最終話 夜空に届くように
コンテストの日はあっという間に来た。
なにせ話を聞いた週の土曜日だから、当然の事だ。
結局、演奏曲すら決まらずに当日を迎えてしまった。
他の出場者はみっちり練習してるだろうになぁ、恥を晒すことにならないかな。
会場は地元の音楽会館で、500人くらい収容できる大きな舞台だ。
ゲストとしてプロのアーティストが演奏するらしく、人の入りも上々だ。
せめて50人くらいだったら気が楽なんだけどな……。
舞台袖に控えている僕たちは、予想以上の客数に少しだけ怯んでいた。
「はい、それでは次の方。『ソウマ・トリオ・ユニーク』です、拍手ー!」
これだよ、もう!
なんで僕の名前を打ち出してるのさ?
コウイチを見ると、舌を見せながらのサムズアップ。
それは何度見ても意味がわからないよ。
ステージに上がると、逆光気味にだけど客席が見えた。
最前列はまばらだけど、後方の席は満員だった。
何百もの視線を浴びるのって怖いなぁ。
僕は一礼をすると、すぐにサックスを咥えた。
◆
演目については、舞台袖での待機中に決まっていた。
あの森で何度もあの子と合奏した曲だ。
少女と僕たちを結ぶ、唯一のもの。
届くことは無いと知りつつも、自然と意識はあの花畑へ向けられた。
まず僕が1コーラスを吹ききり、ミカが入る。
少しだけ湿り気を帯びたようなリズム。
ミカも平静を装っているけど、寂しいのかもしれない。
それからコウイチがコードを鳴らし始める。
……までは良かったんだけど。
またコウイチの悪ふざけが始まった。
ミカとリズムをほんの少しだけズラして、ジャンベの音から逃げようとする。
怪訝そうな顔をしつつも追いかけるミカ。
さらに逃げるようにコウイチがずらす。
絶妙な打音のズレ具合で、『ヌルッ』とした印象を受けてしまう。
最終的にミカが見失ってしまい、コウイチは勝ち誇るように胸を張った。
ーーまったく、こんな時くらい大人しくしてよね。
僕は仲裁に入るように強く音を出して、2人をたしなめた。
それで気を取り直したのか、真面目に演奏に戻ってくれた。
こんな演奏をして……お客さん怒らなきゃいいけどなぁ。
◆
僕たちが演奏を終えると、拍手喝采だった。
座席から立ち上がる人までいる。
何がウケたのかわからないけど、とにかくお辞儀で応えて舞台を降りた。
それからは楽器を置いて客席に回った。
どの演奏も練習の跡が感じられ、この晴れ舞台を楽しみにしてたようだ。
まぁぶっつけ本番なんて、みんなやらないよね。
胸の中で小さく謝罪をしつつ、懸命に鳴らされる音に耳を傾け続けた。
そうしている間に最後のバンドが終わり、授賞式が始まった。
表彰台には、グランプリを始めとした金、銀、銅賞を受賞したバンドが立っている。
僕たちはというと……もちろん眺める側だ。
あんな演奏をしたのだから、怒られないだけマシだろう。
「では、最後となりますが『審査員特別賞』の発表です! 受賞したバンドは、現在活躍中のピアニスト『ソニア』さんとセッションする栄誉が貰えます! 羨ましすぎるぞ!」
「ちぇーっ。銅賞くらいは貰えると思ってたのにー」
「アイツらだって受賞してないじゃない。それだけで十分よ」
ミカが鼻息まじりに吐き捨てた。
そういえば先輩たちも出てたよね、忘れてたよ。
それよりも、プロのゲスト出演ってこのセッションの事だったのか。
僕は今頃になって趣旨を理解した。
「そんな栄えあるバンドは……『ソウマ・トリオ・ユニーク』です、ステージへどうぞ!」
え、僕たち?
聞き間違えじゃない?
周りも僕たちに向けて拍手しているから、そうなんだろう。
借りてきた猫のようにして、ステージに上がった。
僕たちが揃うと、舞台袖から2人の女性が現れた。
一人はブラックスーツ姿の通訳らしき女性。
もう1人は緑色のロングドレスを着込んだ、外国人の女性。
金色の長い髪を後ろでまとめ、頭にはシルバーのティアラが遠慮気に乗せられている。
そして何よりも、引き込まれるような青い瞳。
僕は一目見て電流が走ってしまった。
『今日は素晴らしい演奏をありがとう。あんなに楽しくなる曲は久しぶりです』
ソニアさんが話したのは外国語では無かった。
手話だ。
声を出せないかわりに、表情や身振り手振りを目まぐるしく変化させている。
それを通訳の女性が僕たちに教えてくれる。
『どうか私と一緒に演奏をしてください。良かったら先ほどの曲はどうでしょう』
「ええ、構いません。あなたさえ良ければ」
『ありがとう。ぜひとも素敵な時間を共有しましょう』
◆
ソニアさんはグランドピアノの前に座り、流れるような指使いで音を奏で始めた。
清楚で大人びた見た目とは違い、とても激しく、そしてどこか伸びやかな調べ。
ーーこの感じ、初めてあの子に会った時の歌に似てるなぁ。
僕はあの時と同じように彼女のメロディに寄り添った。
時には離れて脇役になり、時にはちょっかいを出すように近寄ってみたり。
ほどなくして、コウイチとミカも参戦した。
そうだよね。
あの時とは違って、今は2人も居るんだから。
前の演奏の時よりもずっと楽しそうだ。
コウイチは頭全体でビートを感じている。
ミカも先ほどの寂しさを微塵も残していない。
そして僕も負けじと音を前に出す。
まるで『自分が一番楽しんでいるぞ』と証明するように。
演奏に熱中していると、自分が音楽会館に居る事を忘れそうになる。
ステージも、客席も、壁や屋根すら消えていく。
ここにはもはや、僕たち4人しか存在しない。
夕暮れの森、一面の白い花畑、緑色の流星群。
そしてあのワンピース姿の女の子。
克明なそれらの記憶とともに、どこまでも広がる音の波。
ーーあぁ、なんて心地良いんだろう。
僕の意識は、あの日見た夜空へと引き込まれそうになる。
そのとき、ピアノ席に座る彼女と目が合った。
ニコリと微笑みが向けられ、短く口が開かれる。
そのとき僕は確かに聞いた。
たのしいねぇ。
きもちいいねぇ。
ー完ー
僕たち、ヒガエリ音楽団! おもちさん @Omotty
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