古鷹クロス『一人見上げる夜空の星は』

空の棺と迷惑な弔問客(1/7)


※注意!

本作は成上さん(@nrkm_alicia)の作品戦闘機械古鷹とのクロスオーバーであり、1部終盤の致命的なネタバレを含みますので、先に戦闘機械古鷹をお読みしてからお楽しみいただければ幸いです→ ( https://kakuyomu.jp/works/1177354054886112023)


またルナティック・ハイを最後まで読んでいないと理解不能な描写が頻発致します。


ルナハイを最後まで、古鷹を1部まで読み終わってからお楽しみ頂くことを非常に強く推奨するとてもマニアックな作品です。















 大石夫妻の葬式は、しめやかに行われた。両名とも享年は70半ばと平均寿命よりは少し短く、天寿を全うしたというにはやや物足りないが。それでも前世紀から続く戦争の時代を生きた人間としてそれなりに恵まれている人生と表現されるだろう。


 僧侶の声が響くそれなりに大きな 斎場で、数少ない親戚として喪主に選ばれた彼はフォーマルな軍服を着込んだままため息をついた。


 なんやかんやで自分に役目を押し付けて逃げ切った双子の姉に恨みを念を送ってみるが。涼しい顔をして弔問客の中で彼女はツンとすまし顔をしていた。



 誰かがやらなくてはいけない立場だが、高度なテンプレートで運行される葬式という儀式において。何をするでもなく注目されて、お悔やみを申し上げられるのは随分と疲れる。


 そもそも、今葬儀が行われている2人とそこまで面識がある訳ではない。精々時々顔を合わせる程度。祖母の姉だと聞いている。けれどそれにしてかの推定老婦人は見た目が若すぎて、そもそも棺の中は空っぽなのである。


 突っ込みどころが多すぎるが、その全てを理解できる立場に自分はいない。だから釈然としない気持ちのまま。とりあえずの喪主として、つまらない時間が過ぎ去るまで耐えるしかなく――


 そしてそれが終われば弔問客からのお悔やみ攻勢だ。延々と続く似たような言葉の渦の中。取りあえず型通りの文句を返すマシーンと化して。どうにかその殆どを処理したあたりで彼女たちは現れた。



「貴方が、ハヤテさんのお孫さん?」


「はい、この度は大叔母夫婦の葬儀に際し。遠路遥々ご来場頂き誠に――」


「良いわよ。別に、私はそこまでお悔やみしているわけじゃないから」



 バッサリと言い切った老婦人相手に、彼は目を丸くする。一言で表すならば枯れてもなお美しさを保った古木といった印象。数年前に亡くなった祖母と比べると険があり同い年であったとしても、惚れはしないだろうが。

 

 少しくらい目で追ったかもしれない。その程度にかつての美しさを感じさせる良い年の取り方をした老婦人であった。それと比べれば、隣の老人は印象が薄い。さっぱりとした顔立ちに眼鏡が組み合わさり、どことなく茫洋とした印象を受ける。


 どちらも揃いの喪服を着ていたが、お似合いというにはややバランスが悪い。



「もう、ナナカは本当に。ごめんね? けどちゃんと来るくらいにはツバサさんたちの事を気にしてるんだけど……」


西は余計なことは言わないで」


 ナナカと呼ばれた老婦人の険の強い印象が、そのまま刃になって西村と呼ばれた老人は首をすくめた。彼女たちの関係はなんなのだろうかと想像するが、まだ20歳を過ぎたばかりの若造では想像することも出来ない。



「それで、一つ聞きたいのだけれど――」



 老婦人の口元が吊り上がる。それは獲物を甚振るハゲタカのような。間違いなく自分の祖母ならばそんな顔はしないと。少なくとも自分には見せないと断言できるタイプの笑みだ。



「ツバサさんの棺桶は開けられないのよね?」



 息が止まる。このナナカと呼ばれた老女は。真っ白な白髪をまとめ上げ、美しい顔に年月の皺を重ねた女性は何をどこまで知っているのだろうか? 未だ終わらぬ戦争の時代において。


 自分の大叔母は、齢70を超えてなお少女の形を保っていた怪物は一級の軍事機密として扱われている。それは詳細を知らぬ自分ですらわかる事だ。だからこそ彼女達は滅多なことでは人前に出ることなく。静かに二人で暮らしていたのだから。


