アフター・ウィンチェスター

翌朝、オーナーが戦いの傷跡痛ましいサルーンに顔を出す。

音波や衝撃、魔力の波濤に晒された彼の城は、一晩でその様相をすっかり──それもとびきり悪い方向に様替えしていた。

壮年の店主は平坦な表情で、

「どう言うことだい、旅人さん」

と尋ねた。

人は現状が自らの理解の範疇を越えるとしばしば無感情と形容されるような態度をとるものだが、この不幸な店主もその例には漏れない。


「昨日は酔って寝てる所に、いきなり馬鹿でかい音がしたんだが、そこの転がってる死体との関係はあるんだよな? おれが昨日水をやった奴だと思うが」

「水をあいつにやったのはロッドだ。それよりあんた、よく無事だったな」

「ああ...逃げたのさ。ネズミみたいに。二階から飛び降りて、そのまま馬小屋まで走って、縛られてるロッドを見付けたんだがね、取りあえず叩き起こして、近くの家に一晩泊めて貰った。やっこさんはまだ寝てるよ、どうもあの色男にひどくやられたらしいな」

「慣れてるんだな、こう言うことに」

「ああ。しかし、そんなことはどうでもいいさ。おれが聞きたいのは、昨日ここで何があったか、旅人さんはこの責任をどう取ってくれるのかってことだけだ」

「...すまないが、金ならあまり無いぞ」

「金でも何でも良い。ともかくおれの食い扶持を滅茶苦茶にした償いをしろと言ってるんだ。これだから魔術士なんて言うものは始末に負えない。第一、昨日そいつと何があったんだ」


オーナーは毛布を掛けられた塊――マイヤーズだったもの――を睥睨した。

彼の嘆きは最もである。

ガラス、食器、卓は揃って砕け散り、台所の動力を一手に引き受けていたボイラーは大きくひび割れ、いずれも無惨な死骸を晒している。

もはや営為は困難な状態に見える。

レイは簡単に経緯...この場合、彼が殺した保安官の弟が仇討ちにやって来たことを告げた。


「何から何までお前のせいか」

「面目ない」

「どうしてくれるんだ?おれはもう黙ってないぞ。思えばどいつもこいつも、おれの店で自由にやらせ過ぎたんだ。ここは本当は、ティムと一緒にやるはずだったのに」

「まぁ...お前さんには同情するよ」

レイはかぶりを振って返した。それは都合の悪い話を持ち出されたときの『反撃スイッチ』で、彼の師も時たまそれを見せることがあった。

「だが、俺だって殺される所だったんだぜ。それに人の話は最後まで聞くものだ。何のために俺がこんな死体と一晩を明かしたと思うんだ?おかしいと想わないのか?お前さん。しかるべき話があるからに決まってるだろうが」

「何が言いたい」

「金を返してやると言ってるんだ、この大間抜け。本当だったら、さっさととんずらすることだって出来なくはなかったんだぜ」

「......」

オーナーは悄然とした様子で壊れかけの椅子にどっかと腰掛けたが、しかしそれもすでに限界を迎えていたのだろうか。四つの足は体重を支えることなく、根元から折れた。

バランスを崩した彼もまた顔面を強かに打ち、床に口付ける羽目となる。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!なんだ、何をすれば良いんだ、おれは?」

オーナーは立ち上がってわめき散らす。

レイは微笑を浮かべた。

「簡単さ。聞きたいことがあると言っただろう?それを調べてくれりゃあ良い。お前さんは顔が広くて口も固そうだ。いや、無理にでも堅くしてもらうが...それに、ちょくちょくこっちに立ち寄ることもあるだろうから、出来ればただで義手の整備と修理をして貰いたい」

