第10話 ウシアスティを知っているか?
僕は、求職情報提供会社にいた。
なぜ?って、仕事を探しに来たんだ。
ネットで入手できない情報が、あるかもしれないと思ってさ。
職種は、IT系。32歳、男性、独身、健康ってとこ。
前の職場は、若い上司がパワハラしてきたので、面倒くさくて辞めちゃった。
アイツは、自分のことしか考えられないサイコパスだった。
コントロールフリークのサイコパス。
「あれはどうしたとか」、「何故そうなったとか」、うるさいんだよ。
社長の前だと、特に声を荒げて怒ってくる。
私は、キチンと仕事してますよ的なアピールと、それを認めちゃう社長。
社長、あなたもコントロールされてますよ。気付いてますか?
嫌気が指しちゃって、「辞めます」って言っちゃったから……。
「お前、子どもか?そんなことで辞めちゃったの」って、
友人は言うけど。そこんとこ、分かって欲しかったな、友達なら。
でも、生きてくには、お金が必要。
ちょっと、バイトしたけど、もう少しでお金が無くなりそうなんで、ここに来た。
受付で、カード貰い、カードの番号の端末へ向かう。
所々に求職者。
スーツを着てピッとした人や、まだ働くのと訊きたくなる人とか、ま、色々。
検索条件を入力して、検索。
求職情報の一覧が表示される。
ある会社名で目が留まった。
この会社、まだ在ったんだ。
一応、IT系だけど、めちゃくちゃ人を雇って、残業代を払わずに働かせて、
いちゃもん付けて無理やり辞めさせる会社。
ブラック企業ってヤツ。
社長は、若い奥さんを貰って、高級車を乗り回していた。奥さんも旦那に愛情があるのかわからない。
ホストクラブに通ったり、高級ブランドの買いあさり。
その金は、どうしたんですか?
社員が稼いだお金ですよ。分かってますか?
何て言っても、分からないよね。
分かる人なら、ブラック企業の社長なんてやってないよね。
いや、違うか。分かってやってるよね、社長。
例え会社が潰れて、破産したとしても、何処か遠くでまた起業して復活したりする。
貴方に利用された社員が、その後、どんな人生を歩んだかなんて考えないよね。
周りも、復活を賛美するが、過去のことだからと非難することはない。
そんな世の中がずーっと続いている。
そして、ずーっと続いて行く。多分。
この求職情報提供会社も、こんなブラック企業の情報を載せているのだから、優良な会社はないかも……。
でも、働かないと。
僕は、検索を続けた。
二十分程検索していた。もう、目も頭も疲れた。
正社員、就業時間08:00~17:15、195,000円。
(これで、いいか)と、備考欄に目を通した。
女性が多い明るい職場です。
(うわっ、女限定じゃん)
僕は、席を立った。受付にカードを返した。
「どうでしたか?気になった求人はありましたか?奥で相談できます」
と、笑顔で訊いてきた。僕は、愛想笑いが精いっぱいで、軽く会釈すると外へ出た。
(さてと、メシでも食ってかえるか)僕は、歩き始めた。
「少々、お時間を頂けますでしょうか?」
見回すと、コートを着た大男が僕を囲んでいた。
「僕ですか?人違いでは……」
「貴方です」二人は、僕の左右に立ち、腕を掴んだ。
(痛っ、に、人間じゃない)
掴まれた腕から感じる感じは、人間のそれではなく、金属そのものだった。
僕は、抵抗するのを諦めた。
二人は、大きな黒いワゴン車に連れていき、後ろのドアを開け車の中に放り込んだ。
車の中は、暗く何があるかわからなかったが、シートに腰かけた。
目の前に15インチのディスプレイがあった。
「ふざけんなよぉ、出せよ!」
と、ドアをガチャガチャやってみたけど、びくともしないので、止めた。
「手荒いまねをして、済まない。君に協力してほしいことがあってね」
ディスプレイにサングラスの男が現れた。これと言って特徴のない顔だった。
「協力?これは、犯罪だぞ。早く、出しくれ!」
僕は、ディスプレイに両手の掌を向けた。
「何もしないことを約束しよう。我々は、ただ情報が欲しいだけだ」
僕が、騒ぐか見極めて、話を続けた。
「君には、天才ハッカーの素質があると聞いている」
”天才”と言う言葉が、僕に口元を緩めた。
「天才かどうかは、わからない。
それは、周りが決める事。
ハッキングは、遊びでやったくらいだ」
「我々は、ある人間を探している。
ハンドルネームは、ウシアスティ。知らないかね」
「ウシアスティ?」
僕は、うつむいて、頭の中をフルスピードで検索していた。
「聞いたことがあるかでもいい、知っていることを話してくれ」
「……覚えていない。ウシア……」
「ウシアスティだ」サングラスの男が言った。
「その、ウシアスティだ。今、初めて聞いたよ」
「そうか、では、何か情報を入手したら教えてくれ。
連絡先は、メールを見てくれ」
その時、僕のスマホが鳴った。メールだ。
「君の情報は、入手済みだ」サングラスの男が、淡々と言った。
「……」僕は、ただサングラスの男を見つめるしかなかった。
「今日は、これまでだ。解放しよう」
というと、ドアが開き車の外に出された。
太陽が、眩しい。外の明るさに目が慣れる前に、ワゴン車が行ってしまった。
今のは、何だったんだろう。
僕は、何かしただろうか?
