中編『七号館には異世界詐欺師も入り込むが、大体失敗してる』

「……今日の授業はクソ面倒でござった」

「主に出されたレポートがクソ」


 その日七号館で行われた異世界学の授業は、今まで受けてきた授業の中でもダントツでひどいものだった。眠い抗議、解説も無しに進める駄目テンポ、すぐに消されるボードの字、ネチネチとした生徒への貶し、講師自身の自慢話、糞面倒なレポート。ここまでひどいと、あの講師を採用した大学側の思考すら疑う。


 今日のレポートは「日本と異世界が交渉中に日本側の死者が大量に発生した大事件【異界事件】に関するレポート」らしいのだが、ネットからのコピペ不可で最低ページ数がとても多い。こんな気の滅入るレポートを大量に書かせるだなんて、あの先生は何を考えているんだ。


「……で、どうする? 昼は日本にある方の学生食堂で食べる?」

「いや。こっちの学生食堂でいいよ」


 七号館は大学の中でも比較的大きな建物であり、学生食堂やコンビニなどの施設も入っている。もちろん日本側にもこういう建物はあるのだが、向こうが混雑している時はわざわざこちらを使う生徒も多い。

 七号館が大きい理由は二つある。一つは異世界で土地代が安い分大きな建物が立てやすい事。そして近所のゴブリン達も利用できるような作りにして欲しいと言う要請があったため、最初に建てられた七号館に色々な施設を入れた事が理由だ。

 そのため客には日本人のほかに、近所のゴブリンおばさま達が日本的な服を着てくっちゃべってたりする。ゴブリンの性質上うるさいかと思いきや、意外と上品に会話してたりして侮りがたい。これが適応と言う奴か。


「今日は生姜焼き定食の日か。これにしよ」

「自分はラーメンかな」

「お前、そればっかかよ」

「トオルも日替わりばっかじゃんか」

 友人とメニューを決め、食券機で券を買う。異世界に似つかわしくない、電子マネー対応の食券機だ。出てきた券とお釣りを取ったら、それぞれはメニューごとのカウンターへと向かう。


「はいはいはい。券だしてちょーだいね!」

 向かった先では、牙の生えたおばちゃんがしゃもじを持って待ち構えていた。パートで働いてるゴブリンのおばちゃんだ。彼女はいくつかのカウンターを日替わりで担当しているようだが、今日は定食カウンターの担当だったようだ。

「はい、これお願いおばちゃん」

「まぁまぁ、トオルちゃん。どう? 大学慣れた?」

「うーん。そこそこですね」


 おばちゃんとは大学に入ってからよく話すようになり、時折近況を報告しあったりする。一人で食べたいと思うときはちょっとうっとうしいが、稀に具を多めによそってくれたりする程度には良い人だ。


「あらあら、そう! うちのバカ息子も、それくらい一生懸命受験勉強すればいいのにねぇー。じゃ、ご飯とみそ汁を取ってね」

「はい」


 既にカウンターに用意されたご飯、漬物を回収し、おばちゃんからサラダと生姜焼きが載ったプレート、よそわれたみそ汁を受け取った。そして俺は友人と再び合流し、奥のテーブル席へと腰掛けた。




「またおばさんに話しかけられたの?」

 と友人が言う。器にはニンニクとコショウとラー油が山盛りにかけられたラーメンが乗っている。味覚が壊れてやしないかと思ったが、指摘はしない。

「今日は忙しそうだったから、昔話は無かったけどな」

「そりゃよかった」


 昔話と言うのは、年取ったゴブリンが時々若者に話す愚痴のようなものだ。以前に一度、昔のゴブリンは扱いがひどかったー、蹂躙されてたー、だのの話を長々と話された事がある。自分も異世界学を受けているのでそこら辺の苦労はよく知っているが、せめて混雑時にはやらないで欲しいと思ったものだ。後ろに定食待ちの学生がイライラしながらこっちを見ていたのは、少しトラウマだ。


「そう言えば、サークルとか入った? 自分はゲーム研究会でゲーム作ってるよ」

「まだ入ってない。でも音楽サークルに入ろうかとは思ってるね」

「へぇ、ロックじゃん。ギター弾けないのにさ」

「ボーカルならなんとか行けるよ」

「……ボーカルだけじゃ、流石に個性弱いでしょ。楽器できた方が良いんじゃない?」

「うぅん。中古のベースとか買うべきか」


 食事しながら、友人との他愛のない会話を楽しむ。今日の会話内容は、サークル活動について。自分はバンドをやってみたいとかねがね思っているので数種類ある音楽サークルから一つ選ぶ予定だ。だが友人から指摘を受けたため、楽器の相場は調べておこうと思った。



 しかし食後、スマホで中古楽器の価格を調べていた時に事件が起こった。

「ぐぅ、中古でもめちゃくちゃ高い。バイト代も一人暮らしの家計で吹っ飛んでるから買いづら……」

「グヘヘヘヘ」

「!?」


 俺達の真横に小柄でやせぎす、それでいて腹が出張った緑色肌の汚いおっさんが立っていた。服装は褌のような物だけを履いており、その褌も明らかに衛生的によろしくない色をしている。


「オレ、ゴブリン。オメェ、イイモノ持ってル。コレと交換シロ」


 ゴブリンを自称する汚いおっさんは俺のスマホを指さし、どこからともなく取り出したこん棒を差し出してくる。こん棒の質は著しく悪く、素人がそこら辺の気を使って手作業で作った物にしか見えない。


