第2話 交錯する序奏曲


「だぁかぁらぁ~、お願いって言ってんじゃん!」

「だから、俺は嫌だっつってんだろ!」


午前10時、人が多く通行する時間帯である、ここジュスティ大学の正門には、言い争う二人の男女の姿があった。

片方の男性はミルクベージュの前下がりに長いワンレンのストレートヘアを振り乱しながら、もう片方の女性はエメラルドベージュのロングヘアを二つの縄編みにし、輪っかにまとめた髪を揺らしながら激論を繰り広げていた。

「キキョウが言ってたの!この間の文化祭の演奏ステージの進行、突然任されたくせに平然とこなしてたらしいじゃん!ね!君には文化的才能があるんだよ!私たちとイベントの企画しようよ!」


―――エメラルドベージュの特徴的な髪型の女性、エーデルワイス。通称、エーデ。

21歳。ジュスティ大学の大学生。文化学を専攻。

科学が発展し、魔法が当たり前になったこのご時世において、わざわざ人を集めて行う「イベント」の企画運営に情熱をかける。

短所は―――自分の思っていることを、つい言ってしまう事。


「任された”くせ”にってなんだよ!お前が眠りこけて、仕事押し付けてきたからやってやったんだろーが!あんな状況じゃなきゃ、やらねーよ、あんなこと!」


―――ミルクベージュの中性的な顔立ちの男性、ウツギ。

21歳。ジュスティ大学の大学生。魔法科学を専攻。

この度、先日文化祭において危機的状況にあったエーデを助け出した末に、突然頼まれたステージ進行業務を難なく遂行してしまったおかげで、エーデにスカウトに遭っている。

短所は―――度を超したマイペース。


「俺は時間ねーんだ!ぜってーやんねー!」

「そういいながら、ウツギくん、授業サボっていつも中庭で寝てるらしいじゃん」

「うっ、どこからそんな情報仕入れてくんだよ!」

「スカウトの為に近辺情報集めまくりました!」

「おーまーえーなー!」

ずいっとウツギがエーデに顔を近づける。

ち、近い―――。ふいに近づいてきたことと、目鼻立ちの整ったその顔立ちに少しどきっとしてしまう。それに、ふわっと、男性とは思えないような、何だかいい香りがする。

―――ん?何だろう、この違和感。

ふと胸にもやっとしたものが広がった。何だろうこれは―――…

「おい!聞いてんのか!?」

「あっ、ごめん、聞いてなかった」

「おまえなぁ…」

はぁ、とため息をつきながらウツギは顔をエーデから離す。どうやらさっきまで数秒間、小言を言われ続けていたようだ。考え事をしていて、すっかりスルーしてしまった。

「どう?企画部、参加してくれる気になった?」

「今の流れで何をどう考えたらそうなるんだよ…」

またしても頭を抱えるウツギ。対してエーデはけろりとしていた。

「第一に、お前の言っている”イベント”というやつが、よーわからん」

「うーん、そうだなぁ…」

顎に手を当て考えるエーデ。

「人が、集まってワイワイするの」

「はぁ?何のために?」

「それを研究しているのよ!」

「はぁ~?会議だって、遠隔でするのが当たり前のこのご時世に、集まる?集まるという言葉が死語では?」

眉を下げて、理解できないといった顔でウツギが言う。

「うっ」

「わざわざ集まるのは効率が悪いし、そのイベントとやらをする意義もわからない。だから、俺はその企画部とやらには参加しな…――」

「私にも、わからないんだよ」

ウツギの言葉を遮って、エーデが喋り出す。俯きながらも、彼女は熱い目をしている。

「でも、小さい頃に読んだ、”文化書”っていう本に書いてあった、そのイベントという文化に興味を持ったの。西暦にはあった、イベントに…―。それにね、」

顔を上げて、エーデは話を続ける。

「この間の文化祭でも思ったんだ。イベントは、人を笑顔にできる。そんな空間を作れることが嬉しいって」

笑顔でエーデは語った。

ふとウツギの顔を見ると、彼は目を丸くして、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「え、どうしたの」

「い、いや」

長い前髪を振って正気を取り戻すウツギ。

「お前って、やっぱ変わり者だわ」

そういうと、ウツギは片手を挙げた。

「じゃ、俺授業あるから」

そう言って、彼はそこから立ち去ってしまった。

ぽつんと、その場に取り残されたエーデ。


「…やっぱり私の考えって、理解してもらえないのかな」




「うぅうううぅ~」

そこには、机に突っ伏して唸る女性の姿があった。

六畳間の広さのコンクリート打ちっぱなしの薄暗いこの空間は、エーデ率いる企画部の企画室であった。あたりには資料が散乱し、壁やホワイトボードにはあちこちにメモ書きがされている。

