短編集

恋住花乃

別れ


「私は誘拐されて、何故か記憶喪失になって3年もの間追っ手から逃げていました。でも決して1人じゃなかった。祖師谷そしがやさんという二十代後半の男性に守られながら逃げていたのです。」瀬戸魅波せとみなみは警察署に保護されて警察官に伝えた。母が迎えに来て涙を流しながら抱擁したが、その瞬間まで本名は忘れていた。


彼女を救った祖師谷という男は今はもう居ない。三年前にその男は祖師ヶ谷大蔵駅のホームの椅子で目を覚ました。

「ここは何処だ?俺の名前は一体なんだ?何故記憶がないんだ。仕方ないなぁ。本名を忘れたことなんて一度もないのに、なら俺の名前は今から祖師谷大蔵そしがやたいぞうだ。」彼はsuicaに10000円を所持していたが、それ以外は何もなかった。ただスーツ一着を来ているだけであった。


街中を散策してみる。すると何故か不良達が、殴りかかってくる。今までの記憶が無いためにこんなに喧嘩慣れしている自分が恐ろしくなる。

「お前から血の匂いがするんだよ!好戦的な!勝負しろ。」

自分が強すぎて自分が自分でないようだ。

自分は、どうやらただのビジネスマンではなかったようだ。

「それにしてもなんか息苦しいなぁ。変な匂いがする。」暫くして八百屋の前を通り、急に気分が悪くなって来た。とにかく、ここを離れよう。八百屋を離れて、違う場所に行こうとした。そんな時だった。「誰か助けて!」少女の悲鳴が聞こえた。記憶は無くても困っている人を助けなければならないという感情があった。


声のする方を追ってみた。黒いスーツの集団がブレザーを着た女子生徒を追っていた。

「こら!待ちやがれ!」サングラスをかけた5人の男が少女を追いかけていた。

「助けてやるか。」隣の路地を並走し、不意に曲がり角から飛び出た。

「イテッ!……おいコラ!何しやがるんだ!お前ら人間が俺たちに挑もうってか?」

「何があったか知らねぇが、人を困らせる奴は見逃せねぇ!」

「上等だ!死にさらせ!失血させてやるよ!」


5人相手に喧嘩をした。最初は普通に殴り合いである。

「ちっ!中々だな。」少し苦戦した。

「どうだ!これが強化された人間の力じゃ!じゃあ、死んでもらうで!」そう言うと5人は異形の怪人となった。血管が物凄く浮き出ており、爪がかなり伸びている。口周りも発達し、歯が巨大化して牙となった。


「やってやるよ!ここで死ぬわけにはいかないんだ!」忽ちに目が赤くなり着ていたスーツは蒸発して、真田の赤備えのような立派な鎧に身を包み、背中には黒と赤のリバーシブルのマントを身に付けている姿となった。

鉤爪となった敵の爪を避けながら、蹴り飛ばしたり、マントで視界を遮り、殴り飛ばしたりした。

「さぁ!トドメを刺せ!俺達に戸籍はない。だから人として存在していない!さぁ殺せ!」

「出来るわけねぇだろ。そんな残酷な事。戸籍があろうが無かろうが、お前達は今生きてるんだよ。人であるのに戸籍なんか関係ない。言葉を使うことができればな。」

「くっ!お前とはまた会いそうだ。」異形の怪人達は肉体を元の人間に戻して立ち去っていった。


「さて、俺もあの娘を見つけなければならないな。」急いでその先の路地に急ぐ。


その娘はすぐに見つかった。向こうから声をかけてきたのだった。

「あの!お兄さん。さっきはありがとうございました。私、吉川美南と申します。」彼女は当時、目覚めた場所の近くにある駅の名前を取り、吉川美南と名乗っていた後の瀬戸魅波である。

「俺は祖師谷大蔵だ。記憶喪失で本当の名前は覚えていないから、駅名を取ってそう名乗っているけどね。そう言えば何故追われているんだ?あんな変な連中に。」

「祖師谷さんも記憶喪失なんですか?実は私も記憶喪失で、この名前も同じく駅名から取ったんです。吉川美南駅前で目が覚めて、急に『ぶち殺しちゃるど!』という声が聞こえてそこから逃げ回っているんです。私もよく理由は分からないんですけど。」

「なぁ、お前は何歳になるんだ?」

「多分、18歳くらいだと思います。今が何月何日なのか追われていて確認していないのです。」

「フッ…だいぶ若いな。俺も25歳くらいだと思っている。いつ生まれたかは覚えているのか?」

「2000年だったと思います。2000年12月31日。」

「世紀末の末だなぁ。だが俺は誕生日すらも覚えていない。つまり、同じ歳かもしれんし多分20代後半だと思う。そこまで若い気がしないのだ。さて、東京は危ない。どこに行こうか?」