「......それだけか?」「ああ」

オーナーの顔に、この日初めての安堵が現れる。

「解ったよ。それくらいなら出来なくはなさそうだ。それで、おれは何について調べれば?」

「『ドクター』と言えば、解るか」

彼の安堵はつかの間と消えた。

それは不吉な名前...将校たちにとっての、インディオの勇者クレイジー・ホースだったり、無免許の魔術士にとってのMOA(magus oragnaization of America 。全米魔術機関)だったり、それらを蒸留タンクに無造作に投げ込んで抽出した、とびきりの濃度の恐怖の露の一滴だった。

「そんな、そんな奴に一体何の用向きがあるって言うんだ!復讐か?」

オーナーは歯を剥きだしてレイに食ってかかった。

10を探せとのたまった、眼前の義手の青年に向けて。

「居るかどうかも未だに解らないんだぞ、あんなやつ」

「いいや、居る。あいつは必ず俺が見つける。俺だって『ドクター』を殺せるとは思っちゃいないが、せめて銃弾の一発、魔力のひと触れでもぶち込んでからくたばってやる」

「...あんた、本当にいかれてるのか」

「たぶんな」

レイはそう応えて、鉛色の双貌を壮年の店主に投げかける。

「それで、結局、やるのか、やらんのか、どっちだ」

オーナーは身を震わせ、それから壊れかけのカウンターへ向かった。

荒れ果てた木床はぎしぎしとたわみ、駆動四十年の瀕死な蒸騎バッパーライダの如きうめき声を上げている。

彼はカウンターの奥にある無事だった戸棚から無事だった挽き器と何らかの木箱を取り出し、ミルの蓋を取って注意深く木箱の中身を入れた。

そこから苦味を含んだ、果実的な香気がほうと伝わってくる。

「なんでこんな時にコーヒーなんか挽いてるんだい、あんた」

「うるさい!少し静かにしてくれないか。そりゃあ、これは別にあんたにとっての『やるべきこと』でも『儀式』でもなんでもない。ただ、これを作らないと、あいつが背中を押してくれない気がするんだ」

作業は精緻で、迅速だった。

オーナーは涙の粒をサルーンに落としながら、ごり、ごりと取手を回し、挽き上がった粉を側のサイフォンのフィルターにさあっと流しいれた。

「豆は高いから、家族で飲むことにしてたんだ。おれはいつも薄く淹れろと注意したけど、あいつは聞かなかった。サーシャはカリフォルニアで、ティムはもう居ない。おれにはここしか無かったんだ」

「その...なんだ、そんなに大切な所だとは思わなかったんだ、すまない」

「だろうな。じゃなきゃ、こんなまねが出来るものか」

生きていたパイプのバルブを捻り、湯がつうと伝い、そして勢いを増す。

オーナーはサイフォンのフラスコをパイプ口に当て、汲み入れ、漏斗にフィルターをセットした。流れる水は鉄管自身の熱で温まっていて、湯気は彼の目にしみている。


「解っているよ、旅人さんが悪いわけじゃない。ただ...ただ、やりきれないんだ。こんな商売をしてるから死にそうになることもたまにはあるし、覚悟は出来ている。でも、大切だった場所が滅茶苦茶になるのは誰だって辛い。投げ出したくもなる」

オーナーはコーヒーが出来上がっていくにつれ、穏やかな口調で話すようになった。

レイは黙って、かつて父親だった彼をみつめていた。

いや、彼の中では自身はまだティモシー・バンクスの父親なのだ。

三度だけ交わしたあの人懐こい青年との話、うまい燻製の作り方、低俗な噛み煙草、銃のストックを切り詰めてやったこと―――を思い出す。

「...そうだな。お前さんの言うとおりだ」

「ありがとう。旅人さんは無いのかい、そう言う場所」

「俺か?そりゃああるさ。誰にでも。神様にだって、あんたの息子さんにだって」

「違いない...そうだ、火付をなんでもいいから貸してくれないか?カウンターの上に置いてあったんだが、蒸気のせいで湿気ちまったらしいね」

「ほら」

レイはハンガーに提げてあった荷物の中から黄燐マッチを取り出し、オーナーの方へと放り投げた。

「すまないね」

「店を壊しちまったんだ、これくらいはいくらでもするさ」

マッチを点火し、カウンターの上でサイフォンを五卓にかけて、アルコールランプに火を灯す。中のアルコールが妙に茶色がかっているのを見ると、ひょっとしたら度数の高い酒で代用しているのかも知れなかった。

