超幸福長生論

稲光颯太/ライト

第1話

 人間とは、楽しい時間は短く、苦しい時間は長く感じる生き物である。

 例えばここに寿命の同じ二人の人間がいるとする。片方は自分の好きなことをして日々楽しい生活を送り、一日経ってもまだ半日しか経っていないように感じる。もう片方は普段は特に楽しいこともなく、一日を終えるのにも二日ほどの長さを感じるような生活を送る。彼らの生まれたばかりの寿命を百歳とすると、前者は五十歳になったとき脳がまだ二十五年しか生きてないと勘違いし、結果二百歳程度まで生きる。後者が五十歳になったとき、脳がもう百年くらい生きたと勘違いし、結果五十歳くらいで死んでしまう。つまり、楽しいことだけして生きていれば、人間誰しも長生きできるのだ。


 2146年のある日、世界的に有名なF博士によってこの論が提唱された。

 学会では、何を馬鹿なことをと一笑されたが、F博士により世間一般にこの論が公表されると人々の間で大きな話題となった。間違っていると主張する者が大部分を占めていたが、科学的根拠があると言い出した科学者がおり、良い考えだと肯定する政治家が現れ、マヤ文明の予言にも存在するだとか言い出す占い師が現れた。今や世間の拡散力には目を見張るものがある。この論はどんどん人々に受け入れられていって、人々は苦しみを捨て楽しむことに執着するようになった。

 大人達は仕事をAIやロボットに任せて娯楽グッズばかり作らせ、子ども達が学校を休むことは全く特別なことではなくなっていった。先生たちも特に咎めることもなかった。

 人々に受け入れられたとはいえ、この論に反対して楽しもうとしない者もいたが、そのような人間たちは周りとの差にストレスを感じて早死にしたこともこの論の普及に拍車をかけた。

 その結果、長寿大国日本などの平均寿命は百歳を超え、超絶高齢化社会が訪れることとなった。

 皆が娯楽を求めて出したゴミや環境の悪化は国々によって巧妙に隠蔽されていった。政府の中には環境を悪くすること、そしてそれを隠すことが楽しくて仕方がない人達がたまたま大勢いたのだ。汚水を海に垂れ流し、砂漠を拡げ、森林を丸裸にし、南極の氷を溶かし続けた。人々は目に見えない環境悪化に、目を瞑るどころか気づかないでいた。


 百年、二百年と経ち、世界の平均寿命は百五十歳を超えた。総人口は二百億を突破した。貧しい国はそれほど貧しくなくなり、裕福な国は度を増して裕福になり、すべての国の平均寿命も延びた。どんどん人間は長生きになっていった。

 しかし、その一方で急速に寿命が近づいたものがあった。

 地球である。

 2146年には人類が絶滅しても地球は無くならないと言われていたのが、地球滅亡まであと数十年と言われるようになった。


 それから十年と経たずにその日は訪れた。

 太陽が無くなったのではないかと勘違いしてしまいそうな程、世界中の空が真っ暗な日だった。火山という火山が噴火し、土はすべて干からび、湖には水が無くなり、大量の雨が降り続けた。すべての国で超大型地震が発生し、山以外は津波に覆われ、稲妻が空全体に駆け巡り続けた。

 雪が溶け切った世界一高い山の頂に避難し、運良くまだ死なずにいた人間がこう叫んだ。

「神様、どうか人類をお許し下さい!人類全員でどんな罰でも受けますので、どうか絶滅だけはさせないで下さい!私たちをお救いください!」

 その直後、世界最大の娯楽施設のオブジェがとてつもない強風に飛ばされてきて、その人間は潰されてしまった。


 自らの欲望で一人一人の命を伸ばした人類は、その欲望により地球の命を縮めてしまったのであった。

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