資料が散らばる机の上に、突っ伏して唸るエーデの姿があった。

「あら、どこかで見た光景ね」


―――ミディアムロングに鮮やかなメッシュが入ったターコイズの髪を、外ハネにしたヘアスタイルの女性、キキョウ。

21歳。ジュスティ大学の大学生。文学を専攻。エーデの中学校時代からの親友。

エーデの思想は理解しきれずとも、共にイベントの企画をしている人物。


「どっ、どうしたのぉ、エーデ」

突っ伏したエーデの後ろでおろおろとしている少年――いや、小柄な青年の姿があった。


―――ブロンドのマッシュルームカットの可愛らしい青年、オーニソ。

20歳。ジュスティ大学の大学生。経済学を専攻。エーデと同郷の幼馴染。

こちらも共にイベントの企画を行っている一人。


「んー…」

「エ、エーデ死んでる…」

「死んでないわよ。またきっとくだらないことで悩んでるのよ、ほっときなさい」

「えー大丈夫かなぁ」

気の弱いオーニソは依然おろおろしていた。

「どうしたのぉ、エーデ」

「なにも……」

「え~」

進展のない二人の会話を横目で見ながら、キキョウは思考を巡らす。

昨日エーデとランチを共にした時は、まだ彼女は元気だった。じゃあ問題が起こったのは、きっとその後だ。そういえば、ここ数日、この間、文化祭の進行とエーデを助けてくれた青年――ウツギを追い回していると、本人が言っていた気がする。ウツギ――文化祭のあの時、目を閉じたエーデを担いで私のいる本部にやってきた時は何事かと思ったけど…エーデ、寝ていただけで本当に良かった…――いや、よくはないけれども。おかげでウツギくん、演奏ステージの進行やることになっちゃうし。ていうか、いくらエーデに進行を託されたからといって、本当にやるとは、彼も律儀よねぇ。態度は不愛想なヤンキーって感じだったけれども、根はいい人っぽいかもね。でも追っかけまわすと、流石に怒られるでしょうね。エーデが落ち込んでいる原因は、そんなところか。

