マス・ディストラクション

 深いコーヒーのような毛並みをもった馬――レイのアンダルシアンが、ラギッドの夜を駆けていた。と言うよりはむしろそれ自体の毛並みのせいで闇に溶け込むと言った具合だったが、それでもレイとトンプソン嬢は夜を乗りこなしていた。

「良いの、こんな、二人乗り、なんて」

 ケイトはレイの腰にしがみついて、縄で体を馬にくくりつけている。今の問いは馬のことを慮ってのことだろうか、それともこんな体勢にしたレイへのあてつけだろうか。彼女も乗馬の経験はあるらしかったが、この先は急ぐと言って――半ば無理矢理承服させたもの、腰から鞍にかけ縛られたケイトはやはり不満そうだった。あの赤毛の鉱山技師がこれを見たら何と言うのだろうかと彼は少し思ったが、どうせろくなことにはならないだろう。

「トンプソン嬢、舌を噛みたくなければもう少し淑やかにしていた方がいい。ブロンテの『嵐が丘』のミス・リントンみたいにな――それにお前さんに何かあれば俺がボトムズに殺される」

 レイの脅しが効いたのかはわからないが、後ろをちらりと向くと何だかバッファローの内臓を間違って食いつぶしてしまった、と言わんばかりのトンプソン嬢の顔があった。

「バレットさん、あなた、もう少し人との付き合い方を考えたほうが良いと思うなァ」

「冗談はよせ。お前さんがラディカルすぎるだけだよ」

 そう言って、手綱を繰っていたレイの鉄の右手が、弾かれるように不意に動きを停めた。

 場所は下層区画の高台。ここを下ればグラントの家まではあと十五分も掛からないだろう。

 しかし彼はアンダルシアンから下り、何も言わずにケイトの縄を解いてしゃがみ次いで彼女にも手振りで同じ姿勢をとるように指示する。ただならぬ気配を感じ取ったトンプソン嬢は伏せ、レイが馬のトランクから取り出した望遠鏡を使い彼の右腕が指す方向を視た。


 ――――蠢く何かが、坂のふもとに在る。

 恐らく群集......と言うよりかは、小集団だった。指向性を持ち集まるものたち。

 陽は落ちており表情は微細に解らないが、全て若者らしき容貌の男たちがざっと十一人。

 みな一様に武器を携えている。長いストックの猟銃らしき獲物を持つものが三名。拳銃が四名、ボトムズが使っていたのよりもう少し新しい型の三輪蒸騎がまた一名――メーカーはボレーだろうか? 後ろには鉱石を運搬するのに用いるような、トロッコ(の出来損ないみたいなもの)を接続していたから、おおかたそれに乗ってレイたちを待ち構えていたのだろう。

 それか魔導が使えるのならば走ってここまで来たのかもしれない。

 驚くべきことに残りの三名は時代錯誤としか思えないような長弓を携えていた。

 一瞬、蒸騎のボイラへ繋げて運用する圧力弩かともレイは考えたが、それにしてはフォルムがアイスピックみたいに貧弱だ。しかし銃器への費用が不足したのかは定かでないが、そんな間抜けなモノでもケイトに当たれば死んでしまう。要は、殺しあえと言うことだった。

 レイは左手で指笛を鳴らす。ラギッドの若者だろうか――構えられた銃がこちらを向き、そして彼らを認めた。距離は鉛直一〇メートル、水平にして三十メートルほど。少し声を張れば届く。 

 懸念を並行しながら、レイはまたすこし考える。

 羽織ったストールで義手のリボルバーを隠し、詠唱なしで魔術を思考する......左手は穿甲弾ピアッシングを紡いでいる。

 トンプソン嬢はぼうっと立ち尽くしており、何も見すえていないような奇妙な顔をしていた――今のところは余計なことをされない方が都合はよかった。

「おい、そんなやけくそなやり方を続けていたら――すぐにブラック・ボックスが自壊して廃人になるぞ。妖精さんの姿なんて知りたくないだろう!? お前さんがたの頭が『本当に』役立たずuselessになる前に、今すぐその魔術媒体を抉り出せ!」

 蒸気=魔力ライナーミシシッピリバーの散逸を理論値すれすれに抑制/魔力弾芯Mシェル被帽力学ジャケットを設定/金張りの回転弾倉へ装填/次いで炸裂弾ホロゥ・ポイントの演算。

