4. 二時間の策

 二時間以上待ってようやく姿を現したのは、心よりも少し年上と思われる青年だった。


「よう、悪いなぁ」

 頭をかきながらそう言ったが、少しも悪びれた様子はない。


 門近くの公園、といっても洋風の庭園のような具合で、テーブルとイスがところどころに配されている。

 その一つにしん玄月シュアンユエ、それからその青年の三人が座った。


「まずは自己紹介だな。俺はサル。黒猿だからな。で、渡し守はセンっていう。船頭だから」

 言って一人で笑うと、青年、サルは心と玄月がテーブルに置いた紙を取ると、うーん、と唸って破いた。

 えっ、と心と玄月が唖然とする中、サルは苦笑する。


「悪いがこれが必要になるのは七年後だ。七年待たなきゃこっちには来ない。舟から落っこちたんだ」

 はっはっはっ、と笑うサルを心は意味が分からず玄月の顔を見る。

 玄月はそれに溜め息を吐いた。


「わざと、だろ?」

 と、サルに向けて困った顔をした。

 サルは何も答えず、はっはっはっ、と笑う。


「バレたら職を失うぞ?」

 玄月がそう言うと、バレないよ、とサルはきっぱりと笑んだ。


「なぜ言い切れる?」

「ここでこの話は止まるからな。お前らは絶対言わない」

 サルが自信満々にそう言うと、玄月も苦笑した。


「二時間も何してたんだか……」

 玄月がそう呟くように言うと、センも時には道に迷うんだよ、とサルがうそぶいた。


 舟を使う者は大抵、死神が仕事中に偶然見つけた魂を岸に送った場合だ。そこから先はセンとサルに任せられる。岸はどこにでもある。岸と門を渡す、それが渡し守の仕事であるのだが。


「どうも渡し守は渡す間に無駄な仕事をしてしまうらしいな」

 そう言って玄月は笑った。けれど心は玄月が本当に『無駄』だと思っているわけではないことを知っている。


「川の下は現世だ。だから舟から落ちれば生き返る。センとサルは舟から何も落ちないようにするのが仕事だ。ただ、門まで渡すだけが仕事じゃないんだ。舟は疾い。二十分もあれば着く。それを二時間かけて落ちるように仕向けたんだろうな」

 玄月は楽しそうにそう説明した。いつもならこういう場合、心をバカ扱いするのに。


 サルと別れて心と玄月は、役所へ向かっていた。

 破られた報告書について、報告しなければならない。


「さて、何て報告するんだ?」


 意地悪く玄月が心を見上げる。

 心はどうしよっか、と空を仰いだ。どこまでも澄んだ空の中、悠々と真っ白な雲が流れている。


「流れのままに……報告書は紛失しました、と」

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