 断片的な記憶が蘇る。関係者だからと使い走りとして何度か訪れた小さな家。


 年月を経て削られた巌そのものな年老いた男と、祖母と同い年と言われても質の悪い冗談にしか聞こえない眼鏡をかけた、金髪でポニーテールの少女。彼らの関係は法律上夫婦になっていた。


 けれども時折訪れる彼ですらわかる程に、二人の関係はままごとに見えて――


 現実逃避を止めて、改めて目の前に立つ老女達に向き直る。果たしてどこまで、どう何を話せばいいのか。足りない頭を回して考えるが、上手い言葉が出てこない。



「ああうん、そんなに君は気張らなくて良いから。ちょっと自分達は思い出話がしたいだけというか―― これからちょっとだけ時間を貰えない?」



 西村と呼ばれた老人が、差し出した助け舟についつい乗って。彼は喫茶店を目指すことにした。喪主が居なくなり多少面倒な事になるかもしれないが。8割がた自分が進めたのだから、残りの2割は姉に頑張ってもらおうと。そんなことを考えながら。





「それで、どこから話せば…… エイリアン戦争、あるいはルナリアン戦役って言えば、ちゃんと通じるかな?」


「まぁそれは、流石に。一応軍人なので」



 90年代半ばから始まり。そして1999年に世界を巻き込み。そして今もなお世界中でその後始末が続いている。それは彼らにとって、ナナカという名前の老女にとって、西村と呼ばれた老人にとって。


 あるいは自分の祖母たちにとって、文字通り生きて来た時間である。自分たちにとっては半ば歴史になっていて、その上で語るにはまだ近い。そんな時代。



「エイリアンとルナリアンの違いに関しては、まぁ語っても仕方ないかなぁ。人とエイリアン、どちらが主体なのか程度の違いしかないし」


西は話がくどいから。先に進めましょう」



 コーヒーを一口。そこまでは絵になる老女だったのに。渋い顔をして砂糖とミルクをガンガン突っ込み始めた辺りから。彼女が随分と見た目に反して残念な人間である事を理解する。


 斎場に併設された喫茶店は、本来ならば故人を忍ぶ為の場所なのだろう。けれど席に座る人は疎らで、自分が聞く限り大石夫妻のことを話している人はいない。随分と慕われていなかったのか。あるいはそれほどまでに世を捨てていたのか。



「まぁ、ツバサさんはエイリアンで、その中でも最過激派。いや一番の危険人物と目されていた話は聞いている?」



 その言葉で、ようやく彼は目を反らしていた現実を直視した。そもそも大叔母あのひとは人間ではなかった。エイリアン、月面からやって来た怪物。あるいはこの星に命を振りまいた箱舟の同乗者。あるいは――


 生命と認められずに、超越知性から見捨てられた命の残骸。


 肉体を持たず心のみで生き永らえた彼らは、歪に肉体を得て、エイリアンとして。あるいはシステムとして人に取り込まれ、ルナリアンとして。どちらも地球の生命、人類の敵として振る舞った――


 ガチャガチャと頭の中でピースが組みあがり、ダラダラと背筋を汗が流れる。


 教科書に直接書いてあったわけじゃない。けれど軍人として、あるいはかつてエイリアンを倒した指揮官の孫としての立場で得た情報が、西村の言葉でそう形になってしまう。



「つまり、西村さん達は知っているんですね?」


「うん、彼女がエイリアンで。そして間違いなく人間であったことを」



 そして、眼鏡をかけた柔らかな顔から放たれた。訳の分からない言葉に、再び彼の脳味噌はフリーズしてしまう。この人が何を言っているのか分からない。彼女達が、自分の大叔母大石ツバサとどんな関係があったのか、彼は知らないのだ。



「西村、言いたいことは分かったから。ちゃんと説明して」


「うん、そうだね。別に彼を困らせたいわけじゃないんだけどさ」



 西村の顔はあるいは祖母の笑みともまた違った優しいものであった。それはかつてを懐かしみながら、今を続けようとする。そんな顔、ほんの少しの欲が入って歪んだ。だからこそ人間らしい表情。


 カップを持ち上げて、コーヒーを一口。



「それじゃあ、語ろうか。35年前に起こった、月と地球の最後の戦争を――」



 これは、誰かが語り継がなきゃいけないお話だからと、西村は笑った。

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