 第一声は穏やかでなかったが、そもそも状況が状況だ。

 迂回も考えたが、所詮は一つの閉じた街だ。彼らはどう見ても穏やかじゃない。レイたちが姿を現さなければその内また追って来るだろうし、そうなれば見付かるのも時間の問題だ。ならば――レイはケイトにここで待っていろと言い含め、高台から飛び降りた。どんと小さく衝撃が在って、そのあしらいuseに誘われたかごとく、一人の青年がレイへ前に歩み出る。

 長身痩躯で頬にはそばかすが散り、長めの茶髪を後ろに流して目は虚ろ。

 モスグリーンのチュニックからは煙草と土の香りがする。要はどこにでもいるような、カウボーイにへんな幻想を抱いても結局のところ売春宿に駆け込んで女を買うくらいしか能の無いごろつきそのものの風体だった。

「お断りだね。真っ当な力じゃないのは分かってる。だからグラントに約束させたんだ、ことが終わったら、全部忘れる――魔導も、金脈も、糞忌々しい爺たちも全部な。話すことなんて何一つない。グラントはケイトに拘ってるみたいだから仕方なく連れてくが、ガキは別だ。俺たちに魔導を教えたのもあのどもりのでくの坊さ。だからまぁ、恨むならあの豚を恨め。なんせ今まで全く俺達に本性を見せないまま、ラギッド崩しを企ててたとんでもない悪魔なんだからな。南のマイヤーズ兄弟やらインディアンやらおっかない奴は沢山居るが――俺はやつが一番恐ろしいね」

 レイはクレイのいらえの後半はほぼ聞き流していた。返しから察するに少しばかり頭は切れるのだろうが、(だからこそサブ・リーダー的な振る舞いをしているのだろう)どうも彼は踊る阿呆に見る阿呆と言う感じがするのだ。

「クレイ......あんた、そんなに馬鹿じゃなかったはずでしょう!」

 ケイトがうめくように叫んだ。振り返り狼狽した彼女の様子を見ると、運の悪いことに目の前の彼らはラギッドの若者で、更に運の悪いことに――狙いはケイトらしい。

「馬鹿はてめえだ。言っとくが俺達皆がハインウェイみたいな野郎だと思ってるんなら、ケイティ、お前は世の中を知らなさ過ぎる。実際グラントやらハインウェイのやつがおかしくて、俺達がまともなんだぜ!」

 どもりのグラント。ケイトとボトムズとの会話で何回か聞いた名だった。

「ふぅん。大元はそいつか」

 MOAの執行部も随分と様変わりしたなとレイは思った。少なくとも昔はこう言ったアウトロウにも満たない半端なごろつきが一年以上野放しにされることはほとんど無かった。

 まだ、時間が要る。今度は隣の女に状況の把握も兼ねてほえるように尋ねる。

「トンプソン嬢! 結局、そいつとはどういう繋がりなんだ?」

「わたしとベティの......親友よ。こんなことするようなヒトじゃない」

「全く、人との付き合い方を考えた方が良いのはどっちなんだか――友人は選んだほうがいいぜ......仕方ないな。そいつはボトムズと同じ所に居るはずだ! 殺しに行こう!」

 ケイトはぎょっとしたような顔で何かを言いかけたが、それよりも早く行く手を塞ぐ一団のほうからまた声が上がる。

「いいやお前らはここで打ち止めだよ。旅はここで終わる」

 同意の声。下卑た笑い。慣れ親しんだ声で、慣れたくなどなかった声だ。

「よしてよ、クレイ。このヒトは何の関係も無い! あなたは」

 いつの間にかトンプソン嬢の口ぶりが自分を庇うものに変貌しているのにレイは気付いた。

 恐らくはこの状況を踏まえて、レイが黒幕ではありえないと判断したのだろう。

 しかし、となると。余計に彼女の、クレイたちへの憎しみが募る。やり取りが着火する。

 弾倉には散弾ウィンチェスターが装入されていた。

「黙れ......元はといえばお前が股を開いて繋ぎ留めたあのアイリッシュのせいだぞっ」

 クレイは苦々しげに吐き捨てる。

 赤毛のボトムズのことを言っているのだろうかとレイは思い、それからちょっとまずいなとも思った。案の定ケイトはリヤカーから身を乗り出している。レイは義手を弄る手を早めた。

