Stage06 空はやがて澄んだ水色になる



※引き続き滝水視点です。


 部活に行かなくなって、3日が過ぎた。

 俺は、俺のいない部活が気になって、様子をそっと見てみようとする。

「先輩、何してるんですか?」

「うわっ!」

 後ろから声をかけられ驚く。

「アカネかよ、驚かせるなよ」

「普通に話しかけただけですよ、で? どうしたんですか」

「別に何でもねーよ」

「そうですか、じゃ、私戻るんで、お疲れ様です」

「おつかれ」

 アカネは引き止めるわけでもなく、淡々と喋って終わった。

 まあ、そうだよな、俺みたいな人間、足手まといどころか不必要だもんな。

 俺は、他の部員にバレないよう慎重に様子を探る。

 今度はあいつらの会話が聞こえた。

「滝先輩、今日も来ないけど、もう演劇部に戻ってこないのかな?」

 心配そうなアイの声

「さあ、どうだろ」

 アカネはさっき俺に会ったことを言わず、アイの言葉にただ相槌するかのように返す。

「でもさ、先輩がサボるとか初めてじゃない?」

「ああ、言われてみれば」

 たしかにそうだな。

「へー、そうなんですか東先輩」

「うん」

 東は、以前の演劇部の状況を1年生に話した。

「うわあ、それでよく部が成立しますね」

「で、私がなんで部活しないんですかって、キレたら滝先輩以外辞めちゃって」

「そうそう」

 2人は、懐かしむように話す。

「その後は、りのと私でいろいろと活動してたの、それを滝先輩はただじっと見守ってたの」

「え!? 滝先輩参加しなかったんですか」

「うん、多分何すればいいか、どうすればいいか、分からなかったんじゃないかな」

「本当、何もしてなかったから、上の先輩から教わっている感じじゃないし」

 その通り、一応いろいろと自分でも調べて提案しようとしたけど、2人の和に入れなくて、どうしたらいいか分からず、ただ見てることしか出来なかった。

「今に比べて、ネガティブで人見知りであんまり会話しない人だったから」

 心に刺さるが、うむ言い返せない。

「え、うそ、あの滝先輩が!?」

「メチャクチャ、空気読めなくて、明るいのに」

 いや空気は読めるわ。

「だから、距離縮めるために、こっちから積極的に声かけたり、たまにゲームしたり、トランプとか」

「じゃあ、私たちとだらだら遊んでたのは・・・」

「その名残みたいなもんかな、憶測だけどああでもしないと後輩達とも仲良くなれないと思ったんじゃない」

 東、大正解。

 そのおかげで、散々迷惑かけちまったけど。

「おい」

 みんなの会話を遮るように低い声が響く。

「休憩は終わりだ、無駄話してないで、次筋トレ」

 一斉に返事をする声が聞く。

 西谷さんが来てからこの演劇部の空気がガラリと変わった。

「あの、西谷さん」

「なんだ、東」

「滝水先輩のことですが」

「来る者は拒まず、去る者は追わず」

 なるほど、やはり俺はこの演劇部に必要ないってことか。


 ◇


 俺は、駅近くのゲームセンターで、格闘ゲームを適当にプレイして、適当に暇を潰していた。

 CPU相手だったのに、向かいのゲーム機に誰か座ったのか、突如対戦を申し込まれる。

 向かいに座ったやつ何考えてんだよ。

 まあいいか。

 イスを座り直し、コントローラーのレバーを握り直す。

 これでも、中学の時親友とよく格ゲーで遊んでいたし、2人でゲーセンの大会で優勝争いしてた。

 親友の方が俺より上手くて、いつも俺は2番手だった。

 親友いうには、滝水はパターンが決まってるから、勝てやすいらしい。

 でもあの一件以来、このゲームには離れてしまったけど。

 とにかく相手に集中する。

 俺は、コマンドでひたすら技を繰り出し、最後に必殺技でフィニッシュ。

 よし、1回戦目は勝てた。

 だが、2回戦目、3回戦目と連続で負けた。

 いいとこまではいくが、最後に相手の連続コンボから抜けられず、やられた。

 興ざめして、席に立つ。

「やっぱり」

 その声に懐かしさを感じる。

「空井?」

「滝水、久しぶり」

 向かいには、親友がいる。

「あの、プレイスタイルは、そうじゃないかって感じたよ」

 俺は逃げるように、俯いてゲーセンから出る。

「待ってよ、滝水」

 親友も俺を追いかけて、ゲーセンから出てきた。

 いまさら、どんな顔すればいいんだよ。

「あの時のこと気にしてる? だったらもういいよ、もう気にしてないから」

「・・・でも俺は」

「僕ずっと謝りたかった、滝水あの時酷いこと言ってごめん、あれから話すことはもちろん顔を合わせなくなって、そりゃ許せなかったけどさ、時間が経つにつれて、今度は寂しくなって、だから再会したらまた、僕と友達に戻って欲しい、って君からしたら虫のいい話だよね」

