イソラクロス

老人と若人


※注意!

本作はにぼしさん(@WizardFujii)の作品イソラとのクロスオーバーであり、終盤の重大なネタバレを含みますので、先にイソラをお読みしてからお楽しみいただければ幸いです→ ( https://kakuyomu.jp/works/1177354054884432580 )













「重蔵、安曇野事件をどう思う?」


「どう思うか、と問われてもな…… 評価することは難しい」



 実家の居間で、ウイスキーを片手にぽつりとつぶやいた兄からの問いに対して、西村重蔵数秒思考を巡らせてからそう答えた。


 安曇野事件、21世紀初頭。月面帝国と地球との戦争が始まった直後、日本という国家は混乱の極みに至っていた。月面から降下するイナーシャルアームド、崩れた政治バランスの隙間を縫って国土を奪おうとする近隣国家。


 70年以上戦争のやり方をしらぬままあり続けた国家は、時代の波に翻弄され、その身を食われ続ける哀れな生贄そのものであった。もしくは目をつぶり続けた代償をただ支払っただけなのか。



「安曇野警備保障が刀のみで国会議事堂を襲撃。死者こそ出なかったが重軽症者多数。制圧後、インターネットを通じて声明を発表後。首謀者は自決…… 潔いがやっている事はテロリズム以外の何物でもない」


「その結果に対して、どう思う?」


「兄貴…… それを言ってしまうのは私人としても、公人としても許されん事だと思う。どれほどの成果を上げたとしても、彼らが行ったことは単なるテロリズムに過ぎない。それを必要な毒と認めた瞬間。民主主義の本質は死に絶える」



 言葉を濁したが重蔵自身。安曇野事件は日本にとって劇薬であったが、大きな変化をもたらした事実を否定することは出来ない。国防の民間委託の流れは止まり、自衛隊を再編し国防軍が設立される。


 平和から逆行していると叫ぶものも居なくはないが、この激動の時代を乗り切るにあたり、この変化は決して悪いものではなかった。


 無論、この変化は強要されたものではない。あの事件を通じて様々な事を思った人々が、自分達で最善を考え、ぶつかり合った結果が今という時代なのだ。



「俺はな、重蔵…… 安曇野先生は手ぬるかったと思っている」



 ピシリ、と空気が凍り付いた。重蔵と、そして兄である健一郎も外務省における実働要員のトップに立っている公人で。もしもこの会話が盗聴されていた場合、立場が危険になるというレベルではない。



「兄貴、分かって言っているのか?」


「なぁ、今沖縄や北海道で何が起こっているのか知っているのか?」



 その事実を知っているからこそ、重蔵は言葉を止める。月面帝国の降下作戦とその被害によって目立ってはいないが、日本の両端はそのどちらもユーラシア大陸に存在する国家から、強い圧力を受けていのである。


 ほぼ毎日、武装した艦艇が了解に侵入し、国防海軍の威嚇射撃を受けて撤退を繰り返す。もしも月面との戦争が無ければ世界大戦の引き金になりかねない愚挙を、かの大陸の国家群は繰り返していた。



「兄貴、そこまで行くともはや無差別な拡大主義に踏み込みかねない。意味があるのなら負け戦も必要だろう。だがここで反撃を行い、開戦の火蓋が落ちればそれこそ日本という国家そのものが消えかねん」


「……分かっている、分かった上でこうも日本が侮られている現状が我慢出来ない」



 その顔はワイドショーで民衆に笑顔を振り向くものでも、外務省事務次官として活動する時のものでも、兄として弟たちを心配する時のものとも違っていた。


 怒りと、憎しみと似ていて、そのどちらでもない。それは悔しさが固められて生み出された表情である。



「俺はな、重蔵。日本を少しでも全うにする為に外務省を目指した。そしてその仕事に一生を費やすつもりでもあった。それだけの難事で、人生を賭ける意味がある仕事だとも思っていた――」



 既に氷が解け切ったウィスキーを健一郎は口に含む。それは楽しむ為ではなく、ただ酔う為にアルコールを体にとり込む、良くない飲み方であるのは間違い無かった。



「――それを安曇野先生は、たったあれだけのことで成し得てしまった。俺が目指すよりもずっと先に、日本は良い国になった。けれど、だからこそ。もっと先を目指せた先生が、何故あそこで止めてしまったのか」


「兄貴、それ位にしておけ。もう半分もボトルを空にしているだろう?」



 恐らく健一郎も分かっているのだろう。そこまで急性な変化を起こせば件の事件は劇薬ではなく、国家を殺す死の毒と化すと。それを理解した上で、あえてそれを口に出しているのだ。



「そう、だな。すまん…… 少し、喋り過ぎた」



 ふらふらと、健一郎は立ち上がり。自室に戻っていく。ウイスキーもそのつまみも出しっぱなしで行ってしまうのはいつものことで。重蔵は大きなため息をつき、チーズを一切れ取り上げて、口の中に放り込んだ。


 いつもと同じチェダーチーズが、今日に限って妙に飲み込み難く、重蔵は普段は飲まないウィスキーで無理やり喉に流しこむ。


 頭が痛いのは、慣れない蒸留酒を口にしたからか、それとも兄の危険な本音を聞いてしまったからか。どちらとも分からぬまま、彼は軽くその場を片付け、自分も部屋に向かう廊下に足を踏み入れる。


 ふと、外を見上げると月が地球を見下していて、それで浮かんだモヤモヤを形にする事が出来ぬまま、月を見上げることしか出来なかった。

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