 水は午前中に充填してある。後は弾丸だ。少々特殊な加工を施している上に、異なる弾頭を装填しているので、総計で三分ほど時間がかかる。

「違う! ベティはそんな人じゃない。私だってそんなことしない!」

「ああ知ってるよ。あれは丸きり善意でことを起こして、しかもそこそこの結果を出しちまうからタチが悪いんだ――鉱泉なんて掘り起こして中途半端に永らえなきゃ、とっくにラギッドは、俺たちの物になってたはずなんだ......クソ、この、あばずれが!」

 だから結局お前のせいだと、そう唱えて。お前は破滅を呼ぶ女だと罵って。

 レイにはよくわからなかった。ならば何故あのお人好しな鉱山技師に手を貸すような真似をしたのだろう? 彼は結局誰かの首を取って騒ぎたいだけの馬鹿ではないのだろうか?

 そう思案してから、なんてことはないと内心膝を打つ。これはきっと、上に居るらしい――老人たちの過去の姿なのだ。もしくは老人たちが彼らの未来の姿か。ボトムズやケイトにサルーンで巡り合ったロッドやマスター、そしてあのひと。そう言った、杭みたいに自分が通っている人種が珍しいだけで、何も驚くことではないし、誰もが皆ジェシー・ジェームズやワイルドビル・ヒコックみたいに勇敢で命知らずになれるわけじゃない......他人に現実との摩擦で生じる淀みを押し付けないと生きていけない者がほとんどなのだ。

 南北戦争ではそう言った将軍がごまんといた。

 レイよりもよほど良い大学を出てきたはずの彼らは戦場には何かロマンがあると勘違いをしている――用兵もろくに弁えないままラッパを吹き、死体処理業者の仕事を増やした挙句、屠殺前の鶏みたいに怒鳴り散らしてから罷免されるだけだった。

 だから、彼らの言い分に利はない。筋が通っていたところでそれがどうしたとせせら笑えるような話ではあるが――それでも支離滅裂なルサンチマンよりはましだ。

 生憎、目の前の彼らに返すべき恩もない。

 ボトムズとケイトを無事に逃がすためには、これが最も労力の少ないやり方だ。


 演算終わり。all over

 レイは最後の魔力を弾倉に叩き込み、首もとのゴーグルに手を掛ける。


「トンプソン嬢、馬には乗れるか!」

「使えないことはないけれど──何をする気なの、バレットさんっ」

「そりゃあ、皆殺しだよ! 当然の報いだ。ことが終わったら、お前さんもこの街を出ろ。自活も自営も出来ない老人たちだけ取り残されればこの街はおしまいだろう。それこそグラントってやつの描いた筋書き通りにさ!」

「おかしいよ。何でそんなことをするの! バレットさんは私たちの街をどうしたいのっ......」

 言葉には答えない。

 そこはレイの領分ではない。

「俺が合図したらに乗って目的地まで向かえ! 三十秒で終わらせるから、それまでは何とか自衛しろ。俺も後から追いかける――言いたいことは解るな?」


 小さく見えるトンプソン嬢はこれまた小さく震えていた。状況は悪転している上に、この一瞬で遠まわしに自らの街を捨てるか否かと言うことまで迫られる。普通の女性ならばヒステリーを起こしていたところだったかも知れない。

 彼女の中では望みと現状が悲惨な取っ組み合いをしていたし、大体が魔導士(もどきではあるが)から逃げ回れと言う狂気の沙汰のような指示だったのだから。

 しかし――トンプソン嬢はそれでも、逡巡に留まった。眉をきゅっと引き締め、目は何か湛えるように濡れている。血の泉かも知れない。涙の河かも知れない。どちらにせよ、その感情は彼女だけのもので。レイが踏み荒らしていい想いではないのだ。