 何言ってんだよ。

「悪いのは全部俺なんだよ、あの時ちゃんと言ってればって、だからお前は何も悪くない、だから・・・」

 自然と涙が溢れてくる。

 情けねえ。

「ごめんなさい、空井」

「だからいいんだよ、滝水」

 それから、親友といろんなことを話した。

 それぞれの高校生活について、最近はまっていることとか、他愛ない会話がすげえ楽しく感じる。

 その中でも、驚いたのは、親友に彼女が出来たこと、しかも腐女子らしい。

 先越された。

 けど、親友が楽しそうで何よりだ。


 ◇


 俺はそのまま家に帰る気になれず、大きな本屋に立ち寄る。

 親友に演劇部入ったことを話したけど、どんな部活かと訊かれて、どう答えたらいいか分からず当たり障りのないこと話して、その場をしのいだ。

 けど、それが自分の中でモヤモヤして残っている。

 しかも、親友は俺が舞台で芝居をしているところを観たいと言ってくれた。

 でも、その演劇部から逃げてしまった、俺に果たしてそこに居場所はあるのか?

 演劇関連のコーナーに足を止め、並んでいる本の背表紙を眺める。

 初めて、演劇部に入部してから、ここにはよく、演劇の本を読んで勉強していた。

 読んで、身につくかと言えばそうでもないけど、自分なりに何かしたかった。

 まあ、今さら読んでもな、今の状況じゃ無意味かもしれない。

 去ろうとした時、見覚えのある黒い人物が目の前に現れた。

「西谷さん」

「ああ、滝水か」

 鋭い眼つきが俺に向けられ、体が動かない。

 メデューサかよ。

「どうしたんですか」

「ん? プロが行う演劇と高校演劇は少し違うからな、関連書籍でもないかなっと思ってな」

「そう、ですか」

「滝水は?」

「あっ、お、俺ですか、別に何でもないですよ、未練なんて」

 って、何言ってんだ俺。

「そうか」

 そうかだけ、どうでもいいのかよ。

 俺は、なんとか足を動かし、その場去ろうとする。

「後ろに歩いて進むとな、最初は軽快だが、後からだんだんと足が重くなる」

 急に今度はなんだ。

「何故なら、地面は全て泥になっているからな、足が泥まみれになって、泥に絡まり、で最後動けなくて、立ち止まり自らも泥に成り下がる」

 何言ってのか分かんねーよ。

「けど、逆に前に歩こうとすると最初の一歩はすごく重い、だけどそのあとの一歩一歩がだんだん軽くなって、気づいたら世界が全て見渡せるんじゃないってくらい、広く感じる」

「だから、なんですか」

 率直なことを言った。

「ん? ただの独り言だ気にするな」

「ああ、そうですか」

 俺はやっと家に帰る。

 家に帰る道中、西谷さんの言葉が離れなかった。

 最初の一歩は重いかもしれない、けどこのまま逃げて泥になるのはまっぴらごめんだ。

 明日勇気を出そう。


 ◇


 翌日、俺は久しぶりに演劇部に参加する。

「滝先輩!」

「やっと、来た」

 後輩たちが俺に群がってくる。

「もう、辞めたかと思った」

「そうですよ」

「待てよ、なんで俺のこと責めたりしないんだ?」

 ってきり、いろいろ言われるかと思っていた。

「だって、先輩いないとつまんないし、いると楽しいですし、たまにウザいけど」

 なんだよ、拍子抜けしたわ。

 てか、最後ウザいって、悪口じゃん。

 ああ、そうだ。

「西谷さん」

「なんだ、滝水」

 俺は頭を深く下げる。

「今まで、勝手に休んですいませんでした、これからはどんな練習でも受けて立ちます」

「そっか、頭をあげろ」

「あっはい」

 言われた通りに頭をあげる。

「良い顔になったな」

 初めて、認められたような気がして嬉しくて、顔がほころびそうになる。

「マジで、イケメン度増しましたか、みんなどう?」

 みんなに悟られないよう、俺は冗談を口にする。

「調子に乗り過ぎです」

 東のツッコミでみんなどっと笑った。

 やはり、俺の居場所はここだ。

 この演劇部だ。


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