変な組織を敵にまわすような事をしたのだろうか?
変なモノも買ってないし、持ってもいない。
前の会社の回し者?
未払いの残業代や、給料から差し引かれている健康保険料が、払い込まれてない事で、裁判なんか起こしてないし、全然、思い当たらなかった。
ただ、『ウシアスティ』ってヤツを探してるだけか……。
僕は、家に着くまで色々と考えていた。
僕は、家に着くと、用心深くドアを閉めた。
部屋を見渡し、変ったことがないか見渡した。
ソファに腰かけ、ディスプレイのスイッチを入れた。
部屋の映像と警備システムのクーストが、映し出された。
今日のクーストは、メード姿だった。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
「何か変わったことは?」
「ありません」
と、言ったが、何かそわそわしている。
クーストは、チラ、チラと部屋を見ている。
ディスプレイに映し出された部屋に複数の赤い点が点滅していた。
(カメラ?マイク?やってくれるねぇ。監視されたるってこと?)
「クースト、ありがと。分かったよ」
画面は切り替わり、テレビ番組が流れた。
僕は、あのサングラスの男のことを考えながら、コーヒーを入れていた。
テレビの音は、聞き流していた。
その時、僕は、ある単語に反応し、コーヒーカップを持ちソファに座った。
テレビは、特集を組んでいた。
その単語は、『ウシアスティ』。
ニュースキャスターと、専門家のやり取りだった。
「ビックデータの解析が、崩壊したということですか?」
「そうですね。元々、ビックデータは、何に利用するか、何に利用できるのかと議論されていました。個人情報とリンクすることで、個人の好みや興味が特定され、より効率的なサービスが提供されるようになりました」
「それは、消費者にとってもいい事ではないですか?」
「そうですね。しかし、行き過ぎた利用もあるらしいのです」
「行き過ぎた利用とは、何ですか?」
「それは、個人のより細かな情報を集め、心理学を取り入れることにより、商品の購買や、新しいマーケットを作りだすために、誘導するといった利用です」
「誘導?」
「そうです。過去の映像を見ていても、何故、こんなモノが流行り、莫大なお金が動いたのか、説明できないものが多くないですか?」
「説明できない?」
「そうです。説明できないモノが、何者かによって誘導された結果です」
「何者か?」
「それは、人類の数パーセントの超富裕層による誘導であるとも言われています。それが、更に貧富の差を生じさせ、格差が固定化されるとも」
「わかりました。で、それと『ウシアスティ』という人物は、どういう関係があるのですか?」
解説者は、呼吸を整え大きめの声で話始めた。
「『ウシアスティ』は、天才ハッカーと同時に天才AI開発者なのです。
彼は、この格差固定の根源であるビックデータの破壊に乗り出したらしい」
「どの様に破壊するのですか?」
「ゴミです」
「ゴミ?」
「多量のゴミを発信するということです。個人情報のリンクを乗っ取り、でたらめな情報を発信する。超小型のAI機器を使用して発信している」
「ゴミの発信?それが、どの様な影響があるのですか?」
「シミュレーションできないということです。
どんなに緻密に計測されたデータにゴミのデータを加え入力し、
シミュレーションしても出力は、ゴミしか出ないということです」
「つまり、予想できないと……」
「それだけではないのです。
データの信頼性がないとなると、セキュリティさえもいらなくなります。
ゴミを守る必要ないでうからねぇ。世界経済に与える影響は大ということです」
専門家は、興奮気味に鼻を膨らませた。
「対策は、どういったこといなりますか?」
「『ウシアスティ』と言う人物を確保し、ゴミをばらまかないようにしなければなりません。もう、あらゆる組織が、動いています。ハッカーの洗い出しも始まっています」
「ありがとうございます。今日は、この辺で。さようなら」
画面は、次のニュースに映っていた。
(そういうことか……)
僕は、懸賞で当たった頭身大の人形をソファに座らせ、奥の部屋に向かった。
クローゼットの中に入り、壁を押すと隣の家に入った。
僕の家は、隣も含んでいる。
こちらの家は、完璧なセキュリティを確保できていた。
席について、コンピュータのスイッチを入れた。
ディスプレイの明かりは、部屋中に広がった。
「いやー、元気?」僕は、声を掛けた。
「変わりないです」直ぐに声が返ってきた。
「今日、サングラスの男に、『ウシアスティ』って人を知ってるか訊かれたよ」
「……何て答えました?」
「うん、知らないって言った。
『ウシアスティ』って人は、知らないって。
君は、人間じゃないし……。
なぁ、ウシアスティ」
「……私は、AIです」
ディスプレイに映ったウシアスティの顔は、笑っていた。
オムニバス・ショートショート リュウ @ryu_labo
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