 唇を引き結んで頷いたのを見届け、一団に向き直る。

「お前――わかったぞ。魔導士だな、たぶん」

 クレイの言葉にレイは少し眉をひそめた。頭の悪い人間に望まない形で一方的に名前を覚えられているというのはあまり気持ちのいいものではないし、そも遅きに失する。

「そうだよ。良ければ自己紹介でもするか?」

「いいよ。さっきちらっと見えた義手、『砲杭』だろ、あんた。巷じゃ有名だぜ――殺せば名も上がる。ちゃんとカネをためて、成り上がってやる。全部ここから始まるんだ」

 クレイと言う若者にはこの世界に鳴り響く現実が見えていないようだった。興奮の絶頂で生きるのは結構なことだし、実際にそれで成功した者も居る。

 しかし彼がその一握りの成功者の資質持つ一人であるとはレイには到底思えなかった。

「馬鹿馬鹿しい。お前さん、死んだらおしまいだぜ」

 警告、自戒、教訓。少なからず本心からの言葉だった。

「どうかな? 俺には野心もタフな力もある、傷跡くらいは残してやれるさ」

「自己陶酔は失敗の元だぞ。これが最後だ――どけよ、クレイとやら。何を勘違いしてるのかは知らないが、

 レイの強い言葉に、しかしクレイは退かない。

 ただ拳銃を構えてレイたちへと向かう。彼の手には二丁のS&Wラシアン――魔術の管理が行き届いていない日本ジャポネあたりにはシングルアクション・アーミーの台頭によって時代遅れのリボルバーだ――が握られていて、古臭さと間違ったヒロイズムを感じさせた。

 しかし魔術戦においては熟達した二丁持ちデュアルウィールドは非常に有効である。いくら強力な魔術であっても、起動する以前に鉛弾を叩き込みさえすれば、大抵はブラック・ボックスによる演算が破棄され術式は不発となる。キーストーンは手数と動き出しの早さ。そしてその点においては――弾道定義や望遠鏡テレスコープなど、各種導式のバックアップを受けられる状態ならば、対人での多丁遣いは納得しうる解の一つでもあった。


 クレイの足取りは場末の賭け場に寝泊りする阿片中毒者のように軽く、瞳には清輝がない。明らかに万能感によって精神の均衡が崩れていた。こうなってはよしんばこの若者がここを切り抜けたとしても、正しい色のついた世界を拝むことは二度と無いだろう。

「薄っぺらいやつだな。自身の起源を定義していないからそうなる。魔術根拠すらそいつグラントから教わらなかったのか、お前――もういい。阿呆らしい、やめだ、死んでしまえ」

 少年はそれきり言葉を切り上げ、ただ右腕の義手を構える。

 もはや言葉も、怒りも、心もい。

「ケイトをよこせ、キャノンパイル。いくらてめえでも十人は無理だ」

 答えず、レイは黙って義手の蒸気をぶしゅっと噴かす。一団の空気が、棘を帯びて、鉄と火のせり合いの、競り合いの、始まるきざしが。

 空気は溶かした闇のように重く、機械油のように粘つき爆ぜる時を待っている。

 研磨された刻々のなかで、ふいに。あの焚き火の音をレイはきいた。

 黒革の無骨なゴーグルを掛け、世界の彩度が落ちる。

 背骨に少しずつ、爆ぜが通る感覚が在る。レイは死人の勘でその戦端を幻聴する。


 つっ、つぱつぱっ、つぱっつ、ちっちーぱっ

 つっ、つぱつぱっ、つぱつぱっ、ちっちーぱっ......


駆け足っI was born to run!」

「死、ねえッ――」


 放出導式を叩きつけるようにぶち上げ、躯を砲弾と化す。

 彼我は六メートルほど。集団は三人単位で固まり、その最後にぽつりと蒸騎乗りが残されておりまずはそこを叩く。

 捉え切れないほどの風を孕み、時が寸断されるような感覚とともに敵のただ中に着弾。

 彼らはレイを振り返る中途。まだ状況は動かない。

 慮外の疾さに、彼らの急ごしらえのからだは追い付いていない。

 魔力放出によるインスタント・ブーストは肉体の自壊と加速を同時にもたらす。故に速度は必定。

 蒸騎バッパーライダに跨る呆けた顔をした若者は、レイに再び飛び掛られ自らの顎の骨が義手に掴まれるまでよくわからないと言う表情を浮かべていた。

 そのまま、後頭部を勢いに跳躍の勢いに任せて、蒸騎の後部に押し付ける。

 ここではじめて彼はひっ、とも、うっ、ともつかないうめきを漏らした。


撃鉄ファイア


 レイの魔弾が――最初に装填した穿甲弾ピアッシングが若者の脳幹を貫き、筋を、皮を、ずたずたに引き裂きながら――穿孔し潜甲する魔力の弾芯は、鉄板をやすやすと引き裂いて蒸騎のボイラにまで到達していた。ごぎゅりという致命的な金擦れの響きとともに、レイが貫いたボイラから噴出する水蒸気がラギッドの薄蒼い闇を彩る。