「い、いえ。いりませんけど……」

「ゴブブ。ワガママ野郎ガ。ナラコレナラドウダ? 欲シイだロウ?」


 俺が顔を歪めながら断ると、おっさんが次に取り出したのは角の生えた巨大な猪。こんなでかい物、どこから取り出したんだ……とも思ったが、どうやら転送魔術を使っているだけのようだ。


 いずれにせよ、こんなものはまったくいらない。確かにこう言ったゴブリンの森に住んでそうな猪は、物珍しさから高級品だった時代もあるだろう。しかし今は狩り技術や養殖技術の向上で肉は出回り、珍しくもなんともない時代。しかも味もいまいちなため、飽食の現代では「なんでこんなの有難がってたんだ」と言われる安物肉となり果てているのだ。

 余った肉をここの日替わりメニューに使用しても、「肉が硬すぎ」とクレームが来るだけで終わるだろう。


「いりません」

「ブブブ、糞野郎っ! ナラ仕方ナイ。トッテオキをクレテヤッテモイイゾ」


 俺が再び断ると、あやしいおっさんはイライラした表情を浮かべた。しかしすぐさま得意げになり、どこからともなく本を取り出した。


「コレハ究極の魔術・『アルゴ・キリンガ』ダ。鹿ダロウガ敵国ノ王ダロウガ、ドンナ奴モ殺セルゾ。究極ノ魔術ダゾ!」


 アルゴ・キリンガ。異世界の歴史では有名な魔術で、様々な国の王の暗殺にも使われている魔術。悪魔族が独自に開発した独自魔術と呼ばれるもので、種族の間では秘匿とされた究極の魔術--。と、言う触れ込みなのだが。


「……あー。使ったらすぐ自分の血が噴き出て自滅する奴ですよね」

「な、何!? 何故貴様ら如きがそれを知っている!?」

「いや、異世界史の授業で普通に習いますし。というかそれ、魔術妨害に弱いからここいらじゃ使えないですよ?」


 アルゴ・キリンガはその性質ゆえ、日本やゴブリンの森では使用不可能の禁止魔術に指定されている。これらの術はどこにいても使えないように魔術妨害を常に張り巡らせているらしい。

 そういう訳で、そんな魔術書なんて貰っても魔術的価値はない。そもそも日本の図書館で申請すれば似たような魔術書は簡単に見る事が出来るので、歴史や文学的な価値すら薄い。


「な、なぜだ。我々の魔術を何故貴様如きが……?」


 ここに来て、ようやくおっさんの正体がわかってきた。どうやら彼はを知らないよそ者らしい。おそらく自分の知っている古風なゴブリンの姿を模して、スマホなどの異世界に無い未知の機械を収集する詐欺集団辺りだろう。確か大学の掲示板にも、そんな注意喚起が張り出されていた覚えがある。大麻取り締まりポスターの横にちっちゃく、だったが。


 すると。


「……ちょっと、君。話を伺っていいかな」

 僕達の元へ、守衛さんが来た。周囲の誰かが通報してくれたのだろう。まぁ、こんな怪しいゴブリンが居たらそりゃ通報するよな。


「ご、ゴブ? ゴブは、ゴブリンダカラ関係ナイゾ!」

 おっさんはあからさまに片言になる。食堂のゴブリンおばちゃんですら普通に喋れてるのに、こいつはゴブリンを何だと思ってるんだろう。


「変だなぁ、ゴブリンは日本と交流した頃からそういう服装はやめたって聞いたぞ? なんで今時の服を着てないんだい?」

「ご、ゴブゴブ。オ、オレハホコリ高いゴブリンダシ……。」

「そう。じゃあ、名前と住所と電話番号知りたいから個人証明ができる奴出して。保険証でもいいよ」

「ほ、ホケ? デモ、ゴブ、ゴブリンデ……。ソンナ名前ナンテ無くて良インダヨ……」

「……そりゃおかしいなぁ。ゴブリンはもう戸籍に関する法律はきっちり完備してるから、名前はちゃんとあると思うけど?」

「エット。い、意味が分からん」


 守衛に尋ねられたゴブリンっぽくないゴブリンおっさんはうろたえている。やはり彼は、ここ最近のゴブリンの法律すら知らないで侵入したよそ者だったらしい。守衛はあきれ果てて、通信機を起動してどこかへ報告を始めた。


「――えー。七号館食堂にてあやしいデーモン族を発見しました。どうやら無断で敷内に立ち入り、学生相手に恐喝を行おうとしていたようです。更に敷内で神聖が必要な転移魔術を無断使用した疑いもあります。……はい、はい。ではそちらに連れていきます」

「がっ、ま、待て!? オレデーモンじゃねーし! ほら。見ての通り、ゴブリンだしっ!」


 デーモン族と呼ばれたおっさんは、あからさまに焦った。絶対にバレない自信があったのにあっさり看破されてしまったのが相当ショックだったのだろう。

 まぁ、変身魔術なんてスマホのカメラを通すだけでバレる三流魔術なので、誰かが通報の際に報告したのだろう。デーモン族はその辺りも良く知らずにスマホを要求していたのだろうか?


「はいはい。落ち着いてねデーモンくん。じゃあちょっとこっち来てねー」

「やだーっ! 俺はゴブリンだーっ! スパイに失敗したら死んじゃうーっ! ファイヤ、ファイヤーっ!!」

「おいおい、炎魔術使っても無駄だよ。ここ、魔術禁止なんだから」

「なんでーっ!?」



 ……デーモンと呼ばれたおっさんは、大声でわめきながら守衛に引っ張られて連行されてしまった。途中で守衛を燃やすための炎魔術を使っていたようだが、攻撃魔術が全面禁止されている敷内でそんな事も出来るはずがなかった……。

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