終
どこまでも澄んだ川の中、悠々と一艘の舟が流れる。
ひら。
ひらひらり。
静かに花弁が数枚、舟の中に落ちた。
その先には岸があり、一本の大木がしなやかに枝を広げている。
その枝に満開に淡い色の美しい花を咲かせて。
「美しい……」
センがそう呟くと花の一つから女の頭が覗き、ふわりと美しい女が軽やかに姿を現すなり、音もなく、重力も感じさせずに舟に降り立った。
「今日はあたしの話をしたそうじゃないか」
女は艶やかな赤い紅を引いた唇でそう言った。
「人の身を捨てるとこうなるさねって話かい? それとも人の器を越えるとこうなるさねって?」
くすり、と笑う女の顔に、センは困った顔をし、今日は違う『てぇま』でして、と頭をかいた。
「花の色はうつりにけりな、いたづらに……眺めるばかりじゃ、何もよくならないわぁなぁ。でも、人は眺めるばかりしかできやしない。落ちる花を戻すことも止めることも無理じゃあ、仕方のないこと。あたしのように、いっそ狂ってしまえばいいのにねぇ……そうすれば、人を超えて牢獄に入れるのにねぇ……」
女はふいにそう言ってくすくす笑って消えた。
そこへサルが入れ替わるように姿を現す。
「誰かと話してたのか?」
サルが問うと、いや、とセンは笑った。そこに岸は消え、大木もなく、川の上を舟が揺れるばかりである。
「……そういや、今日のたとえ話。あんな木があるって聞いたことないぞ?」
「ああ。あれは作り話だ。適当に作った話だったが、効果はあっただろう?」
終わりよければ全てよし、とセンは笑ったが、サルはどことなく納得できないような風で、川面を覗いた。
「何か見えたか?」
センに問われ、サルは何も、と答える。
舟はまたどこかの岸へと流れ始めた。
(了)
幽世綺譚(裏):花の色 - Flower Color 紬 蒼 @notitle_sou
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