後編『この後、七号館のコンビニでドラゴンコロリを買った。』

「あれが勧誘かー。初めて見た」

「俺も」

 俺は連れていかれたデーモンを見送った後、友人と呆れたように顔を見合わす。大学は詐欺や宗教勧誘の温床であると聞いたことがあるが、まさか自身が他種族からカモられるとは思わなかった。


 

 ……と、最初は怖がっていた自分たちではあった物の、連れていかれたデーモンの可笑しさを思い出し次第に笑い話へとシフトしていく。

「でも酷かったな~。詐欺にしても、もうちょっとゴブリンの変装はきちんとしときゃいいのに」

「資料に誤差でもあったんじゃない? 日本との文化交流が起こった十数年前まで、ゴブリンはあんな格好だったじゃん」

「でもさ、あれはひでーだろ。せめて森に建ってる服屋は寄れっての! しかも恰好だけじゃなくて、交渉材料まで価値を間違えてるぜ? ゴブリンをどんだけ下に見てたんだよ」

「時代の流れに順応できなかったおっさんだったって訳でしょ。デーモン族も昔はカリスマだったのに、落ちたものだよねぇ……」

「まったくだ。、順応すればいいのにな」



 ――こんな感じで大笑いし続けた。


 =====

 日本自体の異世界ゲートは数種類の世界と繋げられるらしいが、俺の故郷であるこの世界ではゴブリンの森としか繋がっていない。

 日本がこの世界と交渉を始めたのは俺が生まれた頃であるが、当時この世界は様々な種族が戦乱を繰り広げていたため敵対心が強かった。それゆえどの種族も日本に土地を売るどころか、交渉すら許さない者ばかり。交渉中に人が死ぬ【異界事件】という者も起きてしまったそうだ。

 しかし良くも悪くもプライドが薄いゴブリンだけは違った。弱小種族故に魔力は少ない物の、手持無沙汰なほど広く荒れた土地を持ってたため交渉に意欲的だった事。そして族長が日本と言う未知の世界に興味を示した事。様々な要因が重なりこの森の招致だけスムーズにはかどったそうだ。


 そして十数年だけで、ゴブリンの世界は様変わりした。日本に行き来だけで効率の良い魔力が得られる。更に妨害されやすい魔力よりも手が出しにくいエネルギー技術も多く得れる。様々な工場技術や農業、エンターテインメントなども馬鹿のように流入できる。そんな交流を年を追うごとに増やした結果、現地種族との間でトンチキじみた格差が生まれてしまったのだ。ひどい。だが技術者が楽しがって流入しているため止まる事は無い。でもひどい。


 もちろん他の種族も人間に技術の提供を要請するようになったが、いまだ交渉はうまく行っていない。プライドで生きている彼らは中々自分の立場を譲らないし、日本側もかつてあった【異界事件】があるため安い契約をさせる気はない。そんな政治的背景があるため、いまだ他種族は独自魔術を人間達に教える事すら無いと言う。

 まぁ、その独自魔術は二年ぐらい前にゴブリンが解析し終わり、既に高額で他所に売り渡しているので隠す意味はないのだが。そんな事はネット解析すら出来ない彼らは知るまい。

 =====


「そういえば異界事件ってなんで起こったんだっけ。この世界の生物は基本的に弱いはずなのに」

「車の事故だって説が有力だよ。でも現地種族が死体を全部食べちゃったのがずっと尾を引いてるとか」

「なるほど、日本人側の機械ミスが元々の原因なのか。知らなかった」

「いや、今日の異世界学でやってたでしょ?」

「その部分記憶にない……。寝てたかもしれない……」

「寝てたんだ……」


 俺は自身の緑色の肌を撫で、異世界学の話題を他人事のように話した。莫大な魔力を得るために日本へ留学したゴブリンチルドレンである俺達は、ある意味異世界史の生き証人かも知れない。だがそういう政治的な事をいちいち考えたりはしない。今は日本で制作業に就く夢をかなえる事だけを気にして、大学に通っているだけだ。