と、そこまで考えてキキョウは「今日のNGワードは“ウツギ”ね」と、独りで心の中にルールを定めた。

その時、突然オーニソが明るい声で喋りだした。

「そっ、そういえば、この間のウツギさんかっこよかったですよね!」

おい、空気を読めオーニソ。

エーデを見やれば、「うぅううぅうう」と言いながら、更に身体を縮こめているではないか。

「えぇ、なに!?」

「オーニソ、それ今日の地雷」

「え、えぇっ!?本当!?どうしよう」

「いや、どうしようもない」

明らかにショックを受けて顔を青くするオーニソ。彼は気は弱いが、性格が抜群に優しい。相手に気を遣いすぎてしまってこうなるのは、仕方ないのかも知れない。

「ねぇ、オーニソ」

机に突っ伏しながらエーデが喋り出した。

「な、なぁに、エーデ?」

自分の言いたいことをバンバン言ってしまうエーデのことだ。これから何を言われるかは分からない。オーニソは身体を硬くした。

「オーニソなら分かってくれるよねぇ?」

「え?」

突然共感を求められて、きょとんとしてしまった。はて、何の事だろうか。

「むかし、」

「え、むかし!?」

「むかし、一緒に読んだ文化書。読んだとき、一緒に感動した。三冊あるうちの一冊私が持ち帰って、一冊オーニソ持ち帰った、じゃん。あの時、」

「ちょ、ちょっと待って!」

オーニソが焦ったような声を出す。そこでやっとエーデが顔をあげる。顔には「どうした」と貼りついている。

「それ、何の話」

「え、だから、ちっちゃいころに一緒に文化書読んで、おー、西暦の文化すごーい、将来こんなことやってみたーい、イベントやりたーいってなった…」

「え、えぇえ~、そんなことあったけぇ」

オーニソは困惑した様子だった。

「あった」

「あったかなぁ…ごめん、覚えてないやぁ」

えへへ、とオーニソ。

「あ、でも、ちっちゃい頃から、エーデがずっとイベント作ってみたいって言ってたのは覚えてるよ」

「それはどーも」

「へへっ。そんなエーデに憧れて、僕はここにいるんだから」

受け取り方によっては告白だな、この天然め、とセルフツッコミを入れながら二人のやりとりを眺めていたところで、ふとキキョウは思い出したようにエーデに問いかけた。

「ねぇ、あんたそういえば、この間大丈夫だったの。倉庫棟に閉じ込められたんでしょう?学校には言ったの?」

「あぁ…」

身体を起こしながら、エーデは真面目な顔つきになって語りだした。

「学校には言ってない」

「はぁ?なんでよ」

「大体見当がついてるから」

「見当って?犯人?」

「犯人って、言い方悪いなぁ」

「いや、閉じ込めて危害加えようとしたんだから、そういう言い方にもなるでしょう」

エーデを苦い顔でキキョウが見る。はっきりモノを言うキキョウに対して、誰に対しても真正面から向き合ってしまうのは、エーデの強さでもあり、弱さでもある。

「で、誰なのよ」

「んー、多分いつもの…」

「もっ、もしかしてメヒシバさん…?」

オーニソがおずおずと答えた。

「多分ビンゴ」

真顔で答えるエーデ。

「あんた…どんだけ恨み買われてるのよ」

やれやれとキキョウ。

「いや、向こうが不安定なだけっていうか」

「お前が言うか」

「いやぁ…なんていうか」

一瞬言い辛そうにしてから、エーデは彼女のことを語りだした。

「入学した時に一緒にイベント企画しようとして、向こうが突然とん挫させて喧嘩してから、時々嫌がらせされるというかなんというか」

「はぁ…」

「それほんとに大丈夫なの?」

「さぁ…まぁ私にも非はあるし何ともいえないというか…」

「度がすぎてるんじゃない?あ、明々後日の仮面舞踏会、大丈夫なの?」

「まぁ、何もしてこないでしょ。私のことが気に食わなくてやってるだけだから、無視だよ無視」

んんーっ、とエーデは伸びをして、はぁっと息を吐いた。

人と話していたら段々心が軽くなってきたような気がする。

「とにかくだよ、私には今スカウト活動があるのでね」

「はぁ?まだ諦めてなかったの」

「あんな逸材手放すわけないでしょう」

「どこが逸材なのか、私の感覚じゃわからん」

やれやれと手を広げるキキョウを横目に、エーデは空中を左手でタップしてモニターを表示させた。そこにあったメールボックスを開く。

するとそこには、「アートフェススポンサー承諾のご連絡」といった文字が書かれていた。

「な、なにこれ」

横からモニターを覗いてオーニソが言う。

エーデは件名を見て、ニヤリと口端を吊り上げた。




暖かい風がふわりと吹いて、緑がさわさわと揺れる。

その緑の下の木陰に設置されたベンチに、寝転がる青年の姿があった。

ウツギはベンチに寝転がりながら、腕を枕にして考えに耽っていた。

――文化祭の晴天の下、舞い上がる花びらの中を揺れるエメラルドベージュの髪。

―――今朝正門で会った、太陽のような、はにかんだ笑顔。

リフレインする記憶。その記憶は、余りにも繊細に、鮮やかに、彼の脳裏に焼き付いていた。

彼自身、どうしてこんなにも、これらの記憶に固執してしまうのかは、大体見当がついているのだ。

――深く考えるのは無駄だ。俺は俺のすべきことをするだけ…――。

そう考えたところでウツギは瞼を伏せ、再び眠りの世界へと入っていった。




昼下がり。少し埃っぽい部屋に差し込む窓の光。

穏やかなその空間で、青年は静かに本を読んでいた。

パラリ、とページを捲る音だけが、空間に響く。

すると、次の瞬間、ガチャリ、と異質な音が、その空間に混ざった。

「えっ、あっ、タマム先輩いらしてたんですか」

「あぁ、エーデちゃん。いらっしゃい」

本から顔を上げ、青年がはにかんだ笑顔をエーデに向ける。

ここは文化学研究室。エーデやこの青年――タマムが所属する学科の研究室であった。

「し、失礼します」

タマムの向かいの席にエーデが座る。二人の距離は、机を挟んで1.5メートル程であった。

タマムの右に分けた黒く、長い前髪が、窓から差し込む光で煌めいていた。後ろ髪は短く切り揃えているので、光を反射してはいなかったが、それでもエーデはその光景に息を飲んだ。