「茨城の北の方はどうですか?いい土地だと聞きましたよ。」

「丁度、10000円内で行けるな。よし。日立駅は主要部のようだから、大子町あたりにでも行くか?」


2人は4時間かけて常陸大子駅に向かい、そこで住むところを探した。


「しかし田舎だなぁ。こんな田舎なら敵も来ないだろう。例え攻めてきたとしてもお前を守り抜いてやるからな。」

「祖師谷さん。第一町人発見しました。」ギターだろうか何かを背負っている?おじさんを見つけた。

「あのすみません。この辺りに空き家とか無いですかね?」祖師谷はその男性に尋ねた。

「丁度いい!君達、衣食住に困っているのかい?我が社員にならないか?」

「社員とは?一体どういうことですか?」美南は聞き返す。

「今農場を経営しているんだがね。オオジファームという中規模なところなんだけどね。野菜の販売やたまに狩猟に出てジビエの肉類を販売することもあるよ。自己紹介をしていなかったね。僕はオオジファームの一応代表で、rapport les paulのバンジョーボーカルをやっているオオジだよ。人生は波乱バンジョーさ!」

「要するに第一次産業を扱っている企業ということですね?」美南が返事をする。

「流石だな。美南。俺にはそんなことは分からなかった。」

「その通りです。美南さんは本当に物分かりがいい方ですね。」

「申し遅れました。吉川美南と申します。」

「俺は祖師谷大蔵。お世話になります。」


「祖師谷君。吉川さん。宜しくね。この仕事っていうのはさ。山に行って鹿をめがけて鉄砲を放ったり、アスパラガスとか白菜とかに水をやったりね。要するに【放送禁止用語です。】ってことよ。」オオジさんは下ネタで締める人のようだ。きっとどこか恥ずかしがり屋の性分なのだろう。


2人はそこで猟をしたり、畑で農作業したりして2年間ひっそりと安定した生活を送っていた。しかし、3年目辺りから約10人の化け物が2日に一度くらいやってきた。


「オオジさん。今までありがとうございました。私達は追われているんだが、どうやら連中に見つかってしまったようだ。」

「気をつけてくださいね。僕も二人のような素晴らしい人と過ごせて嬉しかったです。」

「オオジさんもお元気で。」


それからは色々なところを点々とした。高萩の方で海で海老釣りをしたり、彼女が二郎系ラーメンを食べたいというから日立の方まで足を運んだ。

吸血鬼だと自分は勘付いていたが、ニンニクを食べることにした。「ニンニク入れますか?」と店主に聞かれ、「増し増しでお願いする」と頼んだ。

野菜増し増しでニンニク増し増しなラーメンを食べた。喉の奥が熱くなり、偶に意識を失いそうになったが、「自分は人間だ」と言い聞かせていれば克服する事ができた。


そんなある日のこと、美南を追っている組織のNo.2である男がやって来て、「明日の23時に大子町の地獄沢という場所で最後の決戦をする。」という旨を伝えに来た。


祖師谷は了承して美南との食事を楽しんだ。

「美南。今まで世話んなったな。何だかんだで俺はお前を支えるつもりだったけど、一番支えられたのは俺の方だよ。」

「大蔵君。本当に行っちゃうの?きっと相手は沢山いるよ。此処まで逃げて来られたんだからきっと大丈夫だよ。」

「安心しろ。俺は生きて帰るぜ!敵勢力を一人残らず倒し尽くすつもりだからな。じゃあ行ってくる。Tranquila!Vamos Rápidos!」

そう言うと彼はオオジさんから贈られたバイクを使って大子町の地獄沢に向かった。

「此処までです。私の知っているところは。」魅波は警察官にそこまで話した。


「此処がどんな場所だか分かるか?農民のところに徴税人が二回来て後に来た方が偽物だと思って殺してしまった。それが本物であり、見せしめの意味を込めて村民全員が殺された土地よ。此処は何かを終わらせるに丁度いいだろ?死ねや祖師谷!」


「俺は生きて帰るぜ。お前達が付け狙うのは俺が不良品だからだろ?チェックリストに×がついたな!だが、×じゃなくてXなんだよ。つまり、俺の可能性は不定数だ!そんな奴を敵に回したことを後悔させてやる!」祖師谷はそう言って、自分の目を赤くすると、紅き伊勢海老の鎧を全身に纏い、50人の幹部クラスを相手に奮戦した。


そして今、地獄沢には、その伊勢海老の鎧が倒れている。

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