魔性の本

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魔性の本

8月11日 

 謎に包まれた本、なんてものは世の中にごまんとある。読んだら目が潰れる本、頭が狂ってしまう本。大概は都市伝説やホラ話で、本自体が無かったりするもんだが、この本だけは違う。何語で書かれているかもわからず、何について書いてあるのかも解らない。にもかかわらず、世界中がこの本を追っている。中には追求に命を捧げた者も。そこまで興味がある訳じゃないが、ちょっと見てみるか。どうせ暇だし。


8月13日

 ネットで注文した本が届いた。最近あのババア金隠すようになりやがったから手間取った。表紙は重厚な感じだけど、何て書いてあるか全くわからない。そもそも俺の知ってる言語といえば日本語と少しの英語と、大学でやったフランス語ぐらいで、そもそもそのフランス語の講義なんて最初のグループ学習で馴染めずにそれから行ってない。そもそも外に出てないからな。もう何ヶ月出てないだろう。案外何とかなるもんだ。

 それよりこの本だ。どっから読めばいいだろう。


8月17日

 日記を書くのをやめるくらいには没頭していた。とにかく、ちゃんと言語なのは間違いないと思う。挿絵も結構あるから、見てて面白い。夢の中に出てくるような絵ばっかりだ。俺の夢もこんな面白けりゃいいのに。


8月18日

 はっきりと見た。この本に書いてある内容をはっきりと夢で見た。内容がわかったという訳じゃないが、訳のわからなかったイラストの意味がいくらかわかった。あのちくわに梯子を刺したようなモノはシーソーらしい。膝から先が二股に分かれてる人間は数字しか喋れないこともわかった。だからあの絵のページには同じ文字がよく出てきてたんだ。ここから何かわかるかもしれない。最近ババアがうるさいがなんなんだろう。集中できない。


8月20日

 腹が減って読むのをやめた。時計をみたら丸一日たってた。いつ日が明けたんだ。カップラーメンを取りに行ったらババアが変な目で見てたから怒鳴ってやった。俺にはやらなきゃならないことがあるんだ。邪魔するな。


8月27日

 気がついたら病院にいた。なんでも階段を転げ落ちたらしい。足の骨が折れて病院に担ぎ込まれたらしいが、そんなことはどうでもいいのだ。ページをめくる指と眼さえあればいい。あの本はどこだとババアに聞いたら、燃やしたと。胸ぐらを掴もうにも力が入らなかった。


9月10日

 ようやくもう一度手に入れることが出来た。もう一度この眼に映すことができた。あの本が手元にない日の夢にも文字や絵達が踊っていた。内容を書き込んでいかなければ。俺にはこの本が解ける。この本以外、読む必要は無い。


9月11日

 飯を食わないとババアが心配する。邪魔をされたくないから、毎日三度下に降りることにした。ババアには勉強をしているといったら、感激して涙をこぼしていた。馬鹿らしい。お前が考える勉強よりももっと高尚なことだ。この勉強は。


9月27日

 一つ解けた。これは説明書だ。何か、素晴らしく高尚で壮麗な何かの説明書だ。だがそれは俺の見たことのないものだし、俺にはこれ以上この本を読む権利がないようだ。

 夢を見なくなった。眠るのを楽しみにしていたのに、これでは。この本はもう俺を必要としていないようだ。俺がこの本の為にしなければいけないことは、どうやら終わったみたいだ。


9月28日

 突然杉浦が訪ねてきた。偶然近くに寄ったからといっていたが、どう考えても違う。あいつは物のついでで人の顔を見に来るお人よしじゃない。きっと、俺がこの本を知ったことを何処からか気づいたんだ。どうすりゃいいんだ。外の人と喋ったのは何年ぶりだ。もう口もうまく回らなかった。


10月1日

 とにかく逃げようと思って、本と一緒に外に出た。目が痛くなってすぐに部屋に戻った。駄目だ。俺じゃ駄目なんだ。杉浦は何を考えてるんだ。


10月3日

 杉浦から電話があった。これが最後になるかもしれないから、ちゃんと書いておく。この本は、何かの説明書で、解き明かさなければならない何かだ。俺以外の人が、解き明かす。


10月4日

 本は杉浦に渡した。俺はもう、本に必要とされてない。杉浦が、俺にあの本を研究している人を紹介してくれた。なんでも、大学で教授をやりながら研究している御仁らしい。確かにそういわれれば風格があった。その教授には、この話を絶対に口外しないよう言われた。その場では頷いたが、そうはいかない。あの全身がぶどうで覆われた猫や、ダイヤモンドの眼をしたカラスが、帰り道俺に語りかけてきたのだ。あの本を俺はもっと広めなければならない。あの本を解き明かすのだと。もっと力が要る。より多くのニンゲンが関われば、より大きな力が生まれるのだ。

 俺はこれから、本を紹介するレビューを投稿することにする。動画、ブログ、SNS。拡散するのはたやすい。いい時代になったものだ。

 万歳。万歳。万歳。

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