った。


「なんだハヤト、この間の決闘の続きか」


 きっと俺の顔は真っ赤だったろう。


 ハヤトは俺とユラの動きから事を察して、その場に一瞬静止し、次に憤怒の形相になったが、わずかに表情を変え、切迫した口調で俺に言った。


「この間の続きはお預けだ。衣服を改めてすぐに来てくれ」


 ハヤトはユラに向き直った。ユラは今にも泣きだしそうな顔でハヤトの顔色をうかがった。わずかな静寂が二人の間に流れたが、ハヤトがそれを破った。


「ガムガラがやられた。一の門が破壊された。二の門を守る天狗たちが苦戦している。ユラ、桃太郎が着替えたら、お方さまの元へ案内あないするように」


「アッキたちが……」


 そうつぶやくユラの顔に険しい影が浮かんだ。


 ハヤトは語気を荒くした。


「ユラ、分かったのか」


「は、はいッ」


「では、ごめん!」


 そう言うが早いか、ハヤトは部屋を出ていった。


 何か分からぬが、その慌てぶりから、緊急事態が発生しているようだ。俺以外にもガムガラを襲う奴がいると聞いて俺は首をかしげた。


 世に聞こえた力持ちが俺のほかにいて、鬼征伐に向かう――などという話は、少なくとも近隣の村々では、聞いていなかった。だが、あのガムガラがやられたというのが本当なら、それはかなりの実力の持ち主であろう。


「桃太郎さま、急ぎこれを」


 ユラは隣りの部屋から、洗濯し、糊をかけた俺の陣羽織を持ってきた。


「うむ」


 何のために俺が鬼婆の元に行かねばならないのか、よく分からなかった。だが、俺に伝えに来たハヤトのあの慌てようから、何か自分にも関係のある出来事が起こっていると思った。俺はユラの手を借りて手早く陣羽織を着ると、ユラについて部屋をいそいそと出た。

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