先輩と二人きり…―――この状況に胸が高鳴り、緊張で変なことをしてしまいそうで、何だか不安だった。

とりあえず本を読もう。そう思って、脇の椅子に置いた鞄の中から、一冊の本を取り出して、机の上で栞を挟んだページを開いた。

「何?その本」

ふと目を上げると、向こうから手が伸びてきて、私の本に触れた。

―――わっ。

自分の所有物を触られているだけなのに、何だか自分自身を触られている気がして、恥ずかしさを覚えた。

伸びてきた手は、本を持ち上げて、その表紙を彼に見せた。

「げっ、現代魔法文化論入門です…!」

「ふぅん。名著だね。勉強熱心」

そういうと手は本から離れていき、彼の頬杖に変わった。タマムの目はこちらを見ている。人の目をしっかりと見て話すところは、彼が良い教育を受けてきた証拠でもあるが、それでエーデが少し気恥ずかしくなることを、彼は知らない。

「イベントやるには、現代の文化も学ばなければならないので…」

「出た。熱心だよね」

そういうとタマムは目をエーデから逸らした。口調は柔らかだが、「熱心だよね」という割には、その話題に興味は無さそうであった。

エーデはそれを察していた。先輩は、保守的で変わったものが嫌いな性格だ。悪く言えば、長いものに巻かれるタイプ。私がイベントなるものをやっていることを、“変わっている”と思っているのは間違いない。いや、イベントをやっている私のことを“変わっている”と思っているかも知れない。そんな感情を先輩に抱かれるのは、どうにも気分が良くない。イベントのことを口にすべきでは無かったと、今更後悔する。

