第四章(2)
二
体中の痛みが強く、初めのうちはユラに対する警戒心もあった昨日であった。昼間昏々と寝ていた反動で……いや、そうではない、正直に告白すれば、暇を願い出て下がっていった、ユラの小袖に身を包んだ後姿がいつまでも瞼の裏に残っていたせいで、俺は悶々と寝つけなかった。みずみずしいユラの唇の感覚がなまめかしく思い出されて、腹の痛みを中和して余りあるほどの衝動が、時おりわが内から湧きたった。
いつ眠ったか、ふと目が覚めると、そこにまた、実物のユラがいた。今日も俺の身の回りの世話をしてくれるという。
前日ユラが感心していたように、俺の怪我はかなり驚異的に回復していた。もう痛みも相当薄れており、自ら上半身を起こして食事をとることもできる状態だった。だが俺は、依然としてかなりの痛みを伴い、起き上がること叶わぬということにしておいた。
「イ、痛たたた……」
「大丈夫でございますか」
そうしてまた、ユラから口移しで水を飲み、一口ずつ匙で粥を喰わせてもらった。
そうしていっそう、ユラへの想いが高まった。
その日もユラと二人、ゆったりと時が過ぎていった。
思い出したように犬吉や猿ノ助、雉右衛門の消息を聞いたが、今日も楽しくやっておりますと聞くと、それを深く疑うこともなく、俺はユラとの語らいに興じていた。
ただ楽しく、そして苦しかった。
「ときにユラ、お
「さあ、十三か十五か十七か……存じませぬ」
「自分の生まれ年を知らぬと申すか」
「わたくしは、自分の両親を知りませぬ」
「何と、父御や母御を知らぬと」
「物心ついた頃からお方さまの元で育ちましてございます」
「鬼婆か」
俺は昨日以来ずっと心にあった問いを、ついに問うた。
「ユラ、お前は誰かから愛を受けたことがあるのか。誰かに愛を注いだことがあるのか」
とたんにユラの顔色が変わったような気がした。ユラの肌は緑だが、瞬時にその鮮やかさを増すのだった。
「そのような……立ち入った問いにはお答えいたしませぬ」
「あるのか」
「申し上げませぬ」
「答えよ」
「嫌でございます」
俺はユラの手首を掴んだ。ないと答えさせたかった。俺は衝動的にユラの身体をぐいと抱き寄せた。
「はっ……!」
ユラは俺の引き寄せる力の強さに驚いた風だった。だが最初のうちは感じた、俺に抵抗しようとするユラの力が、急に抜けた感触があり、俺にはそれが嬉しかった。
汲み置いた水の器から杓が撥ねてカラリと床に落ち、水が飛び散った。ユラの小袖の裾が濡れた。
「ユラ、ないと答えよ……」
俺は上半身を起こし、ユラを少し荒々しく寄せると、ひょいと寝台の上に抱え上げた。昨日と違い、身体の痛みはもうほとんど消えていた。
俺は胸の内にユラの上半身を抱え込み、もう何度目にもなるのだったが、ユラの唇を吸った。そういう所作があることを俺は昨日初めて知ったのだったが、ユラがそれを誰に教わったのか、知りたい気持ちと、言わせたくない気持ちが相半ばした。
「ん……」
答えろと言われながら、ユラは言葉を吐く口を封じられて、わずかに呻いた。眉を引き締め、固く瞼を閉じて、しかし身体はなよやかに俺の為すがままになるユラを、俺は為すがままにした。
ユラの目尻に涙が浮いていた。悲喜は分からぬ。
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