 ……しかしそんな夢を持っていても、授業がだるいと思うとついサボってしまう。デーモンが「この変装でも大丈夫」と勘違いしているように、自分も「この生き方で大丈夫」と思い始めているのかもしれない。これも悪しき順応と言うものだ。

 このまま生きていたら、俺もデーモンのように醜態を晒す日が来るかもしれない。もしくは地球自体がもっと上次元の異世界に打ち負ける日が来るかもしれない……。



「俺達、もっと面倒くさがらず活発的になった方が良いのかなぁ……」

 俺はぽつりと言う。俺の本心であり、俺の願いでもある一言だ。すると友人が呆れた表情で答えた。

「それなら次の時限、行った方が良いんじゃない? もうすぐ四限目でしょ?」


 俺はその言葉を聞き、すぐさま時計を見た。

 時刻は十二時五十分。次の時限まであと五分。物理学が行われる二十三号館との距離を考えると、走らないと遅刻してしまう……!


「やべえ! 急がないと間に合わん!」

「トオル、頑張って行ってきてね。自分はこの時間に授業取ってないからもうちょっとゆっくりするね」

「畜生! 気づいてたんならサッサと言えばいいのにっ!」


 へらへらと笑う友人を尻目に、俺は猛ダッシュで食堂を飛び出した。食器は片づけてないが、まあそれは友人に任せる。それぐらいやってもらわないと困る。


 その後俺は七号館を出て噴水広場を横切り、まっすぐ二十三号館に向かう。階段の上り下りがあるのでまだ油断はできないが、このペースならギリギリ間に合うだろう……。



「ギャオオオオオオオっ!」

「ぐわーーっ!?」


 すると、さっきまで七号館の目の前にたむろしていたドラゴンが、突如こちらに噛みついてきた。もしかしたら突然出てきた俺を見て、「こいつなら狩れる!」と思ってやって来たのかもしれない。非常に迷惑である!


「邪魔だ! 一般学生ゴブリンパンチっ!」

「ギャオオオオオオオっ!?」


 さすがに清掃のおばちゃんのようにモップは持ってないので、素手で対応する。十年前のゴブリンならドラゴンに噛みつかれただけで死ぬが、最近は日本との交流で魔力の安定方法が確立されたので楽に倒せる。正直な話、倒しやすさだけなら日本の蚊の方が倒しづらいだろう。


 ……しかし、さすがに数が多かったので、一分ほどのタイムロスとなった。俺はとてつもなく焦る。


「くそおおおっ! 急がねえとおおおっ!」



 虫の息となったドラゴン達を踏みつけ、二十三号館へと猛ダッシュ。俺は音速を超えた。そんな気がした。


 だが走っていくうちに、ドラゴンの噛み跡がだんだん痒くなってきた。この噛み跡に命の危険はないが、その箇所は放置していると次第にめちゃくちゃ痒くなってしまう! しかしダッシュで息が上がってる上、かゆみ止めを取り出す時間はない。とても悲惨な状況である!


「うおおおおお、痒い! まずい! 間に合わない! 痒い! 痒いいいいいっ!」


 俺は叫びながら階段を上る。一応エレベーターはあるのだが、普段使わないうえ混乱していたため目に入らなかった。

 俺はガンガンと一段ずつ階段を上がり、ゼエゼエと息を吐き、体中が痒くなり、もうシッチャカメッチャカになり……。



「あぁ、くそっ! 明日は絶対ドラッグストアでドラ除けスプレーとドラゴンコロリ買ってやる! で、ゴブリンの森の実家に帰ったらそれ使って殲滅してやるかんなぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!」



 

 俺はもう二度と、ドラゴンを甘く見るような順応はしないと決意し……痛々しく叫ぶのだった。

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大学の七号館は、ゴブリンの森に建っている momoyama @momoyama

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