何を始めるために

 ともあれ、三人はギルドの目の前に立っていた。とても歴史と風情を感じさせる建物だ。大きい扉の左右には猛者としか思えない筋骨隆々の男、二人が剣を構え天高らかに剣先を向けていた。表情や立ち方一つでも逞しさと、威厳を感じる。そんな石像が先に迎えたギルド。突き当たりだった為もあるのか、辺りには他に建物がない。故に、余計にデカく感じる建造物は赤レンガで出来ており、何処かの歴史ある教会か、図書館を見ている感覚だが所々が朽ちて欠けている所がいかにも荒くれ家業と思わせる。

 ただ、窓を通して内から外へと漏れるオレンジ色の淡い光は、対義語のように優しい。


 ──此処がギルド……。すげぇ……。


 堂々と構える建物に圧巻され、感動し瞬きも忘れて建物を凝視したまま生唾を飲み込む。だが、そんな反応を示すのは寂しい事に裕也だけだった。

 慣れた手つきで、身長の倍はある両扉に手を翳すラハルも、感動一つしていない冷めたリアクションのリュシエルもそれらしい反応一つしない。

 気持ちが共有出来ないのはちょっぴり悲しくもあったが、何を言っても仕方が無い、とモヤモヤは胸に秘めつつ暫し見蕩れていた。


「ん? どうした? 入らないのか??」

 扉の前に立つラハルは、裕也達の方へと振り向いた。何故だか興味なさげなリュシエルも裕也の隣には居る。何も言わずに、ただ隣に。

 呼び声に我に返る裕也は右手を上げて歩き出す。

「お、わりぃ今行く! リュシエル、行こう」

「そうねっ」

 ラハルの背後に立ち、扉を開けるのを待つ。腰を屈めている事で、力はそれなりに使うのだろうと理解した裕也は隣に並び、扉を一緒に開いた。

 中は眩しい光が立ち込め、人柄による熱気なのか、それとも密度による熱気なのか、様々な喋り声と共に体の芯まで熱が伝わる。


 騒がしく荒々しい。ただそんな中で興味を唆るものが虜にして行く。香ばしい香り、鉄板で何かを炒める音、口いっぱいに頬張る姿。裕也は、辺りを見渡し目に光を宿し、

「なんて、美味そうなんだ……!!」

「ああ、ギルドッてのは一般人も立ち寄れるように食堂を営んでいる事が多いんだよ」

 そう言われてみれば、荒くれ者の集まりだと思って居たが小さい子供やカップル。色々な人達が食卓に笑顔を作っていた。

「──ジュルり」


「ん? リュシエル……ジュルりって……涎は拭けよな。一応女神様なんだろ??」


 耳が良い裕也は、女神の啜る音を聞き逃しはしなかった。可愛く思いつつも、突っ込まずにはいられない。

 リュシエルは、冷静に冷めた態度が一変。涎を堂々と手で拭っては裕也を睨み穿つ。


「涎なんか垂らしてないし!! 別に美味しそうとか天界にはこんな種類無いとか思ったとかそんなんじゃないわよ!! ただ、ほら! 下見よした──」

「んじゃ、色々支度が終わったら食うか?? 俺も腹減ったしさ」

「そ、そうね。あなたに倒れられちゃ困るし。いいわ、特別に付き合ってあげる。ふふん、有難いと思いなさい!」


 ──ははっ、素直じゃない女神だこと……。


「な、何を見てるのよ! さっさとすませるわよ」


 言葉と表情は相反して、笑顔だった。分かりにくそうで分かりやすい。そんな一面は裕也の心をホッコリとさせて自然と笑顔にさせた。


 何をする訳でもなく、ただ御飯を食べる。その行動に、ここまで鼻歌をバレないようにしつつ楽しみにする女神が何処にいるだろうか。と、裕也は、先行く背中を見つめつつ思う。


