食べ物がないならモンスターを食べるしかないじゃない

トカゲ

魔の森

 腹が減った


 肉が食べたい。パンが食べたい。スープを飲みたい。果物を食べたい。魚を食べたい。酒が飲みたい。それからそれから―――


 とにかく腹いっぱいに何かを食べたい。

 いくら鞄の中を探してみても、そこには黒パンが1欠片あるのみだ。

 それすら今は貴重な食べ物で、俺にとってはどんな財宝よりも得難いものである。

 何故ならここは魔の森なのだから。


・・・


 魔の森は普通の生き物が全く生息していない。代わりにモンスターと呼ばれる怪物が支配している森だ。


 一説では魔の森そのものがモンスターだとすら言われている。

 噂でしかないが森の大精霊ノームが暴走して魔化した存在。それが魔の森なんだそうだ。


 俺がそんな魔の森に入る事になったのは1ヵ月前の冒険者ギルドにきた依頼が原因だった。


 【徐々に魔の森が広がっている。調査のために中層までの護衛を求む。】


 依頼主は王国の宮廷魔導士だった。

 この依頼は宮廷魔導士が率いる調査団の護衛のようだ。

 魔の森の調査といっても安全策をとって中層より先には行かないようだし、比較的安全な依頼だと思う。

 これは王国からの直接依頼という事になるので当然報酬も多い。楽して稼げるとギルドの連中と喜んだものだ。


 魔の森がモンスターであり、モンスターになる前は大精霊だったという噂を忘れたわけではなかったが、あの時の俺はそれを信じていなかった。

 森そのものがモンスターだなんて誰が信じると言うのか。


 結果としてそれは真実で、俺達30人にもなるパーティはノームの分体に襲われて今は誰が生き残っているかも分からないのだが。


・・・


 1人になってどれだけ時間が過ぎただろうか? このままではマズイ。食料が無くなりそうだ。

 モンスターが食べられる存在だったらどんなに良かったことか。

 モンスターと化した生き物は殺すと魔素になって消えてしまう。だから食べる事が出来ないのだ。


 もう空腹で倒れそうだ。

 最後まで残しておいた黒パンの欠片を口に放り込む。パサパサして口が乾くが、限界近い今ではどんなご馳走よりもおいしく感じられた。


 そんな時、目の前に一角ウサギが飛び出してきた。

 それを見た瞬間、俺は思わず笑ってしまった。


 「そうだ。殺すと魔素になって食べられないなら、殺さないように加減しながら食べれば良いじゃないか」


 倒しきるから消えてしまうのだ。殺すからダメなのだ。

 俺はナイフを片手に一角ウサギに飛びかかった。

 まずは動けなくするために足を狙う。

 これでも俺はS級冒険者だ。D級の一角ウサギ相手ならそれくらい造作もない。


 動けなくしたら次は噛みつかれないように口を縛る。

 この時に注意すべきは窒息させないように鼻を塞がないようにする事だろう。


 次は毛を毟る。流石に毛は食べたくないからこれは念入りに行う。俺は一角ウサギが死なないように細心の注意を払いながら毛を毟った。


 毛を毟ったら次はどうしようか?

 血抜きしたらそのショックで死にそうだし、焼いただけでも死しそうだ。

 ここまでやって魔素に帰られては堪らないのでここは生で行くしかないだろう。


 取り合えず一口。一角ウサギの腹辺りを食いちぎってみる。


 「うまい……」


 久しぶりの肉の味は極上だった。かなり血生臭いが、それ以上に甘みが強い。

 筋肉が締まっているからか弾力があってプリプリしている。

 空腹が限界だったのも合わさって夢中になって食べてしまった。


 「でもまだ足りないな」


 確かに美味しかったが、俺の腹を満たすにはまだ足りない。

 俺は次なる獲物を探すために歩き始めるのだった。


・・・


 数か月後、魔の森で人型のモンスターが見られるようになった。

 そのモンスターは強く、S級冒険者ですら逃げるのが精一杯だったらしい。そのモンスターは冒険者たちの恐れの対象として死神と呼ばれることになる。


 彼が人間だったことを知る者はいない――




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