ギルド
気持ちの代弁者とも言えるリュシエルの発言。ただ、どう考えたって、持ち合わせがある様には思えない。だから、裕也もそれ以上言葉にするのを辞めたのだ。
「いや、見ての通りだ。今は持ち合わせがない」
それは、そうだろ。分かりきっていた事で、別に期待はしていない。
けれど、いくら知らない相手だったとしても慣れ親しんだであろう相手を放っておいて二人でコーバッツに頼みに行く事は出来ない。
知り合う以前ならいざ知らず、顔合わせをしてしまった以上、ラハルから逃げる事は出来ない。そんな勇気も非道も裕也は持ち合わせていなかった。
その為、次に考えていたのは野宿をするか否か。だとしても、吹き付ける風は今の段階でも冷たいと感じてしまう。と、なると夜をこの格好で過ごすとなると酷としか言えない。それが、言葉を切り出せない理由。
──どうしたものか……。
眉間に皺を寄せ、苦い薬を飲んだ様な表情を浮かべた末に苦渋の決断を告げようと結論を述べるため裕也は口を開く。
「しか、たないな。今日は三人で野宿をしよう」
「は? 何で野宿? 嫌だよ。宿に泊まろうよ」
女である、リュシエルがワガママを言うのは予想していた。想像出来ていたが、その文言を発したのは男であるラハルだった。予想外のイベントに裕也は声に詰まる。
冗談に聞こえなかったから余計に言葉を返せなかった。爽やかな笑顔が第一印象のラハルの表情。が、この時だけは笑顔が消えて冷たい視線が瞼の奥から覗く。その雰囲気もあり、声も冷たく感じる。人とコミュニケーションを取るのが大得意な訳でもない裕也は、急にマイナス方向へと態度を変えられると不安でしか無くなってしまう。
例えて言うなら、楽しく話していたのに急に怒り始めたりする。その逆ならば、愛想笑いで乗り越えられたが──。
ろくに人と接する事が無かった故の弊害とも言える。
「私達もお金はないわ。何か宛があるのかしら??」
明らかなワガママに、裕也が分かったと頷こうとした時に風鈴の様な芯があり優しい声が後ろから響く。救いとも言える声に裕也が振り向くと、疲れたのか膝を抱えたリュシエルが目だけをコチラに向けていた。
感謝しようと頭を軽く下げようとしたのもつかの間、後は自分でやりなさいと言うかのようにすぐ様目を逸らす。
でも、だとしたのなら余計に勇気を出さなくちゃならない。次は、どんだけ否定されようとも、折れずに、自分の意思を貫かなくては。と、拳を強く握り、怖いと感じながらもラハルの目を見て口を開く。
「そ、そーいう事なんだ。だから、悪いが野──」
「ははは!! なんだ、そんな事かっ」
しかし、裕也の意思は笑い声にもみくちゃにされてラハルの鼓膜から心に届くことは無かった。
悔しかった。せっかくリュシエルが用意してくれたチャンスを生かせなかった束ねる力がない自分があまりにも不甲斐なくて。その笑い声は、まるでそれを柔道のように体に叩き込まれている気がしてならなかった。
その思いは徐々に足の指先に力を入れ始め、握っていた拳は爪がめり込むぐらい握られる。
「だ、だから!!」
大きく出た声に、ラハルの笑い声は止まる。
「ちょ、な、なに怒ってるんだよ。落ち着けよ、な?」
顔を引き攣り、困った表情をラハルは浮かべた。が、裕也は怒ってはいない。もし、怒りがあるのなら自分に対してだけ。
「そ、それに持ち合わせが無くたって俺達は大丈夫だろ??」
──ど、どう言う事? 頼る宛があると言う事なのか??