「ああ、分かった。早くすませようか」


 木材で出来た机に当たらない様に歩きつつラハルとリュシエルの後に続く。

 そして辿りついたのはレンガでできた壁に違和感のある鉄扉。

 その場所には扉と三人を隔てるが如く入口の象に負けないぐらい筋骨隆々な一人の成人男性が仁王立ちをしていた。

 門番かなにかなのだろうか? しかし、威圧感があるし怖い。ちょっとビビった裕也は、距離を取りながら見守った。

 慣れたように笑顔で話すラハルは、裕也の方を見て手招きをする。どうやら、話は終わったらしい。と、同時に男性が扉を鉄の軋む音を奏でながら開く。

「行くぞ、クロエ! リシャール!」

「お、おう!!」

 おずおずと、男性を通り過ぎる前に軽く会釈。

「──ダサッ……」

 吹雪の様に凍てつく言葉を鼻で笑いながら放たれて、裕也は表情をゲッソリと変えた。

「う、うるさいから! 仕方ないから! あんな、世紀末に出てきそうな人、強いから!!」

「あー、はいはい。そうよねー、怖いわよねッ」

 さっきの、恥ずかしげな表情はどこえやら、振り出しに戻ったかのようにツンケンした態度で先をゆくリュシエル。喜怒哀楽が激しいとは何か違うそんな感じに裕也は頭を掻きつつ付いて行く。


 扉を抜けると、長い廊下が一本伸びており突き当たりにはまた扉が見えていた。まるで、銀行の裏みたいな感じだ。

「な、ラハル。何でこんな厳重な守りなんだ??」

 さっきの男性も踏まえて、裕也は思った。そこまでする必要があるのか、と。そもそも、荒くれ者が集うであろうギルドに手を出す輩が居るのかと。

「ん? そりゃあ、物が物だからな? さっきも言ったが、魔物の中で生成される魔石が魔物を討伐する上で特攻キラーになる。普通の武器でも対抗できなくはないが、明らかに効率が違う」


以毒制毒いどくせいどくのようなものか??」

「ん? 何だそれは?」

「簡単に言えば、毒を用いて毒を制するみたいなものか? 魔物を倒すには魔物が一番と言う事さ」

 二人の声が反響して響く。特攻キラーについてはよくある話。そして、それが効率にどれ程の影響力があるのかは身をもって知っていた。

 だからこそ、自信満々に四字熟語を用いて格好をつけてみる。

「ぷぷ、無い知識を振り絞らなくてもいいじゃない」

「──おい、いい所を台無しにするなよ」

「ははは、本当に仲良いな。なんか見ているこっちが新鮮な気持ちになる。と、まあそんな感じだな? だが、魔石にも価値グレードがありランクが上がれば上がるほどより強力な武器が作れる。今回であった弩級の雷龍ファエドラがいい例だな。アイツを倒すには、そんじょそこらの武器じゃ燐を剥ぐことすら出来はしない──そして、その価値ある魔石は裏ルートを通して高値で取引されているらしいからな」


 どの世界にも裏があり表がある、こんな幻想的と感じだ世界ですら。裕也は現実を突きつけられて、心苦しくなる。ラハルが言っている事が全てならば、冒険者は魔物以外からも命を狙わね兼ねない。

 それでも復讐を選んだクロエ。彼は一体、どんな覚悟で選んだのだろうか。

 憎しみだけだったのだろうか?

 不意に、クロエを意識し、手のひらを瞳に写した。


「そうな……のか。なら気おつけ──」

「……ゲホッ!! ゲホッ……」

「おま、だ、大丈夫かよ? 咳き込んで! 苦しそうじゃないか」

 先を行くリュシエルは、前屈みになり激しく咳き込む。

 見てられない姿に裕也が背中を摩ると、涙目になり息を荒らげながら口を開いた。

「な、なによ? ここぞとばかりに人の体を摩って。流石、変態ね?? 私なら平気よ。ちょっと、変な所に空気が入っただけ」

「そ、そうか??」

「──ええ」

 裕也が、そっと手を離すと合わせるかの様に体を起こして歩き始める。

「ちょっと、私、ラハルに苦言を呈してくるわ。空気が悪い此処をいつまで歩かせるつもりって」


 軽く咳き込みながらリュシエルはラハルの側へと向かった。

 しかし、いつまでってそんなワガママを言われてもラハルが困るだけで何も変わりはしないだろ。

 咳き込みながらも、リュシエルワールドは凄まじいなと感心すらしながら一人、足を進め続けた。

 段々と近づく扉に向かって。

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誤り転生~チート能力は女神だけ~ 流転 @ruten01

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