とある剣士な少女の話(本編1-2まで読破推奨



 実のところ御剣那奈華みつるぎ ななかにとって剣には深い意味などない。


 物心がついた時点で、いや生まれたその瞬間から、刃物で人を殺す方法を理解していた。いささか過剰な表現になるが、彼女の家はそういう子供を作るため血筋を重ねていたのだから。


 最初はただの酔狂。明治の初めに剣術を好む豪商が衰退した剣術家の血を練り上げることを思いつき、その果てに生まれた最高傑作が彼女なのである。



 ただし、幸か不幸か。それとも極まった結果なのか――



 彼女は殊更剣を好むことも、嫌うこともなかった。それは息をすること、歩くこと、血が全身を廻ることをどうこう思う健常者がいないのと同じ。


 だがそれは剣の道を志ながら、彼女に及ばぬ才しか持たぬ人々から見れば傲慢に見えたのだろう。道場に通う門下生、同じ御剣の一族からは負の感情をぶつけられた。


 辛うじて彼女の家族たちは彼女を否定はしなかったのだが、それは一種拒絶に近い腫れ物として扱われる。



 中学の時に剣道による全国制覇を目指したのは、とりあえず出来ることをやった結果でしかない。しかし才覚のみで勝利し続けた結果得られたものは、より深い断絶。


 だから彼女は高校入学時に専門科目で軍事教練を選択した。授業料無償、衣服住完全補償、面倒な御剣という場所から距離を取る為に。そしてナナカはその場所で生まれて初めて ――敗北を知る。





「う――そ?」



 IAの戦闘も極論すれば間合の奪い合いである。無論彼女の最も得意とする素肌剣術と比べれば致命傷は受けにくい。けれどだからこそ、運の介在する要素は低く、その勝敗は純粋な実力が出る。


 戦場は校庭、空間が限られ遮蔽物もない彼女にとって最良の戦場。しかしそれなのに間合いが詰められない。学んだ時間は同じ、刀を振るうのと同じとは言わないまでも相応にナナカはバンガードを使いこなせていた。


 5m近い巨人を、操縦桿とペダルを使って操縦するには一種の才能が必要で。彼女はそれを過不足なく持ち合わせていた。繊細に動く指先、直観的に姿勢を理解する平衡感覚。相対速度と操作のタイムラグを理解した上での反応速度。


 100年間一族が積み上げた剣術への適応をほぼそのまま生かす事が出来る。


 だがその上でナナカの前に立ち塞がる、人生で初めて出会った"敵"は間合いを支配し、彼女に剣を振るう機会を与えず、一方的に攻撃を当て続け勝利して"魅"せた。



(理屈は分かるけれど…… そこまでやれるの?)



 相手の間合いに入らず、距離をとって一方的に攻撃する。それを続けるには絶対的な格差が必要である。機動力、情報、戦術etc…… そして同じ機体、同じバンガードで、同じ情報を与えられた上でそれをやり抜いた事実は――



(文字通り、格が違う)



 彼女にとってそれは人生で初めての敗北。剣で負けたことはなかったし、それ以外ではそもそも戦ったことがなかったのだ。



(相手、誰だっけ?)



 入学してから既に3か月が過ぎ、夏になろうとしているのに、未だに彼女はクラスメイトの顔と名前が一致していない。そもそも興味がなく、覚える意味もない。


 だから初めて彼女は他人に興味を持って、バンガードに組み込まれた状況端末を開いて相手の名前を確認する。西村巧にしむら たくみの三文字は、こうして彼女の心に刻まれたのであった。





 それから、自然とナナカはタクミと過ごす事が多くなっていた。単純にタクミの操縦についていけるのが、彼女しか居なかったのと、そもそも彼女が消極的に突っかかっていたのがその理由である。


 直接的に言葉で対立するのではなく、IAの訓練時、一挙一動をその目で追って、見て学ぶ。関係が変わったのは、それでも追い付く事が出来ずにナナカがタクミに教えを乞うたのがきっかけだ。



 思いのほか簡単にタクミは彼女に操縦の手ほどきを行い、むしろ喜んでいるようにすら彼女には感じられる程で、何よりも彼女の剣を褒めたたえた。


 初めての敵が、初めての理解者に変わるまでにかかった時間は1か月。


 互いに持つ業を認め、互いに教え合い、互いに高め合い。夏が終わる頃には教師ですら相手にならない操縦士が二人仕上がり。そしてそれに伴って、二人の仲は深まっていく。



(まるで、恋に落ちているみたい)



 そんなセンチメンタルな言葉を思い浮かべて、そこでようやくナナカは自分が恋に落ちている事を理解する。ただしそれは友情と、尊敬と、そして依存が混ざって、どこからが恋なのか分からないもので――


 だから彼女はそれを口にせず、ただ彼の隣に立つことを決意したのであった。

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