波浪
まちこ
~1
(まだまだ止まらないゆれた意識の中で彼女は囁いた。雪のような掛け毛布のなかで身を寄せあいながら彼女は囁いた。 酔ったいきおいで彼女は囁いた。振り子時計のなかで彼女は囁いた。すべての外で彼女は囁いた。拷問のようないきおいで彼女は囁いた。逃げるように彼女は囁いた。)
彼女はどこかに行った。
ぼくは追いかけようにも、彼女がどこにいるのかが分からない。それでも彼女の元へ向かおうとした。
自分の現在置を確認する。登校中、電車の中。
電車の中で、目を閉じながらでも得られる情報を探した。断続的に聞こえてくる学生達の話し声。電車の揺れ。となりのおじさんの珈琲と人間のあいだようなの匂い。おもしろいとおもえば、わりとすべてが面白くて、どうでもいいとおもえば、わりとすべてどうでもいいから、どうでもいいから、すべて捨てる。このまま今日も捨てたい。
今日を捨てるということは、見渡せるということだ。
今日がなくなれば明日もなくなる。昨日もなくなる。昨日と今日と明日の境界線がなくなる。すべては長い巨大なひとつになり、果てしなく広がる。
この世が果てしなく見渡せる海ならば、ぷかぷか浮いた彼女の姿も発見できるのでは。だったら今日を捨てるとして、具体的にどう捨てる。僕の今日ってなんだ。僕の今日って学校だ。じゃあ学校を休もう。そう結論しよう。
意識を持つ手の力が緩まっている。
熱湯にいれた乾麺のように解けだす意識と、それにからまりついてくる無意識で、無意識が優勢。
何を思考するのかをわすれる。何を志向するのかをわすれる。
彼女を追いかける。
そのワードが僕に追いつく。ぼくはそいつをわきに抱えてまた走り出すべく、意識をたもつ。
目は開けない。
目を開けると、強すぎる現実、それはすべてを奪い去っていく。こんなふうに暗闇の中で遊んだ思考の積み木が、崩れることすらできずにどこかへ消える。それはいやだ。
それでもある程度の意識を取りもどすため、目を閉じながらでも得られる情報をまた探す。さっきと一つ変わったことは、停車駅で人が入ってきて、ぼくの前に立っていること。この人がどんなひとなのかを想像する。
肥えた想像の土壌では、一歩足を踏みいれるだけで泥沼のように沈んでいく。
目の前に立つのは男。金髪で、服は黒い。黒い服は1秒間に1ヌレずつ濡れていく。1ヌレ。だんだん服は溶け落ちていく(お、お、)。服の水たまりができる。電車の床が黒い服で満たされていく。主婦がいる。秋の冬服バーゲンセールのなかを泳ぐように、その水たまりから服を切り取ってくすねる。(秋の冬服バーゲンセールってなにかおかしくないか?)
思考はゆれるというよりまわる。メリーゴーランドは横倒しになってもまだまわろうとする羊のようなつよい意志。
主婦は黒服が気に入ったようで、こっそりそれを着てみる。満足げな表情。満足げな表情は一秒間に1ヌレずつ濡れる。だんだん溶けていく。水たまりができる。電車の底が表情で満たされる。そのなかをさっきの金髪の男が泳ぐ。あ、人魚。それはさっきの主婦。ふたりは接吻をする。そのまま結婚をする。血痕がある。それは人魚のブラジャー。旦那はそれを楽天でうりさばく。10円で売れる。10円で買ったのは(今まででてきた登場人物は、僕と、金髪と、主婦と、それから、彼女)、だとすれば、10円で買ったのは彼女だった。彼女はそれをつけて、学校に登校する。僕は追う。
まて、彼女は学校にいる?
僕はなんて馬鹿なことをしたんだ!彼女を追うために、きょうは学校を休むと決めたのに!こんなこと間違いだった!
あわてて目を開ける
すべてをおもいだす
別に彼女は存在しないし、電車のドアは開く。
まを開けて
読みかけの本を閉じるように立ち上がる。
波浪 まちこ @HU_zoo
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