第三章(1)
一
ガムガラと名乗った怪物は、二の門の前で「うおーむ」と唸りを上げた。
内側から扉が開いて、顏の赤い、ぎょろりとした大きな目と長い鼻の男が出てきた。俺を見ると驚いた様子で一瞬後方に跳び退った。そのとき、背中に折りたたまれていた鳥の翼のようなものがばささっと開いた。こいつもやはり化け物の類であった。
ガムガラが寄って行って翼の怪物に事情を説明したらしい。翼の怪物は頷くと、びよんびよんと猿のように跳躍しながら山の上の方に登っていった。
さらに三の門を経て、夜明け前、下から見上げたあの楼閣までたどり着いた頃には、すっかり靄も晴れ、朝の日差しが楼閣を鮮やかに照らし出していた。朱と緑と金に塗り分けられた楼閣のたもとからは、穏やかな海と、そのはるか向こうに金太、銀次の待つ、本土の陸影を望むことが出来た。
ガムガラは驚異的な回復力で、四半刻も経っていないと思われるのに、もう血は止まり、傷口が乾いて、足取りもしっかりしてきた。今再び襲われたら、俺はあっけなく潰されてしまうだろう。
しかし、俺は歩みをやめることも、手漕ぎ船のある浜に引き返すこともできなかった。ガムガラから事情を聞いた、二の門、三の門の門番を務めていた怪物たちが、俺達の後ろからぞろぞろとついて登ってきているからだ。奴らは後ろで何かひそひそと言葉を交わしたり、独り言をつぶやいたり、唸ったりしていた。明らかに俺達の詮索をしていた。俺がガムガラに案内させているというより、ガムガラが侵入者をひっとらえて、親分の元へしょっ引くのを野次馬共が成り行きを見るためについてきている、という絵づらだった。奴らにむき出しの敵意がないのが、俺にはいっそう不気味だった。
楼閣の入り口を入ると、山肌に開いた大きな洞窟があった。建物自体が、洞窟の入り口になっていたのだ。洞窟の天井は高く、先頭を歩く、身の丈一丈近いガムガラの倍ほどもあった。
朝日が射すのは楼閣まで。洞窟ではところどころに鯨油の行燈が焚かれてあったが、道はなお暗く、ひんやりした、湿気の高い空気が鼻から入り、俺の体内の隅々まで寒からしめた。
前方の扉が開いて、中から二の門にいた、赤ら顔で目鼻の大きい、羽根のある怪物が出迎えた。奴はガムガラに向かって言った。
「言われた通り、お伝えしておいた」
ガムガラは頷き、振り向いて俺達に言った。
「ここでしばらく待て」
ガムガラは一人――といっても頭は二つあるのだが――奥の扉を開けてその向こうに入っていった。
「おおう、お方さまが会われるのか」
扉が閉まるなり、後ろの怪物たちがどよめいた。
――何が出てくるのだろう。
猿も犬も雉も俺の後ろの小さい範囲に寄り添うようにして固まって、まんじりともしなかった。
俺はかえって胸を張ってみた。ここへ来て出るのが悪い目なら、どうせもう命はないのだ。それに今から会う相手は、それなりに指揮を執る大物であろう。何かあればせめて刺し違えよう。そうして雉だけでも逃げ帰らせて顛末を語らせれば、俺の死はまずは名誉をもって語られよう。
俺は雉右衛門を傍らに呼び寄せて囁いた。
「合図を決めておこう。俺が『雉!』とだけ叫べば、雉右衛門どのは敵の目めがけて
「ああ、分かり申した、桃どの」
まあ、今できる準備はこんなもんだろう。俺は改めて扉の前に仁王立ちし、景光の鯉口をくつろげて待った。
それにしても後ろの連中はがやがやと騒々しい。鬼は日中は寝ないのか。今は格別俺達に対する敵意も感じられない。これでは人間社会の烏合の衆と変わりないではないか。
と、突然、その喧騒がぴたりと止んだ。
犬吉が耳をピンと立ててつぶやいた。
「む、扉が開く……」
俺は何かが飛びかかって来ても対応できるように身構えたが、扉が開いて出てきたのはガムガラだった。
「お会いになる。これへ」
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