第二章(1)

   一


「八卦良い、残った、残ったあ」


 猿ノ助に行司をさせ、行く村々で、その界隈の力自慢と、俺は相撲を取った。もちろん、俺に敵う剛腕の者はいなかったが、それでも良い取り組みをした相手には、手を差し伸べて身体を引き起こしてやった上で、個別に話を持ち出してみるのだった。


「俺と一緒に、鬼退治に行かぬか」


「な、何を言い出すんだよう、滅相もない」


 取り組み前にはあれほど闘志をむき出しにして荒ぶる村の若い男衆も、鬼と聞くなり、借りてきた猫の如く小さく身をすくませ、俺の手を振りほどくや、目の前にいない蠅を追い払うような仕草をするのが常だった。


 三泊目に世話になった村で一度、


「おう、面白そうな話でござるな、いざ同道いたそうか」という者がおり、話がまとまりかけたのだったが、夜になってその両親が、息子を伴うことなく宿をたずねてきて、二人して両手をついた。


「どうか、どうかァ、せがれをけしかけるのはご勘弁くだせえ」と言う。


 お袋どのに至っては、


「おらの腹ァ痛めて産んだ子だあ、みすみす修羅場へなど行かせてなるものか」


 と、頭を上げ、赤く腫れた目で震えながら俺を睨んでくるのだった。その目は確かにあの息子に似ていると俺は思った。


「これはまた、鬼より怖い母御どのであられる。これではあきらめるほかあるまい」


 と、おどけ笑いで俺は、宿所の戸口まで両親を見送った。


 安堵の表情で俺に頭を下げる弾みで、父御ててごが携えてきていた巾着から銭の束らしき金属音がした。


――そうか、持ち銭を吐き出しても阻止する心づもりであったか。


「桃どん、なかなかうまく行かぬのう」


 戸を閉めた俺に犬吉が声をかけた。


 俺は答える代わりに、布袋から、もう固くなりかけた黍団子を取り出して二つほど口に放り込んだ。腹がすいているわけではなかったが、何か納めずには耐えがたい虚ろな穴が、胸か腹に開いている気がした。


 こうして俺達は、わざと回り道をして道中の数村で宿を借りては、相撲で同志を募りながら鬼の情報収集に努めた。すると、どの村でも年に一度は鬼の襲来に遭うらしいことが分かってきた。ただ、俺の田原村を襲うのが赤鬼と青鬼であるのに対して、他の村を襲うのはどうも黒鬼たちらしい。もっとも、夜半の目撃者の話なので、赤や青を黒と見間違えることは充分あり得るのだが。


 村人は、俺達が鬼退治に向かうと知ると、宿所に入れ替わり立ち代わりやって来ては、どうか奪われた家宝を取り戻してくれだの、さらわれた娘の仇を討ってやってくれだの、嘆願たんがんかまびすしく、一行がゆるりと落ち着く間もなかった。


「いやはや、桃どのにかかる期待は並々ならぬものがありますな。まことの勇者だけのことはある」


 人が途絶えたとき、雉右衛門が感心してそう言った。


 猿ノ助が代わりに答えた。


「ふん、みんな自分が可愛いだけだ。自分の村、自分の倅や娘、自分の財産。自分、自分、自分。そういう輩が群れをなして、人に頼みごとに来る。見方によっちゃあ、俺たちは体よく人に使われているようにも見えて胸くそ悪いわ」


 猿の助は吐き捨てるように答え、それから慌てて部屋の向こうを見やった。


「おっと、金銀の。今言ったことァ、その記録帳には書かんでくれよ。あんたたちの村のことを言ってるんじゃねえんだから」


 猿はそう言うと隣りの犬吉に声をひそめて言った。


「まったく、ずうっと記録とってやがる。あいつら何を言い含められて来ておるのやら、気味が悪くてしょうがねえや」


 俺は夕餉を済ませると、腕を枕に仰向けに転がって、薄暗い天井を黙って見つめた。


――俺は誰かに体よく使われているのか。俺は意志はどこにあるのか、俺が本当にすべきことは何なのか……。


 囲炉裏の熾火がバチンとはぜた。

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