成人年齢引き下げについての

私は、選挙権の年齢の引き下げによって19歳から選挙権を行使できるようになった最初で最後の代である。今回は、成人年齢の引き下げについて、賛成の立場と反対の立場から考察していくことにする。

まず、賛成の立場であるが、成人年齢を引き下げることによって、高等学校を卒業した後に就職しても、一人の大人として扱われることになり、子ども扱いされなくなるという利点がある。実際には新米であるために色々と上司の言いなりになることは多いが、成人年齢が引き下げられることによって飲酒可能年齢も引き下げられれば、酒の席でも大人として意見を交わすことが出来るであろう。そして、酒の席で仕事上の良いアドバイスを得ることが出来るかもしれない。私の父は、高校を卒業した後、調理師として働いていたが、そこで18歳の時に飲み会で初めて飲んだと聞かされた。法律上では未成年の飲酒は固く禁止されているが、仕事上ではいくら良心的な人でも逆らえないことも多いであろう。今の世の中でもその事を守る為にサークルの飲み会や仕事上の飲み会に参加しない人はいるだろうが、周りの目を気にする日本人の特性であろうか。飲み会に参加して、甘いカクテルをお酒だと知らずに飲んでしまう人もいる。成人年齢を引き下げるならば、飲酒可能年齢も引き下げる方が良いと私は思う

次に反対の立場であるが、現代の若者は大人になれなかったり、なりたくないと考えているのではないだろうか。何故、そのような事が言えるかというと、近年、荒れる成人式が増えているからだ。では、その「荒れる成人式」というものはいつから起きているのだろうか。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部の山口浩教授の調べによると、成人式の帰りに暴行事件等が発生する事は以前からあったが、成人式中に問題行動が見られるようになったのは約20年前ということであった。では、その時代の不祥事を簡単に紹介していくこととする。まず1996年には、栃木県宇都宮市で成人式の記念撮影をしている際に、カメラマン助手に撮影場所でふざけていたのを注意されたことに腹を立てた暴力団員の男が逮捕された。1997年には、長崎市の「二十歳のつどい」でアトラクションの邪魔をしたり、一升瓶片手に飲酒したり、指定されていない場所での喫煙、果ては会場内で新成人同士の喧嘩沙汰で警察が止めに入る事になった。山口市の「新成人のつどい」でも式の終了後に三人の若者が壇上で座禅を組むポーズをしたり、舞台から飛び降りたりした。福岡県直方市では例年余りにも荒れるので成人式への参加を申込制にしたらしいが、それでも一部には大声で会話したり、携帯電話の通知音が鳴ったり、教育委員会の方に注意されても口ごたえする人もいたようだ。その他各会場では、信号無視や煙草の吸い殻のポイ捨て、食べ散らかし、飲み散らかしが目立ったようだ。 次に2015年、2016年の「荒れた成人式」についてどのようなことが起きたか簡単にまとめていくことにする。まずは2015年であるが、1996年の元祖とも言うべき宇都宮の一件と似たような事件が発生した。岐阜県美濃市の成人式終了後、地区別の記念写真の撮影で、その全ての写真に写ろうとした新成人2人がカメラマンに注意されて逆上、暴れた上、取り押さえようとした市の職員にも怪我を負わせた。酒を飲んでおり、会場に木刀を持ち込もうとしたり、市長にもヤジを飛ばしていたそうだ。次に2016年だが、茨城県水戸市の成人式で議事進行の妨害行為や警備員との小競り合いが起きた。成人式の実行委員長に対して、「おめえが、あいさつしてんじゃねえ。このやろー。」などと拡声器で叫びながら、警備員の制止を振り切り、壇上に上がって妨害行為に出たそうである。警備員によって降ろされた後、実行委員長は話を続けて、荒れた人達に注意するようなことを言うと「てめーが代表じゃねぇ、このやろー」という罵声が聞こえた。そして彼らの暴走はエスカレートしていき、スピーカーの設置台に登り始め、機材を壊し始めた。

彼らは会場にて焼酎を飲み続けて酔っ払っていたそうだ。警察官との説得によって彼らは頭を下げて事態は収束した。

では、そもそも成人式はいつから始まったのだろうか。成人を祝う行事というものは日本特有の風習であり、アメリカを始めとする西洋諸国には無いようである。貴族の元服(初冠)や裳着は奈良時代あたりに始まり、庶民では褌祝という儀式が行われていたそうだ。褌祝(ふんどしいわい、へこいわい)という儀式は、13歳前後で男女共に、褌親から男子は褌を、女子は腰巻を贈られる行事であった。ここで歴史の授業でよく聞く、裳着と元服の流れを調べてみることにする。まず元服は、初冠、加冠や烏帽子着とも呼ばれるものであり、時期は安定しなかったが、11歳から17歳の間で行われたものだそうだ。時代や身分によっても実施方法は異なり、平安時代には髪を結い、冠をつけ、中世武家では冠を用いず、その代わりに烏帽子を用いた。また一般武家では江戸時代になると烏帽子の使用も省略され、月代を剃って前髪を落とすようになった。加冠する者のことを烏帽子親と呼び、元服を迎える者のことを烏帽子子と呼ぶ。そして、幼名が改められ実名と呼ばれる成人後の名前が決まる。次に裳着だが、初潮が始まった女子が行う通過儀礼で一族をはじめとして大人になったことを披露する通過儀礼である。


女性は子どもが産める状態になった時に大人になる。この理論で言えば男性も精通をもって大人になるべきだが,精液は生理のように下着が明らかに汚れるものではない。ずっと子どもであると言い続けられる。そのため区切りとして通過儀礼が必要なのだろう。


しかし現在は,寿命が伸びて青年期も伸びているらしい。学はあってもまだまだ子どもということもあるだろう。何をもって成人になるのか。私たちは考え続けなければならない。



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短編集 恋住花乃 @Unusually_novel

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