裕也は、ラハルの発言に強ばった頬を緩める。と、同時に感情的になった自分が恥ずかしくなり謝りながら口にした。
「なんか、すまない……。んで、何で大丈夫なんだ??」
馬車の音と行き交う人々の声が聞こえる中、数秒間ラハルは黙る。その表情は、驚いているのか、それとも裕也の、言葉の意図が理解出来ていないのか。
実に呆気ないものだった。が、その表情は矛盾に裕也を不安にさせてゆく。
回答を待つ時間が長く感じ、秒数の倍は鼓動を叩く。
悪い事ではないのだろうが、もし中身がラハルの言うクロエでない事がバレたのなら。悪くは無いのだろうが、それでもそれがとても後ろめたく感じて仕方が無い。
裕也は、生唾を飲み込みながら、耐えきれずに先に口を開いた。
「いや、あの。なん、か、まずい事を言ったか??」
ラハルは、電池が切れた時計が再び動くが如く“ピクリ”と動いた後に、笑顔になる。その笑顔に安心を感じて裕也はホッと肩を撫でた。
「え、いや。わりぃわりぃ。お前は此処に来た理由を覚えていないのか??」
ここに来た理由。それは、裕也にとって一つしかなく。そして、その言葉は、最初から此処には来る予定だった事を示唆していた。だが、それをクロエ・ラハル・リシャールが決めていた事を裕也が知る由もない。
頭中には、世界線の如く、色々な選択肢がビジョン化されていた。
・素直に知らないと言う
・しらばっくれる
・適当に話を合わせる
・何かを言い訳に嘘をつく。
だが、もし、これからもラハルと付き合わなければいけない。と、なるとその場しのぎの嘘も言い訳も意味がない。最終的に思い付いた事、ファエドラと出会い瀕死だった事。それらを繋ぎ止め結び、出た答え。
それは──。
「すまない……。ファエドラ? だっけか、アイツに襲われて死にかけてから前の事をまるっきり思い出せないんだ……」
細々と、悔やむ表現を演じつつ目を下に伏せながら視点のみをラハルに送った。その発言に裕也では無く、ラハルはリュシエルに視線を送る。背を向けている裕也は見る事が出来ないが、その視線に気がついた女神は目を瞑り、数回首を横に振るった。
「──そうか……。二人して……。だが、まあ致し方無いよな。そもそも襲われたのは、リシャールで。それを庇ったのがクロエ、お前だ。記憶を無くしたとしても無事で良かった。そして──なにより……すまなかった……」
頭を深々とさげ、罪悪感に押し潰された様な震えた声。悔やんでいるのか、悲しんでいるのか、それは分からないがそれでもラハルの真剣な様子は真実なのだろう。
まさか、謝られるとは思っていなかった裕也は、キョドりながらも、
「い、いやいや! 謝る事じゃねぇって!! それより、宛があるんだろ??」
ラハルは、重い顔を上げるようにユックリと体を起こすと、涙で滲んだ笑顔で口を開いた。
「ははは、クロエ。お前は、記憶を失っても優しい奴だな。ただこれからは俺の役割である
──優しくなんかない。俺はラハル、お前を騙しているんだ……。
笑顔に覚えた罪悪は裕也の胸を容赦なく抉る。
胸が “ズキン”と感じる痛みを握り掴みつつも、ラハルが出した腕を見ると何か文字の様なものが見えた。
「
「あ、そうか。これはギルドに介入している
と、指を指されて見た腕には気が付かなかったが確かに何か書かれていた。だが、その文字はラハルとは異なるものだった。
「
「ああ、この言葉はギルドに入る時に自分に対する抱負って奴だな?? 英雄に憧れていたお前らしい言葉だよ。ははは。ッと、そうそう。証明になるのはこのインクなんだ。ギルドが独自に開発したものでな? ギルド内でしか出回る事が禁じられている光に当てると朱色に光るんだ」
「なるほど。で、それがどんな意味があるの??」
「んとな? 俺達、冒険者はいつどんなトラブルがあるか分からない。何せ魔物討伐を稼ぎにしている。主に魔物が鉱物などを溶かし中で生成した魔石。これが、魔物討伐をする武器の糧になる。それを俺達は稼ぎとしているんだが、換金する二割はギルド内に貯金をしている。それを引き出すにはこの証が必要って訳だな」
良く出来たシステムた。でも確かに、現実的に考えれば妥当なのかもしれない。
いつ何があるか分からない。それを身をもって知った今だから裕也は思う。
――貯金って、むっちゃ大事!!
「そうとなれば早く行きましょ」
立ち上がったリュシエルの気配を感じ裕也が頷くとラハルも続いた。
「んじゃ、ギルドで金を下ろして、まずは色々新調しなきゃだな!!」
ギルドに対する期待と、これからどうなるのか分からない不安が錯綜する中、裕也は街頭が明るく続く前を見据えた。
今何を言っても仕方が無い。と、胸に言い聞かせ、そしてリュシエルと約束をした事だけを繰り返す。
「約束は、守ってやる──からな」
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