 ばしゅうううう、と。

 レイの姿も、そして若者たちの姿も、全てが靄に掻き消え、霧の海には若者が流す鉄じみた血と髄液の香気が混ざる。

 大方は蒸騎の方向に飛んだが、爆ぜた頭部の肉片/骨片/体液はマギウス・ジャケット――徹甲砲弾の軟鉄被帽を魔力で代用したモノだ――の余波に散らされ、少しだけ、レイのゴーグルやストールを叩いていた。


「う、お――」


 一団が衝撃にゆらめく。それは瞬間の殺戮だった。

 レイは若者の屍体を両手で抱えながら、バッパー・ライダを壁にするかのごとくひらりと裏側に飛び移った。そこまでして、やっと――若者たちも構えた銃の使い方を思い出す。

 標的に向けること。腰だめになること。引き鉄を弾いて、撃つこと。

 長弓を持った三人とクレイはいち早く霧の海から脱したが、残る八名はその場で射撃することにしたらしい。物音で大体わかる。八人......あちらにも、こちらにも、不足はない。

 距離は先ほどまでの位置関係が正しければおよそ五メートル。こちらの計算が正しければ、込みで充分にキル・ゾーンに入る。


 ごんぎゃんがぎんと言うやかましい金属音がする。二度と乗るものが居なくなった蒸騎は、レイを弾丸の雨から守るという最後の役目を果たしていた。

 この隙にケイトを狙いに行こうと言う考えにはまだ思い至らないのか、時折間抜けな勢いの矢さえも義手の少年の方へ飛んでくる。

 レイは未だ水蒸気をもうもうと吐き出すボイラに右腕を当て、威力を小さめに設計した通常弾コルトを放つ。技手から蒸気が噴出し、魔力が乗り、ぎゅんと言う澄んだ音を立ててこぶし大の穴が外装を破って開いた。更にそこに手を突っ込み、ちょうど義手でボイラの二つの穴の片方、後ろ側を塞いでいる格好になる。

 銃撃のやむ気配は今のところ無いが、それも――これまでだ。


銃よ来たれGirl gonna give me the guns鉛を割れ、73よbreaking lead,winchester!大河には金貨をReturn to Mississippi悪党には石ころをStones are thrown to Wretch


 一節加えられた詠唱の加工。小型のボイラが滾り、コンプレッサーが唸り、象られた力が爆発する。義手から噴出した蒸気がボイラからいきおい吐き出される霧と、魔力の路が拓かれ、そこに――マイヤーズとの血闘でも撃った術式、散弾ウィンチェスターが流し込まれる。蒸気=魔力ライナー延長ミシシッピリバー・エクステンド

 レイの義手の、魔力弾丸をその都度練成/装填し、蒸気に魔力を過乗する必要があると言う特性上、魔導を持つ多人数相手には明らかに遅れをとる。それでもレイが彼らに負ける道理はなかったが、しかし今はケイトも居て、そのうえ時間も少ない。故に文字通り掃射する。

 

 魔力の弾丸が拡がるさまは針根のごとく、狂奔とも呼べるような勢いで一団に迫り、そして。


 血の花が、咲いた。


 猟銃を持っていた三人は、補強が薄かったのであろう手指や大腿、腕、酷い者では眼球を切り裂かれて一様にその場に崩れ伏している。距離が比較的レイに近かった拳銃持ちの四人はみな死んでいた。魔力をもろに通す蒸気に巻かれ(血液には劣るもの)、そこにマイヤーズ――あの俊敏な鞭遣いでさえも応するに適わなかった魔弾を叩き込まれたのだから、全身ががぼろ雑巾みたいに擦り切れ、そこかしこが吹っ飛んでいるのも当然の帰結だった。

 後ろに位置していたクレイと長弓の三人は無事だった――が、連携もろくに取れていない。

 先程だってフレンドリー・ファイアの可能性も捨て置いて馬鹿みたいに無駄弾を使っていたし、魔導の練度もはっきり言ってごみだ。これならマイヤーズや、昔のレイの同僚でも同じ結果になったに違いない。所詮一朝一夕で借り物の力を手にしたごろつきなど人間にも満たない。レイは蒸騎の裏側に一緒に運んでいた屍体に自分の灰のストールをぐるぐると巻きつけ、荷物でも扱うみたいに上に放り......一瞬遅れて右の方向へ、格闘機動で駆け出す。


