笑劇的展開

 ここで一つ、裕也はいい事を思い付く。それは、出来る限りの情報を仕入れる、と言う事だ。きっと今の流れなら色々と教えてくれるはずだ、と思い立つ。

「なあ、歩きながらで良いんだが……俺達ってーのは何処で知り合い、最終目的ってなんなんだ??」

「そうか……。生い立ちすらも──いや、この事は知らぬが仏かもな……」

 含みのある言い方をされて、裕也は余計に過去と言う走馬灯が見たくなる。

 第三者目線として、野次馬のような感覚で気になった。興味が湧いた。だが、それを止めたのはラハルではなく後ろから聞こえた力無い声。

「あなた、軽い気持ちで人の過去に介入するのはよくないわ。特に今回の場合、私達は根強く繋がってしまったのだから。でも、どうしてもと言うなら聞けばいいわ」


 何を言いたいのだろうか。そして、何を伝えたいのだろうか。ただ、どんな人柄だったのか気になっただけで、それ以上も以下もない。裕也は、リュシエルの言葉の意図が掴めずに受け流した。

「ラハル、良いから教えてくれ」

「ははは、新しい人生を歩む良い機会かもしれないんだぞ? それでも知りたいのか??」

 長い息を吐き捨て、顔だけを振り向かせて言った。

 とても、寂しそうで、苦しそうで、現実に引き戻されたかのように力がない遠い瞳。裕也を写しつつも違う何かを見ている、そんな目をしていた。

 裕也は、もう一度リュシエルを見てみると、今はもう何も言う気配はなく余所見をしながら後を付けている、これを踏まえて頷く。

「そうか……。分かった、俺達が居た街は此処から四日ぐらい南に歩いた場所にある。そこは、第三国アスガンド領内にある街さ。と言っても、アスガンドに行くにはそこからまた歩かなくちゃならないけど。と、まあ俺達はそれでも不自由は無かった。自給自足をして、少ない街人どうしで手を取り合っていた。俺達三人はな? 幼馴染みなんだよ」


 ──幼馴染み……。


 思わず、裕也の表情筋が強ばり目元がピクリと動く。

 自分にも病弱な幼馴染みが居る。とても優しくて、病気だとは思えない元気な笑顔で逆に勇気をくれた。ただ、時折見せる曇った表情が、辛そうで、それが本心なんじゃないかと。心配をすれば『大丈夫』と答える彼女を側で見守る事しか出来なかった。そして今はそれも──。

 今、アイツはどうしているんだろうか、そんな事を話は逸れて考えていた。


「もっと、色々してやりたかった……な」

「どうした??」

 想いが露わになり、ラハルが反応をする。後ろで『言わんこっちゃない』と聞こえた気もしたが、急にされた問いかけに焦り気味で裕也は答えた。

「あ、わ、わりい。続きを話してくれ」


「ん? そうか……? 俺も此処からはあまり話したく──と言うか思い出したくないんだが……。魔物に襲撃されたんだよ、なんの予兆もなしに……突然にな? 血は雨の代わりに降り続いたであろう至る所に飛び散った跡。

 死体は雪のように積もっていた。百人程度しか居ない街だったが、奴らは生者を見つけては襲い掛かったんだ。狂った様に鍵爪を立て牙を剥き出し断末魔を楽しむようにケタケタと鳴き続けた」

 身の毛もよだつとはこの事を言うのだろう。日本じゃ考えれない殺戮。人外、魑魅魍魎。それが現実で起こっている事に改めて恐怖を覚える。

 自分達が襲われたのが、スライムだった事もありイメージが疎かだった。もし、あの時襲ってきたのがラハルが言うような化物だったのなら……。

 思い出し、考えながら振り上げた足は震える。


「俺達は全員、家族を殺された生き残りであり復讐者」

「家族……すらも──」

 そんなつもりは無かった。もっと軽い気持ちで冒険者になっていると思っていた。自分勝手に妄想し、突きつけられた現実に言い訳をする。

 それしか出来ず、かける言葉も何も無かった。この体にそんな過去があり、この三人は過酷な運命を歩いてきたと知った時、裕也の心は激しく痛み軋む。

 胸を押さえ、上がる息を抑えつつ冷静に務める。理由は特に無かった、ただ平常心を欠くほど失礼なものは無い。

 謝るのも変な話で、もう話さなくていいと切り捨てるのも無責任。ならば、最後まで聞かなくちゃ駄目だろうと、裕也は無言のまま耳を傾けた。

「リシャールは元々、体が弱く毎日の様に神に祈りを捧げるのが日課で。俺達はたまたま街から離れたその教会に居たから助かってしまったんだよ。ただ、その場所まで聞こえてくる悲鳴や呻き声はおぞましく恐怖でしかなかった。戻った時はもう……街から命を感じる事は」


「そうか……」

 そうか、それしか言えない、言える訳もない、言う資格がない。


 ──俺は最低だ。


 自分を責めるしかない。

 リュシエルは確かに言っていた。軽い気持ちで……と。その忠告を聞き流し、自分の考えを正当化し、勝手に物語を構成していた。

 ラノベやゲームのプロローグの様に、魔王を倒すと言う理由は国の為だとか名誉だとかそんな者ばかりだと思い込んでいた。それが。

 ──復讐者……。俺はどうすべきなんだろうか……。

 裕也は自分に苛立ちを隠しきれない。と、同時に人生について悩む。

 俺は、その真実を知っても尚、自分だけの人生を歩むべきなのだろうか。

 それじゃ、余りにもクロエが救われないんじゃないかと。


 無表情で居ながら、瞳の奥底では鎖のように裕也は裕也自身を締め付けていた。

「──馬鹿ね。これだから人間は。あなたはあなたよ」

 冷たい声、呆れたような態度。それでも、後ろから肩に置かれた手の温もりは優しく暖かい。

 救いの言葉があるのなら、今この時なのかもしれない。

 裕也は、自然とその手を握りとると振り返り、

「ありがとう」


「べ、別に謝る事じゃないわ。私のせいだし……なにより? 女神だし!!」

 女神と言うのを公然の場で堂々と発言するのはどうかと思いながらも、初めのような調子を取り戻した様子を見て、そっと、

「良かったよ」

「ちょ! 何が良かったよ、よ! 勝手に解決してるんじゃないわよ!! と言うか、手を離しなさいよ!! 背教者!」

 手を振りほどき、下卑た者を見る目でリュシエルが裕也を穿つ中、ラハルは笑った。

「ははは、なんだ。記憶をなくして異性に興味もてるようになったか?? それは幼馴染みとして実に喜ばしい」


「ん? どゆこと??」


「どーゆこともなにも、お前、男にしか興味なかったじゃん」


 ──ゲイ・ゲイ・ゲイ・ゲイ・ゲイ・ゲイ・ゲイ・ゲイ・ゲイ!! フォーッッ!!


「ってまさかのホモかよ!! どんなオチだよ!」

 今日一番の笑劇が走った時だった。

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