私は女の子、影は男の子

矢多ガラス / 太陽花丸

私は女の子なのに、私の影は男の子でした。

私は女の子、影は男の子




私は不思議でした。


「やあ、今日も元気かい、アキラちゃん」


影は私にそう話しかける。


「まあまあかな、アキラくん」


私は女の子なのに、私の影は男の子でした。


「僕がいつでも守ってあげるから」


影の少年は腰から剣を抜くと、えいえいと素振りをしてみせます。


「ありがとう、アキラくん」


実際に彼は強かった。

男の子と互角に戦うし、犬に怯えない。何より、ブロッコリーだって食べれちゃう。

それは彼が何にでも頑張り、努力していたからでもあった。

彼は私の戦士。強くて、優しくて、私が霞んでしまうほどの働きものです。


「なんで私達、逆じゃなかったんだろう」


たまに私はポツリと呟きました。


「え?」


それを聞くと、彼はいつもメソメソ泣き出します。


「君が影だったら、僕は君を守れないじゃないか」


メソメソと泣き続けます。


そんな彼を見たくないから、私はすぐに、今のは嘘、と言うのでした。

すると元気を取り戻し、彼はいつも通り働き出します。そしてどんどん私は霞んでいくのです。


ついには誰も私のことが見えなくなりました。


そんなある日、


「な、なんだって!? 僕には出来ない!」


影の少年は無理を強要されていました。

なんと、屋敷に現れたお化けを倒して来いと言われたのです。


「僕には彼女がいる。彼女を危険に晒してまで、そんなところに行けない」


しかし誰も私のことが見えないため、影の少年は嘘付きの臆病者だと責められます。


「行こう。私は大丈夫」


彼が馬鹿にされるのを見ていられません。

嫌がる影を引きずって、私はお化けの住む屋敷へと向かいました。


そして真夜中。屋敷にはお化けが、女の子の幽霊がいたのです。

彼女はシクシク泣きながら襲いかかってきました。


影の少年は戦います。私を庇いながら。


それは長きに渡り、ついには夜明けが来そうでした。


「ガンバって! もう少し」


幽霊は朝日を浴びれば消えてしまいます。

逃がさなければ私達の勝ちです。


幽霊の女の子は焦ったのか、動きに無駄が出てきます。

それを見逃すアキラくんではありません。彼女の肩を、剣が突き刺しました。


「…え?」


痛い。私の肩から血がドクドクと流れていきます。


「そ、そんな馬鹿な!?」


驚きの声を上げるアキラくん。

うずくまる幽霊と私。

影の少年はどうしたらいいか右往左往し出します。


「……あ」


そんな彼の視線が、部屋に飾ってある鎧に止まった。


「あれは、そんな、そうだあれは ―――― 」


影の少年はぶるぶると震え出し、


「 ―――――――― あれが僕だ。僕だった」


突如、固まって動かなくなる。


「…な、何を言って ―――― 」


私は痛みに耐え声を絞り出します。


「ふはははは! 馬鹿な小娘めが!

 あれが、あの幽霊が本来のお前の影。

 俺こそが、俺こそがかつて噂された化け物である!

 無垢なお前の影として入れ替わり、貴様を乗っ取るつもりだったのだ。

 人間になるために!!」


影は剣を私に向けて振り上げ、


「ひぃっ!」


私は目を閉じ、それを受け入れるしかなかった。


ザシュリ


「…………」


私は目を開ける。

私の足元には、シクシク泣き続ける女の子がいた。

先程まで幽霊だった女の子は、私の影として、そこにいた。


「ふはははは! やったぞ、私は人間に、人間になれたのだ!」


そこには自らの足を切り落とし、動けないでいる影の少年がいた。


「な、なんで」


いずれ朝日が昇る。

私から切り離された彼は、太陽の光で消滅してしまうだろう。


「俺は、俺はお前が大事だ!」


影は叫ぶ。


「え?」


叫び続ける。


「これは、これこそが、人のいう心なのだろう?

 いくら人を食い殺しても得られなかった、これが愛なのだろう?」


影は自分の胸を、苦しそうに押さえる。


「俺は、この心に従う。お前を死なせてはならん!」


太陽が、昇り始めた。


「あ、アキラくん…!」


彼の体が燃え出す。

あれが私の影であったら、火だるまの後、影のよう真っ黒になるのは私だった。


「無垢な少女よ。喜べ。偽物は去る。

 俺が奪っていた存在も、お前に帰るだろう」


アキラくんは燃え上がる。

同時に、その声は徐々に弱々しくなっていく。


「待って!」


私は何か言いたかった。でも、それがよくわからない。


「あなたがいないと、私、どうするの?

 登校中、犬に吠えられて恐いよ!

 声の大きい男子に言い返せないよ!

 ブロッコリー食べられないよ! グリーンピースもやだよ!

 ねえ、アキラくん!」


くはははと影は笑う。


「俺はお前を借りていたにすぎん。

 俺に出来て、お前に出来ないことはなかった」


私はぐずぐずと、


「でも…、でも……」


私はシクシクと、


「……うえ…お願い、アキラくん」


泣き出す。


「死なないで」


影は陽炎のように揺れていた。


「……今までごめん、アキラちゃん。

 こんな僕に、そんな言葉を、ありがとう」


そして、アキラくんは消えた。


そこにはシクシクと泣き続けるアキラちゃんの影と、


「………ぐす」


涙を拭い、立ち上がろうとするアキラちゃんがいるのだった。


帰るとみんな、影の少年のことも、屋敷のお化けのことも忘れていた。

彼のことを覚えているのは、アキラちゃんとその影だけだった。


それからさらに数週間が経ち、


「ブロッコリーにがいよぅ…」


影が言う。


「うっさい、私は食べるの!」


アキラちゃんが怒鳴る。


「犬 恐いよう」


ワンワン ワンワン


「………!」


く、くぅーーん きゃぅわーーん


アキラちゃんは睨んで追い払う。


「もう走れないよぅー」


なんとかしてついてくる影。


「ペース上げるわよ!」


タッタッタッタ


「ひいぃーーーー」


アキラちゃんとその影は、…その、仲良く元気にしているようだ。


今のアキラちゃんは、頑張り、努力していた。

影に隠れていた時とは違い、積極的に行動している。


「アキラちゃん自分に厳しいよぅ」


勉強の復習をやりながら影が言う。


「あんたがアキラくんぐらいになったら手を抜いてあげる」


ぼやく影を気にもとめず、アキラちゃんは手を緩めない。


「目標が高いよー。もっと低い人を目指そうよー。

 楽・アンド・ピースだよーお」


影が悲鳴を上げていた。


「…ラブ・アンド・ピースでしょうが。

 まったく、言葉だけは達者になっていくんだから。

 ちなみに、私は必要なら戦うわよ。馬鹿のひとつ覚えなんて、私は嫌だもの」


たとえみんなが忘れても、アキラくんとの思い出は、ずっと、アキラちゃんとその影が覚えているのだった。


人になりたかった影。

かつて噂された屋敷の化け物。

彼の全てが正しかったとは言えない。

でも、心を手に入れてからの彼は、その生き様は、尊敬できるものだったと思っている。


私は、自分の心が腐らないよう、無垢な私が再び騙されないよう、今日も彼を目指すのだ。

心が芽生え、人として死んでいった、私の戦士を、その生き方を。


私は女で、彼が男でも、努力する生き方に、性別の違いなんてない


私はそれを知っている。






物語 ――――『私は女の子、影は男の子』―――― 終わり



 

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