 先に飛び出たオトリが射抜かれるのを尻目に、レイはもう弓使いに駆け寄っている。

 姿勢は飢えた狼のように低く、速度は猛然とし矢の狙いは定まらない。

 レイは魔力放出の加速で赤土を削りスライドしながら、四発目の穿甲弾を弓使いの股の間から腰に至り、脊髄を吹き飛ばして貫けるように構える。

撃鉄ファイア......ッ!」

 針が、飛ぶ。腰椎をまるごとぶち抜かれた若者は膝をがくがくと痙攣させ倒れ伏し、二度と動くことはない。そのまま残りの三人に向き直り、レイはケイトの方を見ずに叫んだ。

「行け! ここまで来たらもう殺し切れる!」

 少し経ってから、後ろで走り去る気配がした。何を思っていたのかはしらない。

 しかし寸分違わずクレイが呟く。

「おれはこいつをやる。ダニー、お前はケイトを捕まえに行け」

 仲間がこれほどやられているのにやけに冷静だなとレイは思ったが、ひょっとしたらやけになっているだけかも知れない――そう言う場合は少しまずい。何をしでかすか解らないからだ。ダニ―と呼ばれた小柄な青年は、逡巡する様子を見せていた。

 その間隙を縫って、レイが仕掛けるが――流石に彼らの反応は二度目とあってか素早かった。二丁を持ったクレイと獲物をボーウィ・ナイフに持ち替えた弓手の一人がレイににじり寄ってくる。それに触発されたのか、ダニーがケイトの方へ駆けて行くのが見える。


 しかし、それをいつまでも見届けている余裕はレイにも無かった。

 二人の魔導士、その偽物が迫る。

 葉のような形のナイフを持つ青年の上からの振り下ろしを後ろに跳びすさりかわすが、彼の斜め後ろからクレイが銃を構えているのがちらりと、高速で流れる視界の端に映る。

 恐らくは誤射も辞さないだろう。流石にあれに全弾当たるのは――を宿す身とは言え、かなりのリスクを負いそうだった。

 弾かれるように身を伏せ、背の上に弾丸が通過するのを感じて――次いで繰り出されるナイフの突き下ろしも左へ、左肩を軸に転がって避け、格闘機動の螺旋導式を利用し無理な体勢から右足一本、ばねの如く立ち上がった/跳び上がった途端にまたもや繰り出されるナイフの鋭い刺突。

 宙に居る彼に身動きは叶わないように見えたが、しかし――こうしたワン・インチ・ファイトは加速と荷速の魔導、格闘機動を持つレイの最も利する所である。


 右足の黒革のベルト、そこに刻まれた紋から発するエネルギ。

 魔力のスラストに身を委ね、筋肉を乗せる。何も難しいことはない。

 閃くレイの足刀。

 蹄鉄仕込の軍靴が切れ込むように入り、右腕ごと逸らされるボーウィ・ナイフ。

 この時点でレイの体躯は仰向けに傾いている。

 しかし左足の放出弁を作動し、体勢を空の中にありながら一回転。

 もう一発、クレイが撃ち込んでいた銃弾も回避する。

 そのままうつぶせの体勢で着地、素早く戻って来た右腕を三度――今度は左手の小指を犠牲に、少し欠けさせながらも右に低姿勢でスライドしてかわす。最初からこの二人だけで攻めてくれば余計な死人を出さずに済んだのにとレイは思った。

 しかし、個々の判断や攻撃の速度は充分だが、いかんせん引き出しに欠ける。狙うとしたら小技で、隙は一瞬で良い。取っ掛かりさえあれば、後は――。

 レイは義手のリボルバ、そこに込められた最悪の魔弾を想起しながら後ろに跳びのく。

 遅れて銃声、二発。急いだせいか重心は右に偏っているようにも思える。

 ナイフ遣いは機を見逃さず、落ちていた長弓を拾いつつレイへ突貫、そのまま弦の上端部分を爪で切って、先住民のスリングみたいに頭上で二三度振り回してから――


「おっ」

「しっ」

 

 間合いは離れようとも糸は流れる。弓ごと鋭く投擲され、レイの両足に糸巻きのごとく絡みつき。咄嗟に魔力を放出しエネルギの余波で切断するもの、無理に弦の戒めを解いた代償に体勢が崩れ足の出だしが遅れる。そこに声。