「あ、あはは…」

「明々後日、またなんかやるんでしょう?」

本に目を落としながらではあるが、タマムは話を続けてきた。多分、気を遣っているのだ。彼は誰にでも優しくしてしまう性格なのだ。

「は、はい!仮面舞踏会っていうの、やるんです。クラシック・クラシックかけて、仮面を着けて、みんなで踊るんです」

「へぇ、クラシック・クラシックで」

それを聞いてタマムは顔を上げた。顔には興味の色が示されていた。

クラシック・クラシックとは、この時代=魔歴以前の西暦―つまりクラシック―におけるクラシック曲。つまり、クラシックにおけるクラシック曲のことである。

「それは、少し面白そうだね」

「本当ですか!?」

エーデの顔が、ぱぁっと明るくなる。憧れの人にやっと少し自分の活動を認めてもらえたようで、嬉しかった。

「よければ先輩も来てくださいよ」

もし来てくれたら、その時は勇気を出して、一緒に踊ってもらおう。そんなことを考えていた。しかし、

「ごめん、明々後日には先約が」

困ったような笑顔で返されてしまっては、もう何も言えなかった。

「そ、そうなんですか…じゃあ、仕方ないです」

「ごめんね。ところで、クラシック・クラシック、エーデちゃん好きなの?」

「えっ、いや、好き…ですけど、なんていうか、聴くのは好きっていうか、詳しくは無いです」

「そうなんだ。いや、どんな曲かけるのかなぁと思って」

「えーっと、シュトラウスの春の声とか、ですかね」

「いいね。有名どころって感じ」

「クラシック・クラシックに馴染みのない人でも、少しでも聞いたことのある曲がいいかなと思って」

「うんうん」

先輩は柔らかい笑顔で話を聞いてくれる。どうやらこの話には関心が深そうだ。

「いやぁ、音楽の話できる人って、中々いないんだよねぇ」

「そうですか?」

「うん。比較的、この学科には話せる人多いけどね。そうだ、それこそメヒシバさんとかクラシック・クラシック好きだよね」

ピシリ。メヒシバ…――先輩、私その人と冷戦状態にあるんです…。

「よくあの子とクラシック・クラシックについて話していたんだけど、最近、なんか避けられているみたいな気がするんだよね」

「えっ、そうなんですか」

突然の話に、つい驚きの声をあげる。

「うん、なんだかそっけないというか…そういえば、最近変な噂も流されてたっていうか…もしかしてそのせいで勘違いされてるのかな」

「変な噂?」

「あー…なんか、」

タマムは頭を掻きながら、言い辛そうに言葉を紡いだ。

「俺が二股してるーとか、この間そんな噂を流されてるって、同級生から聞いた」

「先輩彼女いるんですか!?」

机を叩きつけて勢いよくエーデは立ち上がった。

「え。いないよ、どうしたの」

突然の彼女に行動に苦笑いしながら返答するタマム。

そこでエーデは、ハッとした。いけない、これではまるで私が先輩のことを好きみたいではないか。

顔を真っ赤にしながら、エーデは慌てて手を左右に振って反論した。

「えっ、あっ、そ、そんなわけないじゃないですか、じゃ、じゃなくて、いや、その、先輩の色恋沙汰聞いたことなかったので驚いちゃいました、あははー」

「色恋沙汰じゃないって、変な噂」

「あっ、あ、そうでした」

あはは、と乾いた笑いをしながら、エーデは頭の後ろに手をやる。

私としたことが…――。

恥ずかしさで死にそうになっていたところで、一方タマムは手元の本に一瞬目をやってから、本を閉じた。

「あ、本、読み終わったんです?」

「うん、エーデちゃん来たとこで、あとちょっとだけだったんだよね」

「そうだったんですか」

じゃあ、先輩はもう帰るのかな…―――そんな予想をして、少し寂しい気持ちになった。

タマムは閉じた本を鞄の中に仕舞った。しかし、一向に席を立とうとはしない。

疑問に思って、エーデは思わず質問をしてしまった。

「せ、先輩」

「うん?」

「帰らないんですか?」

「いや、もうちょっと居ようかなと思って」

そう言って、タマムは頬杖をつきながら、窓の外の緑に目をやった。

その物憂げな横顔に、どきっとしてしまう。

―――もしかして、もう少し私といたいからなんじゃ。

なんて考えが頭によぎった。

いけない、いけない。自分の都合のいいように考えるもんじゃない。

でも…―――。

そう思いながら、もう一度彼の横顔をちらっと盗み見る。

「……」

このひとときを堪能しよう。エーデは心の中でひとり、そう思った。




夕暮れ。オレンジ色に染まった空を雲がゆっくりと流れていく。

その夕日を遮る木陰に、すやすやと寝息をたてて眠る一人の青年の姿があった。

ふと彼の頭の上に影が差す。

「ん……」

目を開けてみると、目の前には緑色の髪の女がいた。

「…」

―――…夢か……――。

「おいこら!夢じゃないぞ!」

コツンと頭を叩かれた。無理やり起こされた。なんだこの女は。

「んだよ…人が気持ちよく寝ているところを」

「スカウトしにきました」

「ったく」

しつけぇ、と上半身を起こしながら、ウツギは頭をガリガリと掻いた。

「ほんとに何で俺のことストーカーしてるワケ?」

「ストっ…!?ストーカーじゃないわよ!ただ、あなたは企画部にとって使える、と思ったから、誘ってるだけ」

「だけなら他の奴でもいーんじゃね?」

「いいや」

「はぁ?」

「これは直感だけど、あなたからは才能を感じる」

「はぁー??」

ウツギが雑にベンチに座りながら、片眉を上げる。いくらなんでもこの女、しつこい。

「断じて嫌だね。そろそろ学生課に被害届出すぞ」

「心外。っていうかウツギくん、忙しい、忙しいって言っておいて、大体いつもここで寝てるじゃない。暇じゃん」

「暇じゃねーよ…俺だって出席日数考えて授業出て…」

はた、とそこでウツギは言葉を紡ぐのを止めて目を丸くした。

はて。

「ん?どしたの?」

「やっべぇ…」

突然ウツギがその場で頭を抱えだした。状況は分からないが、何か深刻そうな様子だ。

「ど、どうし…」

「レ……ト…」

「は?」

「レポートの課題、聞くの忘れてた…」

「はぁ?」

ウツギは目の前で項垂れている。そんなにやばいのだろうか。

「今から聞きに行けばいいじゃん」

「一時間後提出…」

「…」

「…」

二人の間に沈黙が流れる。

「…救済措置取ってもらえば?」

「無理…だ…出席日数ギリギリだから…」

「…」

目の前で項垂れる青年を、憐みの目で見るエーデ。

嗚呼、青年よ残念に…これに懲りたら、中庭で寝ては授業をサボる日常を止めるんだな…―――。

―――…ん?

その瞬間、ニヤリとエーデが口端を吊り上げた。

「その案件、私に任せてもらえないかしら」

「はぁ!?」

突然の申し出に困惑するウツギ。それもそのはずだ。彼女が何を言っているかなんて、到底理解できないだろう―――そう、彼女の“能力”を知らなければ。

「私の能力…――“高速検索”でレポートを完成させてあげるよ」

「は!?マジかよ!」

ウツギの顔が一気に明るくなる。まるで地獄から救い出されたような顔だ。

しかし、次の瞬間、空を切るように勢いよくエーデが口を開いた。

「ただし」

息を飲む。

「明々後日の“仮面舞踏会”の企画運営、手伝ってくれるなら、ね」


眉をひくつかせるウツギに対し、エーデはこの上ないしたり顔で彼を見下ろしていた。

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エーデルワイス・イヴェントゥ はらりばら @hararibara

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