「お前には分かっていたというのか? この結果が」

 円卓をまばらに囲んだ静かな室内。

 そこにざわめきが生じる。


「誰だって自分が触れたものが鋭いトゲと分かれば、二度と触れようとは思わないものですよ。何でも触りたがる子供に触ってはいけないものを教えようと思うなら、実際に触らせて解らせるのが一番でしょう?」

 深く被ったローブの下から、そう薄く笑んだ口元だけが見え、周囲のざわめきは止んだ。


「……学習性無気力という言葉をご存知ですかな? 檻に入れた犬に電流を流してやると、檻の扉が開いたままでも犬は外に出ようとしなくなるそうですよ。犬でも学習するのです。なら、学習能力が高いモノならその効果はどうなると思います? 無理矢理檻に入れるよりも、効果的な方法というものはあるんですよ」

 静まり返った室内に、その言葉はとてもよく響いた。


***


「バンシーってなんなのでしょうね?」


 お茶を注ぎながら問う青年に、男はローブを脱いで髪をかき上げてくつろぐ。

「境遇を哀れむのか?」

「いいえ。この世界に囚われている者は皆同じような境遇でしょう? 的確に自分の境遇を理解できたなら良い経験です」

 青年の言葉に男は確かに、と苦笑した。


「この世界はまだ謎だらけだ。誰が創ったんだろうな、こんな場所。悪趣味だ」

「きっとあなたみたいな神サマだと思いますね」


「どういう意味だ?」

「さあ? それより、早くお茶飲んでください。淹れたてが一番ですから」


「はぐらかしたな」

「ええ。はぐらかされてください」

 にっこり笑う青年に、男はまた苦笑して湯飲みに口をつけた。


「……行雲流水か。自然なようで誰かの意思を感じる場所だな、ここは」

「せっかく話題を変えようとしましたのに」


「……考えずにはいられんだろ。バンシーがなんなのか、じゃなくて、ここがなんなのか。それが知りたい。なぜここが存在するのか」

「そんなこと、考えたって無駄ですよ。答えなんて……」

 青年は語尾を濁したが、男には解りきっていた。


 知りえることは永遠に叶わない。

 だとしても。

 考えずにはいられないことなのだ。


 この世界に存在する限り。

 そして。 

 この世界が存在する限り。



(了)

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幽世綺譚(裏):言の葉 - Fragment Of Words 紬 蒼 @notitle_sou

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