 一直線上に三人が並ぶが、瞬間彼がどく時間も惜しいとばかりに伏せ、叫ぶ。


「やれ、クレイ!」


 後ろに構える銃口に、射線が通る。

 放出の導式は数瞬前に使った。

 魔弾による空中加速は次の弾丸の都合上不可能。

 レイにクレイの弾丸を避けうるすべは無いように見える。


 しかし、まだ。レイには鋼鉄の右腕そのものが残っていた。


 義手をぐんと旋回/慣性により崩れる躯。

 レイは鉄の塊そのものの腕を振り抜いたのだ。

 自然、たいは腕の方向へ釣られ、そこへ銃弾が三発流れる。

 回転するレイの左腿を回転する一発目がかすめ、

 回転するレイの右肩を回転する二発目が削り、

 回転するレイの左わき腹を回転する三発目が抉った。

 しかし、それだけ。

 止められない。留められない。

 レイはそのまま四つん這いに接地し、脚には依然力が篭っている。


「こいつ、重心を、廻、し――」

「今度は俺がサーカスか」


 右脚で放出導式を起動し、螺旋式で踏み切って跳躍する。再び体が風を孕む。

 なおも闘志を失っていないナイフ遣いが立ち上がり向かって来るが、後ろから弾丸は来ない。レイ、ナイフ遣い、クレイ。

 左脚で、一拍遅れて放出導式を再度作動。

 下に放出導式でスラストし、弧を描き煌めく鉄腕が低く沈む。

 次の瞬間にはレイはナイフ遣いの足元に低く着弾し、横なぎに振るわれたボーウィ・ナイフは完全に空を切った。

 狙いは全てこの状況のため。

 ナイフ遣いの股下、彼を壁となし銃弾を防ぎ、なおかつ一直線上に敵が並ぶ最大の機。


炸裂弾ホロゥ・ポイント――痛いぜ、とっておきの花火だ」


 光。そして、金属が爆ぜながら、纏めて引き裂かれたような、ひどい音。

 スチュアート・ダブル・ロックで拵えられた砲身がぎシリと唸る。

 みしりと赤土の地面が、レイを中心に半メートルほどひび割れた。

 蒸気が、花弁じみて――否。これまでとは明白に指向性の段階が異なる。

 筒型で、先がボウルのように窪んだ蒸気。それが青年の腹に押し付けられる。

 次いで、魔力がライナーを通じて高速で流し込まれる。

 力は先端のくぼみにしゅうする。魔力場が。ピアッシングの針のようなそれとも、ウィンチェスターのつぶてのようなそれとも異なる――衝撃運動キネティック・インパクトのみに特化したかたちが、粘着し、滞留し、ついに破壊をはじき出す。


 ごみのように男の体は吹き飛ばされ、向かってきたクレイに激突した。


「な――、」

十三の十字架をonly blood


 術式が作動する。定められた魔の極彩一つ一つが、世界に逆流し力を編んでゆく。

 炸裂弾ホロゥ・ポイントのほんとうの摂理はここからだった。

 青年を吹き飛ばしただけに留まっていた魔力のフィールドが、歪む。

 蓄えられた運動エネルギと魔力の混合が綻びを生み、解け、融解し、加速度的に増幅。

 若者の魔術回路、すなわち全身を巡る血管にまで浸透/干渉。

 内側から魔力場の発生と自壊を繰り返し、敵の体が崩壊。その余波は個人に留まらず、接触したクレイにまで及び、彼も混合魔力の影響は進徹する。

 補強など紙ぺらに等しく、クレイと若者は全くその通りにonly blood血の霧と化した。


 義手はしゅうしゅうと、連続の魔弾行使に赤熱している。殺戮の跡に、しかしレイの心は何の感慨も返すことはない。ただ少年の右手だけがラギッドの闇に紅く鈍く輝いている。

 三分足らずの出来事だったのに、そこかしこに転がる屍体から詰め物のように漏れ出た血と臓物と糞尿の匂いがひどい。

 彼らは一様に粘土細工クレイのようにレイには見える。居ても居なくてもたいして変わらない。誰にも意味などなく、ただ生きて、ただ死んだ。

 レイはケイトの走り去った方向を見据え、一拍置いて駆け出す。

 しばらくして、高い動物のものとも人間の者ともつかない叫びとともに、ラギッドの若者は――ボトムズ・ハインウェイ、ケイト・トンプソン、グラント・ハンスコム――この三人だけになった。



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