第6話 伝説の後始末は

「なぁ、恋佳れんか。あいつら、知ってるか?」

「ううん、ボクは知らないけど……。ていうか顕生あきおっち人気なんだね。さすがボクの魔王様♪」

「言ってる場合か! 空川そらかわたちが危ねぇ、さっさと止めに行くぞ!」

「はーい」

 そんな会話の後、2人は猛火に包まれようとしている空川 あおいとその幼馴染の夕輝ゆうきのもとへ向かった。

「ったく、魔王だとか勇者だとか、今時関係ねぇだろうがよ……!」

「顕生っち、それ絶対言っちゃダメだよ? みんな待ってたんだから」

 恋佳から返されたその言葉の重い空気に、思わず頷きながら。


 * * * * * *


 遡ること、数分前。

「つーかお前、昨日の昼まであんなビクビクしてたくせにどんだけ馴れ馴れしいんだよ……」

「って言いながらぼくと一緒にいてくれる顕生くんはほんとに優しいよ」

 そう言いながら顕生に小柄な体を寄せる葵。突然のことに戸惑って「いや離れろって、」と言いかけた顕生の声を遮るように恋佳と夕輝の「「ほらそこくっつかない!!」」という威圧じみた声が重なって聞こえたり。

 そんな平和(?)な下校風景は、突如として中断することになる。


 突如として、くたびれたスーツを着た中年男たちが数人、顕生たちの前に現れたのだ。それも、うやうやしいようなくだけたような、なんとも言えない態度で。

「魔王様! ご復活なされたようで!」

「あれお友達も一緒か~、今大丈夫すか?」

「いや、たぶんこっち勇者だぞ」

「勇者!?」

 落ち着きのなかった一行の視線が、葵に向けられたまま固まる。


「そうか、こいつ勇者なのか……」

「あぁ」

 敵意と、何故か好色な期待を秘めた視線が葵に向けられる。そして葵を庇うように前に出た夕輝も、敵意の対象になる。


「魔王様、お下がりください!」

 その声とほぼ同時に、空中に浮かび上がった火球が葵たちに向かって落ちる! その衝撃にはじき飛ばされながらも、顕生は葵の名前を呼ぶ。

「おい、空川――――」

「大丈夫だよ、顕生っち。あいつらは昔、ボクたちを倒したやつらだよ? あれくらいじゃ死なないから」

 慌てて駆け寄ろうとした顕生を引き止めながら、恋佳が言う。


 そしてその言葉通り、炎の中からはほぼ無傷の葵と夕輝の姿が現れた。

 夕輝の目には、伝説の時代の――かつて稀代の魔術師レヴナントであった頃の意志が感じられた。

 自分たちの敵を滅ぼすという、圧倒的な敵意が。


 * * * * * *


 何とか止めないと!

 焦りながら、顕生は尚も炎を浴びせかけようとするスーツ姿たちのもとへ急いだ。恐らく死ななくとも、火傷くらいはしてしまうかも知れない。確かに葵たちはかつて宿敵ではあったが、今はこの高校生活で出会った友人だ。

 そんな友人が危険な目に遭うのを、どうにかして止めたかったのだ。

「ん? ていうかあいつらが平気なら俺らも平気だったんじゃねぇの?」

 ふと顕生が漏らした言葉に、「あ、気付いたか~」と小さく呟いたあと「そういえばそうだねー」と恋佳。

 いつも通りといえばいつも通りなやり取りに少しため息をつきながら、ようやく辿り着く。


「おい、ちょっと待てって!」

 かつての主君の呼び声に、スーツ姿たちの猛攻が止まる。

 そして期待を込めたような目で顕生を見る。

「おぉ、ここは魔王様手ずから、ですかな?」

「オレの会社にもいますよ~、大事なところは自分でキッチリって上司」

「うちのワイフもそうですなぁ~」

 見た目が少年だからか、とても生温かい視線とともに顕生を見つめるスーツ姿の魔族たち。「「「さぁ、どうぞ!」」」と葵たちを差し出す姿勢で道を開ける彼らに、顕生はかつての口調を思い出しつつ告げた。


「今生では、此の者等とは争わん!」

「「「えっ?」」」


 一瞬訪れる沈黙と、間の抜けた声。

「どういうことですかな、ゼルファーディス様?」

「てか、本当なんですかテレジア様!? 魔王様どうしちゃったんすか!?」

 焦ったように口々に詰め寄るスーツ姿たち。

 その圧に戸惑う顕生とは裏腹に、恋佳は慣れたもので「そのままの意味だよ。魔王さまは今回、ここにいる勇者たちと良好な関係を作ることでここを制圧しようとしてる。だから余計な手出しはしないことになったの」と脚色を交えて話をまとめる。


「そうだったのか……」

「でも、そうするとオレらどうすれば……?」

 そう。

 このスーツ姿たちにとって、魔王の復活と領土拡大の再開は悲願だったのである。顕生の行為は、それを否定しかねないものである。戸惑う彼らに、顕生がどうにか知恵を絞って言葉をかけようとしたそのとき。


「だったらさ、この時代に合うやり方で、っていうことでいいんじゃない?」

「恋佳……、それ俺が言わなきゃいけないやつ……」

「で、ボクたち2人ともそこらへんよくわかんないから、それを教えてくれたら嬉しいかな……、だめ?」


「「「お役に立てるのなら、喜んで!」」」

 快諾するスーツ姿たちの顔には、かつての主たちというよりも「寺崎てらさき 恋佳」という(外見だけは)美少女にお願いされたという喜びの方が満ちているようにも見えた……。


 最後の最後までセリフを言い切ってから、得意げな顔をして振り返る恋佳に、顕生は何も言えなかった……。


 * * * * * *


 後日。

 勇者の復活を待ちわびていたという「聖騎士団の末裔」を名乗る男たちが葵たちの前に現れて、ほぼ同じやり取りが交わされることになるが、それは頁の外側の話。

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真面目な魔王様とゆるゆるな勇者様は今日も仲睦まじい 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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