二、三分経ち、湯が再び加熱によって沸騰しはじめる。フラスコはこぽこぽと静かに音を刻んでいる。サウスダコタの四季は明瞭で、朝の煌きは半壊の店にも影を落とす。

サイフォンの圧は高まり、フラスコの湯は重力に逆らうようにガラスをのぼり、そして粉を溶かす。滴り落ちるコーヒーのしずくは、レイの心を落ち着かせる。

オーナーの涙も、もう止まっていた。


「バレットさん、あんたの話に乗ろう。どの道、しばらくは店を閉めようと思ってたが、金が送られてくるんなら別の手段だってある。しかし...いいのか?」

「助かるよ。金は、生きていくのに必要なぶんあればいい」

「そうか」

オーナーはそれだけ返して、卓に鉄のカップを二つ置いた。

「餞別だよ。一応、まだ旅人さんは客だしな。だが、もう出るんだろう?」

「ありがたい...そうだな、あいつの馬を拝借しようと思ってる」

レイは転がった毛布の塊を指差した。

「そう言えばあれはどうするつもりだ、やはり共同墓地に?」

「それしかないんじゃないかね。どうせこの騒ぎだと保安官も来るだろう。ロッドにも手伝わせて適当に埋めるよ」

「迷惑をかける」「全くだ」

その言葉を聞き流して、レイはカップに口をつけた。

銀の杯に満たされたコーヒーは、かつて師と飲み交わしたものよりも黒が深い。

あのときは確か、ヘンリー砦だったか。

焚き火を囲んで彼女と一緒に、薄いシナモンローストを酌み交わした。

何の話をしたか。いまではもう、記憶は泥にまみれている。


俺も彼も、本当は一緒だ。あの大砲の音、ハエのたかる死体、動かなくなった「あの人」たち。それらの全てから平穏なここに居て、それでも一歩も逃れられてはいない。

俺たちはまだ、あの燃え盛る戦線のなかに魂を置いてきているんだ。


レイはそれきり考えるのを止めてコーヒーを一息にすすった。

アロマには田園の甘い豊かさも、品のいい風味もない。

ただただ舌に晒すような、くだらない苦味だけが全てだった。

けれど、これこそが。俺が共に酌み交わした、あの人との時間の味だ。

誰にでも特別な時間を思い出す一杯と言うものはある。

それはいくつもの戦場や墓稜、森、河、丘―――それらに人情を持った糸で繋がっている。

深いコップの中のトンネルから、確かにあの時間を呼ぶ声が聞こえる。


コーヒーを飲み干して席を立った時には、感慨は綺麗さっぱりなくなっていた。

「もう行くよ。シチュー、美味かった」

「さよなら、疫病神くん。また来いよ。あんたがどんな人生を送ってきたのかは知らないが...道行に幸運knock on woodを。せいぜい、励んで金を払ってくれ」

アダム・バンクスはそう言ってマホガニーの卓を叩いた。


「Ferghana horse」を出て、マイヤーズの野生馬ムスタングを走らせている。

拍車はないが、マイヤーズはよほど上手く躾けていたのだろう。我儘もせず、良く走る。

サルーンはみるみる遠ざかっていき、最後は赤土の彼方、地平線に消えた。

レイは更に速度を上げる。

蒼穹は澄み、平野は目指すべき場所へと続いている。


「取り敢えずは、駅を探そうか」


再び少年は手綱を引き寄せる。

ブラックヒルズ―――あの人との約束の場所。

首もとのゴーグルを握り締めて、馬の腹を軽く蹴った。景色がまた、流れてゆく。



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